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188. お似合いの二人(ジメ男視点)
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(───ま、まさか……また起きるなんて!)
「待て、フルールーー!」
兄上が必死に追いかけている……
「嫌ですわーー! だって、とってもとっても暑いんですものーー」
「いやいや、そんな風に走り回る方が逆に暑いだろう!?」
兄上が酔っ払った義姉上に真面目に突っ込みを入れている……
「そんなことありませんわ~~」
(混ぜたら危険なアルコールと義姉上……昨日のパーティーではなんとか無事に乗り切ったはずなのに……)
僕は公爵邸内を走り回る義姉上と兄上と使用人たちを見ながら呆然としていた。
兄上の話だと、今夜は秘蔵のワインを飲んだという義姉上。
義姉上にメロメロな兄上のことだ……
可愛く頼まれて少しくらいならいけるか、昨日も乗り切ったし……とでも思ったのだろうか。
(残念、兄上……甘かったようですね?)
義姉は時々、大会後のパーティーの時に酒を飲んで見せていたような踊りを披露しながら今日は邸内を走り回っている。
その度に「~~の舞ですわ!」と説明してくれているけど、僕にはよく分からない。
あと、そのなんちゃらの舞を披露する度に邸内の物が割れる音が……
そのため、兄上の命令で使用人は義姉上を追いかける人と、邸内の割れ物を死守する人に分担されている。
「坊ちゃん、大丈夫ですか?」
「……あ!」
ちなみに僕は兄上の命令で割れ物死守係に回された。
メイド共に既に割れてしまった物の処理をしながら、辛うじて生き残っている物の確保をしている所だった。
「奥様は、昨日もあれだけ動いていたのに……すごいですね」
「うん」
「それをまた、あそこまで追いかけ続けられる坊っちゃまも並ではありませんけどね」
「うん、さすが兄上、だよ」
第一回の追いかけっこの時に心の底から思った。
義姉上には兄上がピッタリだって。
(義姉上の元婚約者だったあの男は、もし婚約破棄せずに結婚していたら義姉上についていけたのかな?)
「……」
“もしも”の未来を想像してみたけど無理な気がした。
兄上じゃなきゃ無理だ。
二人が出会ってくれて良かった。
(だからといって、かつて兄上に自分のしたことが許されるわけではないけれど──)
「リシャール坊っちゃま……奥様を迎えてから昔とは全然違って毎日楽しそうですね」
「……うん」
「公爵家が嘘みたいに明るくなりました」
このメイドは最も古い我が家のメイド。
だから、昔から兄上のことは坊っちゃま、僕のことは坊ちゃんと呼ぶ。
兄上が当主になった際に皆、兄上のことはご主人様に変えたようだけど、この方は坊っちゃまのままらしい。
父上が傍若無人に振る舞っていた時に、最後まで他のメイドを守ろうとしていたけれど、最終的に父上に怪我を負わされて辞めていた。
父上を追い出して兄上が公爵の座についた時に戻って来た一人だ。
「……ごめんなさい」
「坊ちゃん?」
「……怪我」
僕がそう口にするとメイドは豪快に笑う。
「坊ちゃんのせいではないでしょう? 悪いのは前公爵ですよ」
「……でも僕は父上……あの人を止められなくて、それどころか……」
「……」
メイドは無言で僕の肩を叩く。
「坊ちゃん。そんな顔をしていたら、辺境伯家のお嬢様に振られてしまいますよ?」
「えっ!」
ドキッとした。
僕の中にニコレット様の顔が浮かぶ。
「大会ではあんなに男らしく愛の告白をしていたではありませんか!」
「う、ん」
あれは無我夢中だった。
見た目は強くなさそうなのに、若手最強と呼ばれるあの騎士が師匠……ニコレット様の婿候補だと思ったら、大勢の前であることも忘れて想いを口にしていた。
(あの騎士は幼馴染の伯爵令嬢に執着しているように見えたけど)
「あの坊ちゃんが! と、我々、使用人一同は感動の涙を流しましたよ?」
「そ、そんなに?」
(本当に僕は頼りなく思われているんだなぁ……)
「よかったですよ、ご兄弟で奥様を取り合う展開にならなくて」
「──っっ!?」
ガシャンッ
動揺して集めていた破片を再度ばらまいてしまう。
「な、ななななな……!」
「坊ちゃん、分かりやすいですからね」
「あ、う……」
「坊ちゃんは強い女性が好みのようですね!」
「~~っっ!」
───モウヤメテクダサイ。
真っ赤になって両手で顔を覆った僕は古参メイドに陥落した。
「待つんだ、フルールーーーー!」
「あ、旦那様! 見てください! これが求愛の舞ですわ!」
「……は? また新しいのが出て来たぞ……!?」
兄上がめちゃくちゃ困惑している。
僕がメイドとそんな話をしているうちに、義姉上はますますパワーアップしていたようで、新たな舞を投入して逃げている。
「お母様がお父様の前で踊り続けた舞です!」
「え?」
「お父様は……恐怖だった、初めはなんの嫌がらせかと思った、と後に語っていますわ!」
義姉上が笑顔でとんでもない舞を披露している。
「フルール! なんでそれを今、僕の前で披露するかな!?」
「でも、お母様のそのいじらしさにお父様ったら絆されちゃったそうですわ!」
「うん、聞いて? 僕の話を聞いてくれーー!」
(義姉上のハチャメチャな所は絶対に母親似だよなぁ……)
謎の舞を要所要所で繰り広げながら勝ち上がり優勝までしたシャンボン伯爵夫人は、あの腕相撲力比べ大会で唯一誰にも負けていない。
僕も、瞬殺だった。
(その娘って只者じゃないよなぁ……)
いや、初めて会った時から義姉上は只者ではなかったけれど。
───当然でしょう? だって私は妹だもの。弟の気持ちなんて分かりようがないわ!
度肝を抜かれるってこういうことを言うんだと思った。
───だって、人と比べて出来ないことばっかり気にして卑屈になるより、自分のことを好きになって自分のいい所を見つけてそれを伸ばす方がどう考えても人生楽しいでしょう?
義姉上はのびのびしている所を伸ばしていると言っていたけど……
それが、これか。
「もちろん、私が旦那様のことを誰よりも愛しているからこうして踊っていますわ!」
「フ、フルール……」
(……あああ!)
兄上、今は頬を染めて照れている場合じゃないんですよーー!?
「ありゃ、あれは坊っちゃま陥落かしらね?」
「兄上……!」
「坊っちゃまメロメロ」
分かる……!
愛してる人にそんなこと言われたら……グラグラする気持ちは分かる!
けど、今、ここで義姉上を止められるのは兄上しかいないんだーーーー!
─────……
「────というわけで、兄上は今、瀕死状態となっています」
「そう……」
「義姉上に翻弄され翻弄されメロメロにされ体力を使い果たしました」
「……モンタニエ公爵」
今日はニコレット様が公爵家に訪ねてくることになっていた。
目的は僕を婿候補とする件について正式に話し合う為……だったのだけど。
兄上がダウンしている。
あれから義姉上は更に加速し続け、兄上の持つ“特殊な手段”とやらも効かなかった。
「パーティーで舞を披露した時にも思ったけれど、フルール様はアルコールがダメなのね?」
「兄上が言うには……陽気になって変なスイッチが入ってしまうそうです」
「それで、屍の山を作るとか……さすがフルール様だわ! 大好き!」
「!」
(その大好きは義姉上ではなく、僕に向かって言って欲しいです……!)
まだ、気持ちを伝えて受け止めてもらったばかりなのに、そんな図々しいことを考えてしまう。
「サミュエル様、どうかした?」
「あ、いや……その」
ニコレット様のことをじっと見つめすぎたのか、不思議そうに聞き返される。
僕は頬が熱くなるのを感じながら答えた。
「ぼ、僕を……」
「え?」
「もっと、僕だけを見て……欲しいなって……思って」
「!」
(あれ?)
気のせいだろうか? ニコレット様の顔も赤くなったような気が───
僕はそっと手を伸ばしてニコレット様の頬に触れる。
気のせいじゃない! これは僕が男として意識してもらえている!!
「あ……」
「っ!」
(可愛いな……)
つよつよな彼女のこういう顔が見られるのは嬉しくて幸せだ。
「…………ニコレット」
「サミュ……」
僕らの顔が近付いた、その時だった。
「───ニコレット様! お待たせしてしまいすみません! リシャール様はもうすぐ……」
「「!!?」」
ノックの音と共にバーンと扉が開いて義姉上が部屋に現れた。
「~~っっ!」
「っっっっ!!」
僕たちは慌てて離れる。
そんな僕たちの様子を見て義姉上は首を傾げた。
「二人ともそんなに近付いて…………あ! 大変ですわ! ニコレット様、もしかして目にゴミでも入ってしまいました?」
「「え?」」
「大丈夫です? 痛くはありませんか?」
義姉上はとてもとても人妻とは思えない鈍い発言で僕らを驚かせた。
(この方はずっと変わらずこうなのだろうなぁ……)
ニコレット様と目を合わせて思わず二人で苦笑する。
明るくて太陽みたいな人───
やっぱりついていけるのは兄上しかいない!
僕は改めてそう思った。
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