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173. 大会当日
しおりを挟む当日はとってもいい天気だった。
朝、目が覚めてベッドから出て窓の外を見上げた私はメラメラと気合を入れる。
「ふっふっふ、やるわよーー!」
「フルール。いや……今はメラール、かな?」
「旦那様?」
リシャール様がフワッと優しく後ろから抱きしめてくる。
「──フルールのことだから、あんまり心配はしていないけど」
「まあ! ありがとうございます」
その言葉が嬉しくて微笑む。
お兄様なんてずっと、心配だ……心配だ……何をやらかすつもりなんだ……って呟いていたというのに。
これが夫婦の間の信頼関係というやつね!?
「どんな大会になるのかなぁ……」
「参加ではなく観戦希望の方もいらっしゃいますから、皆に楽しんで貰えるといいのですけど」
「僕も頑張るよ」
「ええ!」
この腕相撲力比べ大会の開催のお知らせを流したところ、思っていた以上に反響があった。
そして令嬢や夫人が参加だけでなく、大会の様子を見たい、参加する婚約者や夫を応援したいというので観戦するだけの人も招いている。
思っていたよりも多かった参加希望者は圧倒的に男性が多く、男女の力の差も考えて試合は男女別の勝ち抜き戦とすることにした。
「闘いの組み合わせはクジで決まるとはいえ……三強と当たった女性は気の毒としか言えないよ」
「さんきょう?」
私が聞き返すと、リシャール様はなぜか苦笑する。
「よく分からないですけど、最強の夫婦を目指して頑張りましょうね!」
「ははは!」
リシャール様は楽しそうに笑いながらギュッと強く抱きしめてくれた。
──────
開始、時刻が近付くと、続々と人が集まり始めた。
公爵家の使用人たちと、有難いことに手伝いを申し出てくれたシャンボン伯爵家の使用人たちとで皆様をお出迎えする。
「────モンタニエ公爵夫人、ごきげんよう」
「お招きありがとうございます」
「さすが、モンタニエ公爵家のお屋敷……とても広いですわね」
そんな中で数名の高位貴族の夫人たちに私は囲まれた。
この方たちはもちろん参戦……などするはずもなく高みの見物だ。
「こちらこそ、本日はようこそいらっしゃいました」
私が挨拶するとその中の一人の夫人がクスッと笑った。
「公爵夫人は、なかなか破天荒な方だと耳にしておりましたけど、その通りのようですわね?」
その言葉に同調するように他の夫人方も口を開く。
「てっきり、お茶会やパーティーを開くものと思っておりましたのに」
「まさか、腕相撲? などという野蛮……いえ、なんとも荒々しい空気を感じる変わった催しを開催すると聞いて大変驚きましたわ」
「さすが、伯爵家ご出身な夫人なだけありますわねぇ?」
「本当に……わたくしではとても考えつけません」
なるほど、なるほど。
私は夫人方の話に耳を傾けながら内心で大きく頷く。
(こんなに褒められると照れてしまうわ……)
つまり、型通りのつまらないお茶会やパーティーばかりで飽きていたから、今回の変わった催しに驚いてわざわざ皆様でお礼を言いに来てくださったのね?
(さすが! なんて礼儀正しくて律儀なのかしら?)
これは、ぜひ私も見習わないと!
「ありがとうございます!」
私が満面の笑みでお礼を告げると、夫人たちはなぜか顔を見合わせる。
どうしてそんな顔……?
あっ! きっと観戦中のお茶菓子の心配をしているのね? と、私は気付いた。
「ご安心ください! 観戦者の皆様のために、あちらにお茶とお菓子もたくさんご用意しておりますわ。ぜひ、ゆっくり楽しみながら観戦して下さいませ!」
「え……」
「は? 多っ!」
「山!」
夫人たちはますます困惑気味に顔を見合わせる。
遠慮されているのね? そんなことは気にしないでも構わないのに。
だって今日のお菓子は───
「ちょっと待って……え? このお菓子ってド・ヴィルパンお手製のお菓子……!?」
「どうしてここに!?」
「え? ド・ヴィルパンって、とんでもない堅物で王族にしか卸さないから王家主催のお茶会でしか食べられないはずではないの?」
「嘘っ! モンタニエ公爵家って王族との縁続きではなかったはず」
さすが、高位貴族のご夫人方!
一目でド・ヴィルパンのお菓子だと気付くなんてさすがだわ。
「この大会の話を耳にした王家からの差し入れですの」
私がそう説明すると夫人方の目の色が変わった。
「王家からの差し入れですって!?」
「な、なんで……」
皆様が驚かれる中、その中の一人の夫人がハッと何かに気付く。
「いえ、落ち着きましょう皆様──と言っても、おそらくこれは退位する陛下からの差し入れでしょう? それなら、ほら」
「ああ、そうね、夫人とは色々ありましたものね、そう色々……」
ホホホ……と高らかに笑い合う夫人たち。
大変!
何だか勘違いされている様子なので私は慌てて否定した。
「いいえ、もうすぐ退位する陛下からではなく……あちらは今度即位する王弟殿下からですわ」
「ホホ…………えっ!?」
「おうっ!?」
夫人たちがギョッとした目で私を見る。
「王弟殿下は武道を嗜んでいたそうなので、腕相撲のこともご存知で以前から興味があったそうですわ」
「……え?」
「興……味?」
夫人たちがポカンとしている。
私はにこっと笑い返した。
「本日は都合が合わず不参加ですけれど、第二回があれば、ぜひ参加したいものだ、なんてお茶目な伝言まで付けられてい───あら?」
私が最後まで言い切る前に夫人たちは、自分たちの夫の元に全速力で走り出した。
そして、ものすごい勢いで夫に詰め寄り、死ぬ気で頑張るようにと激励し始めた。
(ふふ、これは愛する妻からの激励で夫の皆様もやる気アップですわね!)
ますます白熱が予想される大会を想像して、にこにこ見守っていたら後ろからまた声をかけられた。
「……フルール様」
「アニエス様! ようこそ!」
大親友の登場に振り返った私は笑顔で出迎える。
すると、今日もアニエス様は絶好調。
いつもの調子で始まった。
「フルール様、何をそんな呑気な顔をしているのですか!」
「え?」
「あなたと夫人方とのやり取り、失礼ながら聞いてしまいました!」
「まあ! そうでしたか。あ、ほら見てください、あちらの男性たちは夫人からの元気いっぱいの応援を受けていますわ!」
満面の笑顔で答えるとアニエス様がカッと目を見開いた。
「お待ちなさい! どう見ても目の色変えた夫人たちの勢いに首締められそうになっていて、今すぐ死にかけているでしょう!?」
「え? そうなのですか?」
私が首を傾げるとアニエス様が更に目をつり上げる。
「───もう、あなたって人はどうして! ……いつも、そう……のほほん」
「のほほん?」
「うぅ……」
「アニエス様?」
アニエス様が何を嘆いているのかはよく分からなかったけど、今日も元気いっぱいなことは分かった。
その後も続々と参加者や観戦者が集まっていく。
オリアンヌお姉様は今日も小躍りしながら現れ、お兄様がその後を必死に追いかけている。
ニコレット様も上機嫌で騎士たちを引き連れてやって来た。
開催に先立ち、リシャール様が代表で挨拶を始めると、その国宝級の美しさに思わずあちらこちらから感嘆のため息が漏れる。
ジメ男もそんな兄の姿にうっとりしていた。
男女問わずメロメロにするその姿……やっぱり私の旦那様は素敵!
(そんな旦那様の名前に恥じない素晴らしい大会にしてみせるわ!)
こうして、ついに戦いの火蓋は切られた。
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