189 / 356
189. 兄と弟
しおりを挟む❇❇❇❇❇
「……え? 弟と辺境伯令嬢が仲睦まじく過ごしている?」
「はい! 先ほど一度、旦那様の様子を伝えに言ったら目のゴミを取ってあげていましたわ!」
「目のゴミ?」
朝は本当に瀕死状態で全く動けなかった愛する夫のリシャール様。
今はどうにか回復した彼が不思議そうに首を傾げる。
「ええ! 身体を密着させて見つめ合っていましたし、手もニコレット様の顔に触れていましたので間違いありませんわ!」
「……間違いないの?」
「はい!」
「(フルールの中では)その距離感でも目のゴミを取っていた、で間違いないんだ……?」
「はい!!」
(愛読書でよく見たシーンですから、間違いありませんわ‼)
笑顔で大きく頷く。
すると、リシャール様がなぜか渋い表情となり、何か言いたそうに頭を抱えた。
「旦那様! やっぱりまだ調子が悪いですか?」
「……いや、大丈夫」
「本当に?」
「うん、体調は。ただ、思わぬ衝撃を喰らったから、それが……」
(思わぬ衝撃……?)
そこで私はハッと気付く。
もしかして昨夜の私、リシャール様になにか危害を加えていた!?
「すみません、私はいつものように昨夜のことは記憶になくて!」
二日連続で記憶を失くすのは初めてよ。
私が焦るとシャール様は小さく笑った。
「え? 昨夜? あ、うん。それは大丈夫。分かっている」
「……?」
「僕が言いたかったのは……フルールの恋愛思考…………うーん、ま、これはもういいかな?」
「旦那様?」
リシャール様は独り言を呟いたあと、自身で納得したのか頷いている。
(やっぱりお疲れのようね……)
昨夜、とってもいい気分で秘蔵のワインを開けて飲んだところ、二回目の追いかけっこ祭りが開催されてしまった。
しかも、今回の私はお母様直伝の舞を踊りながら邸内を走り回って逃げていたらしい。
被害については朝、ぐったりしていた様子のリシャール様が話してくれた。
いつもの走り回る様子に加え、舞が加わったことで邸内の破壊行為をすぐに予想したリシャール様は割れ物を避難させていた。
(すごいわ、その咄嗟の判断力!)
おかげで被害は最初の避難が間に合わなかった花瓶数点くらいだったらしい。
人的被害は、私を止めようと追いかけ続けたリシャール様と使用人たち。
かつてのシャンボン伯爵家での大惨事を思えばこれはかなり最小の被害だと思う。
「不思議ですわね……本能には逆らえません」
そして私は何も覚えていない。
話によると、お母様がお父様のために編み出した伝説の“求愛の舞”まで踊ったらしいのに!
(どうして覚えていないのーー!)
「本当にフルールの行動は予測不可能だよ」
「旦那様……」
「これまで僕の前でお酒を飲んだフルール。全部やることが違うんだよ」
「不思議ですわね?」
私が呑気にそう答えると、リシャール様はくくくっと笑う。
「それに、この間みたいにフルールがゾクゾクするとかで好きそうな感じで冷たく罵ってみたのに、今回は全く止まらなかったんだ」
「まあ!」
罵られたですって!? それも覚えていないわ、悔しい!
それはもったいないことをしてしまったと悔やむ。
「大会の日のフルールは多少の暴走はあったものの、脱がなかったし脱走もしなかった……この違いは何だろう? 酒の種類? いや、でもなぁ……」
リシャール様は首を捻りながらブツブツ呟く。
「あ、もしかしたらフルール、本能で感じ取っているのかな?」
「本能で?」
「そう。例えばこの場では脱いでも許される、ここなら思いっきり走り回っても大丈夫……とかね」
「……」
「もしそれを本能で嗅ぎ分けていたら、フルールって本当に凄いよね?」
リシャール様はハハハッと笑いながら言う。
私は目を瞬かせた。
「───つまり、私の大得意の野生の勘が更に冴え渡っているということですわね!?」
「う、うん……そんな感じ……かな?」
グイグイ迫りながら訊ねるとリシャール様はどもりながらも頷いてくれる。
「まあ、昨夜? はともかく───僕としてはその野生の勘はアルコール摂取する際にでも発揮して欲しい……」
最もなことを言われてしまったので私はエヘッと笑って誤魔化した。
────
「兄上。僕は、まだまだ未熟だけどニコレット様と生きていきたい!」
(も、元ジメ男ーーーー!)
元ジメ男はまっすぐ兄の顔を見つめてそう口にする。
「ま、だまだ未熟な僕が……そ、その、こんなに素敵な人を、ま、守れるのかと言えば、そ、それは不安がない、わけでも……ないけど……」
けれど、急に弱気にもなる。
(頑張って! ジメ男に戻りかけているわよーー!?)
私は必死に心の中で励ます。
「───っ! それでも、僕はこれからもっともっと心も身体も強くなってみせる!」
(言えたわーー!)
リシャール様と共に、ニコレット様と元ジメ男の元に慌てて向かった。
そこでリシャール様はまず、元ジメ男の決意を確認した。
───ドンファン辺境伯家の婿入り。お前にやれるのか? と。
そして元ジメ男は、それに精一杯答えていく。
いい感じ……顔つきが本当に男らしくなったわ!
石コロも卒業ね!
「……分かった。それなら正式にドーファン辺境伯家に申し出るとしよう」
「兄上!」
パッと顔を輝かせた元ジメ男にリシャール様は“兄”の顔で笑う。
「だけど、認められるか否かはお前しだいだぞ? 公爵家ではなくお前自身を見て判断するよう委ねるからな?」
「もちろん、分かっています!」
そんな兄弟の会話をニコレット様が嬉しそうに聞いている。
「ニコレット様?」
「ふふ、いいわ……あんなにもナヨナヨしていたのに短期間でのこの成長……ふふ、ふふふふふ……いい、やっぱり好み……」
(好みなのね? 愛、愛だわ!)
まだまだ大変だと思うけれど、幸せな予感がして頬が緩みニンマリした。
「───え? それでは婿入りと修行も兼ねてジメ………辺境伯領に行ってしまうの?」
「ジメ? 義姉上、今なんて?」
「コホンッ……なんでもないわ。本格的に身を移すと聞いたから驚いだけ……」
ちょっと元ジメ男の名前が思い出せなかったから変な言い方になったけど伝わったはず。
ニコレット様が横から説明してくれた。
「実はナタナエルから王都に戻りたいという話があったの」
「え?」
それってアニエス様の幼馴染で、私が認めたアニエス様を愛でる会の会員よね?
「彼は王族騎士団に入れるよう我が家から推薦しておいたからサミュエル様にはぜひ、領地に来てもらって彼の抜けた分、若手の最強を目指してもらおうと思っているのよ」
「!」
私はニコレット様の発言に密かに息を呑む。
(───サミュエル! そうよ、元ジメ男はそんな名前だったわ!)
そして、若手最強を目指す!?
つい最近までナヨナヨしていた元ジメ男、サミュエルにとって、なんて大きな目標なの!
私は感動した。
「…………お前はそれでいいのか?」
「はい、兄上!」
リシャール様に訊ねられて元気よく答える、元ジメ男のサミュ……なんとか。
「いつだって高みを目指す義姉上を見習って僕も……最強を目指します!」
(いい心がけよ! サミ…………)
サ……なんちゃらという名前の元ジメ男はキラキラ目を輝かせながら、私たちの前で熱く宣言した。
────
その夜。
「旦那様、寂しいですか?」
「……え?」
昼間に元ジメ男が辺境伯領に身を移す話をしてから少し元気がないような気がした。
「あいつ……弟が辺境伯領に行ってしまうことを僕が……寂しいと思って……いる?」
「ええ」
私はそっとリシャール様に寄り添う。
だって、元ジメ男が公爵家に戻って来てからのリシャール様は、昔作れなかった兄弟の時間を取り戻そうとしていたように思う。
かなり世話を焼いていたもの!
「大丈夫ですわ」
「え?」
「彼は、私が認めたお兄様大好き同盟の一員ですもの。離れていてもお兄様大好き! は変わりませんわ」
「そういうものなの?」
私はクスッと笑いながら、大きく胸を張る。
「そういうものですわ。自分が愛する人の元に嫁いで離れて暮らすようになっても……兄がお嫁さんを迎えても……お兄様大好き! が変わらない妹がここにいますわ!」
「フルール……」
「それに旦那様が呼んだなら飛んで帰って来ますわよ、きっと」
(忠犬ジメ男……ですもの)
そう口にしながら、頭の中で尻尾を振り続ける元ジメ男の姿が浮かんだ。
「…………そうだな。ありがとう、フルール」
リシャール様は国宝級の笑顔で優しく笑ってそっと私を抱きしめてくれた。
それから、数日後。
荷物をまとめた元ジメ男はニコレット様と共に辺境伯領に向かった。
弟を見送る兄のリシャール様の背中はやっぱり寂しそうだったけど、新たな門出をしっかり祝って送り出していた。
その後は穏やかな日々が流れる中、とうとうあの陛下の退位の日が正式に決定し、新たな国王陛下の即位の日も決定した。
そんな中、新たな国王陛下となる王弟殿下から私とリシャール様はなぜか呼び出しを受けることになった───
238
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる