王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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204. 破壊魔フルール

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❈❈❈❈❈


 ──ほ、本当にらないよな?

(フ、フルール……!)

 まさか、いくらなんでもここでさすがにそんなことはしないだろう。
 僕はそんな気持ちで笑顔で手を振っていたフルールを見つめる。

(あの笑顔なら大丈……)

 だが……
 僕の脳裏には笑顔でメイドを引き摺っていたフルールの姿が浮かぶ。
 あれを思うと絶対にやらないとは言いきれないものがある……

(……何をするのか分からないのが、フルールなんだ)

 だって、あの三人なんてもう恐怖で完全にパニックに陥っているじゃないか。
 アンセルム殿下も目を見開いたまま言葉を失って固まっているし、イヴェット妃は──

「……!?」

 僕は目を剥いた。
 なんでイヴェット妃は目を輝かせているんだ!?
 この場で唯一、イヴェット妃だけがこの状態を喜んでいるぞ!?

(切り刻まれたドレスの復讐……いや、脅迫状の件があるからか?)

 フルールへの崇拝がそんな所にまで行き着いてしまったのか?
 大丈夫なのか?  王太子妃……未来の王妃だぞ?
 頭の中でそんなことをグルグル考えていたら、目を輝かせていたイヴェット妃が呟いた。

「フルールさん!  念願叶って良かったわ」

(────ん?  念願?)

 何の話だろう?
 そう思って僕はイヴェット妃の顔を見る。すると彼女と目が合った。
 イヴェット妃は僕に向かってにっこり微笑む。

「わたくし、お茶を飲みながらフルールさんが公爵夫人となってから過ごして来た話をたくさん聞いていましたのよ」
「え?」
「フルールさん、その時からずっとずっとやりたいと言っていて……」

 イヴェット妃がクスッと笑う。
 事件が起きる前からやりたいと言っていた?
 それってつまり、フルールのやりたいことって───

「……あ、ほら始まりますよ!  ────フルールさんの“舞”」
「ま……」

 そう言われて僕はハッとして慌ててフルールに目を向ける。
 フルールは腰を抜かしてガタガタ震えている三人に向かってにこっと笑いかけると、一歩踏み出し、そのまま踊り始めた。

(────や、やりたいって、りたいじゃなかったんだ!)

 勘違いしていた自分が恥ずかしくなる。
 人気の少ないところにある部屋、僕らが黙っていればバレない……
 あれは実家にバレないって意味だったのか!

(紛らわしいよ、フルール!)

 ようやく理解した僕は、ふぅ……と安堵の息を吐く。
 フルールのあの満面の笑顔からすると、きっと嬉しい気持ちを表現する踊りなのだろう。
 何を?
 そう考えてすぐに分かった。

(ああ、イヴェット妃の発言が嬉しかったのか!)

 僕は目を瞑り、うんうんと頷く。
 それなら、追いかけっこの時にも披露していた“喜びの舞”なのかな?
 あの時はアルコールのせいで大変だったけど、今のフルールは素面。
 ならば意識もあるし、あの時ほどの心配は要らな───……

 ────ガシャーーンッ

(…………ん?)

 何だか聞き覚えのある音が……
 慌てて目を開ける。

「あ……」
「……花瓶が、割れましたわね…………」

 どうやら、フルールの振り上げた手が飾ってあった花瓶にぶつかったらしい。
 床に落ちて砕けてしまったようだ。
 僕とイヴェット妃が顔を見合わせる。

 やはり、花瓶は割れる運命にあるのか。
 僕は必死に我が家の割れ物を死守させた追いかけっこを思い出す。

(花瓶の弁償代くらいなら……)

 王宮の物だからそれなりの値段はするだろうが、ここは使用人用の部屋だというし……

 ───バキッ!

(…………ん?)

 続いて今度は違う音が……
 よくよく見てみると、次に繰り出した手の動きで壁にかけてある絵の額縁にぶつかってしまい破壊したらしい。
 飾られていた額縁が破損して床に落ちている。

(フルーーーール!!)

 フルール自身も驚いた様子を見せるが、えへっと笑って誤魔化そうとしている。
 その顔はいつも通りとってもとっても可愛いが、
 それ誤魔化せない!  全然、誤魔化せていないぞ!?

 ───バンッ!

 そんな壊れた額縁とフルールの笑顔に気を取られていたら更なる衝撃音が響き渡る。
 今度は足を上に蹴り上げた弾みで、一緒に机まで蹴り上げたらしい。
 机は壊れてはいないが引き出しの中身が飛び出した。

(フルーーーール!!)

 そのまま引き出しの中から飛び出て来て散らばった紙を踏んでしまい足を軽く滑らせたフルールは、咄嗟に窓際のカーテンを掴んだ。

(……あぁぁぁ!)

 ────ビリッ

 案の定、カーテンが大惨事になった。
 僕は頭を抱える。
 想像以上だ……だから、フルールは実家で全てを封印されたのか、と。
 それに……

(素面なのに、この間よりすごい……)

 今、フルールが踊っているのは喜びの舞とは少し違う気がする。
 初めてでドキドキするとフルールも言っていたし、より高難度な動きが入っている。
 だけど、この動きそのものは見た記憶があるから……

(…………歓喜の舞か!)

 義母上はとても優雅に踊っていたが……
 フルールも全体の流れや空気は義母上に似てなかなか優雅なんだけど手足の振りが入ると何かが起こる。
 フルール……
 歓喜の舞が我慢出来ないほど、イヴェット妃の言葉が嬉しかったんだな。

 ───でも、フルール……よく見てごらん?  
 部屋の中は瞬く間に大惨事に……
 そう思いながら僕はフルールが破壊していった物にチラッと目を向ける。
 まずは弁償必須の花瓶。

「……あれ?」

 しかし、その割れた花瓶を見ていてふと違和感を覚えたので、僕は思わず声を上げた。

(───なぜ、だ?)

 僕はチラッとフルールを見る。

 相変わらずフルールは優雅な空気を生み出しつつ物を破壊していく。
 唖然とした顔でそんな破壊魔フルールを見つめる殿下とイヴェット妃。
 生命の危機を感じて震えていた三人は、踊り出した当初はポカンとしていたものの、フルールが部屋の中の物を破壊する度に悲鳴を上げている。
 無理やり止めに行こうとしないのは腰を抜かしているからか、フルールが危険な殺人鬼という概念が抜け切れていないからか……

「……」

 皆がそんな予測不能なフルールの踊りに釘付けになっている間に、僕はそっと移動して割れた花瓶へと近付く。
 そして床に手を触れてみる。
 ──やはり、おかしい。

(……なぜ、床が濡れていないんだ?)

 花瓶は割れて飾られていた花も散らばっているのに。
 でも、床が全く濡れていない。水は?
 不思議に思って散らばった花を手に取った。

(───これ、は!  本物の花じゃない!  造花だ)

 どういう事だ?
 そう思いながら散らばった花や割れた花瓶の破片を集めていると、すぐ近くに折りたたまれた紙が落ちているのを発見した。

(……?  なんでこんな所に紙が落ちているんだ?)

 落ちていた場所的にこの紙は花瓶の中に入っていたのでは?
 そう思いながら、僕はその紙を拾って中を広げてみた。



❈❈❈❈❈



 ───バキバキッ

(あら?  最後もぶつかっちゃったわ)

 お母様直伝の“歓喜の舞”
 サクッと短いバージョンを初めて踊ったものの、花瓶から始まり物にぶつかってばかりだった。

(不思議ですわ……)

 昔、伯爵家で喜びの舞を踊った時もそうだった。
 一度何かにぶつかってしまうとそれを避けようとして動くからか、どんどん違うものに体当たりしていってしまう謎。

(不思議ですわ……)

 でも、初めてにしてはなかなか上手く踊れましたわ!
 そんな満足感でいっぱいになりながら観客第一号となった皆の顔を見てみる。
 皆、目をまん丸にして私のことを見つめていた。

(まあ!  言葉も出ないくらい感激するってこういうことね?)

 私はふふんと笑う。
 私もお母様の踊りを初めて観た時、圧倒されて言葉が出なかったもの!

(───って、いけない、いけない)

 ちょっと部屋を荒らしてしまったから急いで片付けて、魔性の女エリーズ嬢とヒィさんと切り裂きメイドへのお説教を始めないと……
 そう思って私はちょっとだけ大惨事になった部屋の中を見回した。
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