王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
185 / 356

185. あなたが一番

しおりを挟む


「────フルール?  大丈夫?」

 自分の試合が終わり、手を見つめながら少しの間呆けてしまう。
 すると、リシャール様が声をかけながら私の顔を覗き込んでいた。

「はっ!  だ、旦那様!!」
「試合終わってからのフルール、じっと自分の手を見つめているからさ、大丈夫かなって」
「あ……」
「大丈夫?」

 心配そうな表情で訊ねてくるリシャール様。
 私はニンマリ笑顔を向ける。

「もちろんですわ!  さすが辺境伯領のトップクラス!  若手最強と呼ばれるだけありましたわ!」
「伯爵令嬢と戦っていた時もそうだけど、あの彼、直前までニコニコしていたのに突然雰囲気が変わるよね」
「そうなのです!」

 あの彼、ことナタナエル様。
 彼は私が勝負に出た途端、この時を待っていたと言わんばかりに動いて──
 結果、私はあっさりナタナエル様に敗北した。

 そうして最終決戦に挑むことになった彼は今、顔を真っ赤にした元気いっぱいの大親友に詰め寄られている。

(もうニコニコ顔に戻っているわ)

 私が力を込めて勝負を仕掛けた瞬間、あんなにもピリッとした張り詰めた空気になったというのに。 

(あっ……と思った時には自分の手が沈んでいた)

「フルール、逆に興奮しているね。落ち込んでいるのかと思ったけど」
「私が落ち込む?  まさか!」

 私はますます笑みを深める。

「むしろ、あんなにもアニエス様のことで心が通じ合い分かり合える同士で、最強だとか……また拳を交える機会を想像して今はワクワクしかありませんわ!」

 次は負けない!  と、私は意気込む。

「……!  フルールは本当にブレないな……」

 リシャール様が私の頭を撫でながら苦笑した。

「でも、あそこまで意気投合するのは…………うん、ちょっとずるいな」
「ずるい?」

 私はリシャール様の顔をじっと見つめる。
 あまり見たことのない表情だった……
 もしかして!
 私はハッと気付く。

(旦那様も仲間に入りたい……?)

 それなら、いつでも大歓迎なのに!
 そんなことを考えていたら、リシャール様が戦いを終えたばかりの私の右手を取る。
 そして、労わるように優しく両手で包んでくれた。

「僕はフルール(の思考)についていくのにいつでも必死だからさ」
「……旦那様」

 私は反対の手を伸ばしてリシャール様の頬をツンッと突っつく。

「フルール?」

 きょとんとした顔のリシャール様と目が合ったので、ニッコリ笑った。

「……旦那様あなたが一番ですわ」
「え!」
「いいえ、リシャール様。あなたしかいませんわ」

 こんなにも私を理解してくれて尊重してくれて愛してくれる最高の旦那様。
 昔は私の一番はお兄様だった。
 でも今は……
 お兄様はお兄様で特別な位置にいるけれど、リシャール様以上に素敵な人を私は知らないわ。

「フルール……」
「ナタナエル様は言うならば…………“アニエス様を愛でる会”の会員メンバーといったところですわね」
「愛でる会……また、伯爵令嬢が聞いたら泣いちゃいそうな発言を……」
「ふふ、嬉し泣きする姿が目に浮かびますわ。ちなみに会長は大親友の私ですわよ!  たとえ幼馴染であっても譲りません」

 リシャール様とそんな話をしていた時だった。

「───フルール」

 後ろから声をかけられた。
 振り返るとそこに居たのはお母様。 

「お母様?」
「お疲れ様、フルール。残念だったわね?」
「いえ、大丈夫ですわ。まだまだ私が未熟だと分かっただけです!  この先も鍛錬を重ねてまいりますわ」
「そう……」

 お母様は相変わらずね、と笑う。

「ふふ、というわけで、この休憩が終わったら決戦の相手は辺境伯領の騎士と……あの告白坊やね?」
「こ……」

(告白坊や……)

 お母様ふふっと、笑いながらそう言った。
 もう、お母様ったら!   
 告白坊やは確かにその通りだけど、元ジメ男の彼には立派な名前が……名前…………なまえ。

(……えっと…………あれ?)

「……」

 反論しようとした私は黙り込んだ後、チラッと視線を向ける。
 顔でも見たら名前を思い出せるのではないかしら?  そう思って。 

 元ジメ男は最終決戦を前にガチガチに緊張しているのか、必死の形相でニコレット様のアドバイスに耳を傾けている。

(この試合で結果を残せば、辺境伯様への説得もしやすくなるものね)

 ニコレット様の為にもっともっと漢を見せてちょうだい!  
 ───……元ジメ男!
 名前を思い出すことを早々に諦めた私は心の中で義弟にエールを送った。

「あの告白坊や……我が家に父親と乗り込んで来た時とは、随分と顔付きも変わったわね?」
「ええ、お母様。そうですわね。あの時はかなりウジウジ、ジメジメしていましたから……」
「その節は弟がすみません」

 リシャール様が謝るとお母様はいいのよ、と首を横に振った。

「誰が相手でも私が勝てばいいだけなのだから、ね。オリアンヌさんにも言ったけれど、若い人には負けられないわ」
「お母様……」

 お母様はバサッと髪をかきあげながら言った。

「見ていなさい、フルール」
「はい?」
「あなたが見たがっていた勝利の舞──優勝Ver. をこの場で披露してみせるわよ」
「!」

 お母様のその言葉に私はカッと目を見開く。
 それは子どもの頃から話を聞くだけ聞かされたけれど、一度も見せてもらったことがない幻の舞。
 だって、普通に生きていて見るきっかけなどなかなかないもの。

(見たい!  絶対に見たいわ!!)

「あら、目がキラキラに……ふっ、さすが私の娘。食い付いたわね?  楽しみにしていなさいな。なにより、私も旦那様に勝利の舞を披露したいですからね、ふふ」
「はい!」

 私が満面の笑みで頷くと、お母様は満足そうににっこり微笑んでお父様の元に戻って行った。

「義母上の今のって……もしかして負けちゃったフルールの様子を心配して声をかけに来たのかな?」
「……だと思いますわ。お母様は怒らせると怖いですけど、そういう人ですもの」

 リシャール様の言葉に頷きながらお母様の背中を見つめていたら、リシャール様がポンポンと私の頭を撫でた。
 顔を上げると国宝級の笑みを浮かべているリシャール様と目が合う。

「本当にシャンボン伯爵家の人たちは皆、いい人たちだよね」
「旦那様……」
「改めて拾ってもらえたことに感謝しているよ」
「───ふふ、あれは……もう運命ですわ!」

 “真実の愛”に目覚めた婚約者に捨てられた者同士だった私たちの出会い───
 あの日から色々あったわね、と改めて思った。



 そうして、それぞれの思いを胸に最終決戦が始まる。
 総当たり戦となる最終決戦。  
 栄えある優勝は誰の手に?


 結果、この腕相撲力比べ大会の白熱した戦いを制したのは────……

しおりを挟む
感想 1,477

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。

椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」 ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。 ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。 今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって? これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。 さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら? ――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。

藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。 そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。 私がいなければ、あなたはおしまいです。 国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。 設定はゆるゆるです。 本編8話で完結になります。

処理中です...