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187. 新たなブームの予感?
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「……えっと、つまり?」
「……」
愛する夫、リシャール様を始めとした面々が疲れ切った顔で私を見ている。
リシャール様だけでなく、お父様、お母様、お兄様、オリアンヌお姉様、元ジメ男。
そして使用人。
「あの後、私は……」
ジュースだと信じて手にして飲んだ物がお酒で、それを遠くから察知したリシャール様が駆け寄って来たのを最後に記憶を失くした私。
翌朝、目が覚めると珍しく身体が重かった。
いつもなら目が覚めても身体が重いなんてことは起こらなかったのに。
そんな疑問はリシャール様が説明してくれた。
「皆様の前で脱いだわけでもなく……追いかけっこをしたわけでもなかった……?」
「ああ」
リシャール様が頷く。
「僕はあの瞬間、フルールとの追いかけっこが始まる……あの祭りの開催が頭をよぎったんだけど違ったんだ」
「……違った!」
なんといつもの私の追いかけっこ祭りは開催されなかったという。
私もついにお酒に慣れた? これからはガブガブ飲んでも大丈夫?
そう目を輝かせかけたのだけど……
(その割には皆が疲れ切っているのよね?)
不思議に思っていると、リシャール様がニコッと笑った。
つられて私もニコッと笑顔を返す。
「フルール。確かに君は走り出さなかったけど、そのかわり……」
「……」
私はゴクッと唾を飲み込んでリシャール様の次の言葉を待つ。
「────その場で…………かつて封印されたという“喜びの舞”を披露したんだ」
「まあ!」
「…………無事に大会が成功した喜びを表現していたらしい」
「そうでしたのね? ですが、記憶にありませんわ」
「うん」
そう笑うリシャール様の顔が少し引き攣っている?
それに他の皆も疲れているこの様子はいったい……?
「フルール……」
「?」
リシャール様がそっと私の手を握る。
「伯爵家の玄関と廊下の花瓶が壊滅したという話を先に聞いていたから、僕は慌てて部屋の中の割れそうな物は避難させた」
「!」
「そこで、ようやくフルールの様子がおかしいと気付いたシャンボン伯爵家の皆と弟も慌てて手伝ってくれた」
「まあ!」
さすが国宝リシャール様!
私が言うのもおかしいけれど、なんて的確な指示!
やはり出来る旦那様はすごいわ!
私は目を輝かせる。
「……あとは舞い踊るフルールの隙を見つけて確保するだけだったんだ……」
「確保……」
まるで、犯罪者みたいですわ、という言葉が喉まで出かかったけど黙っておくことにした。
きっとお兄様辺りが「変わらないだろう!」って怒り出すと思うの。
「しかし……物をどかしたことで、よりスペースが広がり踊りやすくなったフルールは気を良くしたのだろうね……」
「……?」
「無邪気な笑顔で踊りながら僕に近付いてきたフルールは、そのまま僕を巻き込んで喜びの舞の新しいバージョンを踊り出したんだ」
「ええ!?」
これには心の底から驚いた。
そして慌ててお母様の方に顔を向ける。
「───お母様! 喜びの舞はペアで踊るものだったんですの!?」
「そんなはずないでしょう! 浮かれて陽気になったフルールが自力でアレンジしたのよ!」
「私が……」
ダンスすら苦手な私がそんな高度なことをやってのけた……?
実は私って才能の塊なのでは? と、胸が高鳴る。
「そうして僕を巻き込んで舞ったフルール……誰もがこれで終わるかと安堵したその時……」
「え? まだありますの?」
私が聞き返すと、リシャール様だけでなく皆が困った様子で顔を見合わせる。
「フルールは、にっこにこの笑顔のまま、その場にいた人たちを片っ端から巻き込んで踊り出したんだ……」
「……はい?」
どういう意味? と首を傾げていると、お兄様が溜め息と共に言った。
「お前は言った。今日はここにいる皆で喜びの舞ですわーー! と」
「皆で……?」
「大会の終了と共に帰った人もいたけど、まだまだパーティーには何十人と参加していた。その皆、だ」
「えっと、お兄様……それはつまり」
「……」
お兄様は無言でコクッと頷く。
「───そうだ、フルール! お前はその何十人、男女年齢関係なく代わる代わる相手にしながらひたすら……ひたすら踊り続けたんだ!!」
「記憶にございませんわーーーー!」
か、身体が重いはずよ……!
喜びの舞を踊るなんて何年ぶり!?
ここまで話を聞いてようやく身体の様子がいつもと違った理由を理解した。
「しかも、だ! フルール、お前は真っ先にバッチバチにお前に敵意を向けていた数人の夫人たちから誘い込んだんだ……!」
「え?」
「しかも、最終的にはその笑顔でたらしこんで……なんで、お前はあんなどす黒い敵意むき出しの輪にいた人たちに向かって満面の笑みで突撃が出来るんだよ!」
「えっと? ……お兄様、何の話です?」
記憶にございませんと、言っているのに。
それに、バッチバチのどす黒い敵意ってなんのことかしら?
「パンスロン伯爵令嬢から話は聞いた! お前、開催前に夫人たちに囲まれてたっぶり嫌……」
「ああ! あのわざわざ礼儀正しく“お礼”を言いに来て褒めてくださった夫人たちですわね?」
「お、お礼……ほ、褒める……?」
お兄様の顔が引き攣る。
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だって、破天荒と言われましたもの!
私は、これまで誰もがやったことがなかったことを初めて行った……その通りですわ!
「……」
「きっと、褒められて嬉しかったことが頭の中にあったから、真っ先にお誘いしたのですわね!」
「フルール……」
ガクッと何故かお兄様が膝から崩れ落ちる。
リシャール様はそんなお兄様の肩を優しく叩く。
「───そういうわけで、フルールは遅くまで誰一人余すことなく喜びの舞を踊り続けていたというわけなんだよ」
「旦那様……」
喜びの舞はこっそり寝室で披露するはずだったのに……まさかの大事になっていた!
(なんてこと……腕相撲力比べ大会が、腕相撲力比べ舞い踊り大会になってしまったわ……!)
「男性は戸惑っている人もいたけれど、令嬢たちはキャッキャとはしゃいでいたから、これから舞ブームが起こるかもしれないわね!」
「オリアンヌお姉様……」
「私が最後に戦ったナタ何とかって言う辺境伯家の騎士なんてノリノリだったわよ?」
「お母様……」
それぞれ昨日の様子を教えてくれる。
「師匠……じゃなくて、ニコレット様も身体を鍛えられそうないい舞だと言っていました!」
元ジメ男まで。
確かに簡単そうに見えて様々な動きをしているものね。
元ジメ男の言葉を聞いたお母様も満足そうに頷いている。
「ははっ……縁結びをしたり、新たなブームを予感させたり……」
「旦那様?」
リシャール様が私の頭を撫でながら優しく見つめてくる。
「いったい僕の可愛い妻はどこまで全速力で走り続けるんだろう?」
「どこまで……?」
「うん」
(───リシャール様ったら。そんなの……決まっていますわよ?)
私はニンマリ笑う。
「もちろん! 誰もが認める最強の公爵夫人になるまで……いえ、その先もずっとですわ!」
「ずっと?」
「ええ! ずっとです!」
自信満々に大きく胸を張ってそう答えたら、皆、顔を見合せながら笑ってくれた。
───ちなみに、その夜。
リシャール様にもう絶対に大丈夫ですわ! 踊り出す可能性はあるけれど、脱ぎません! 走りません!
そう説得して秘蔵のワインを一本開けさせてもらった。
秘蔵なだけあってワインはとてもとても美味しかったのだけれど────
なんと私の予想に反して、
“第二回モンタニエ公爵家フルール追いかけっこ祭り”が開催されてしまい、公爵邸は二日連続でパニックに襲われ瀕死状態となった。
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