203 / 356
203. 恐怖の勘違い
しおりを挟む(──やっぱり)
そんなことだろうとは思った。
メイドの服を着ていれば、いざとなったらその他大勢に紛れることも可能。
ほとぼりが冷めるまではここで匿うつもりだったのね。
(それにしても……)
この部屋、エリーズ嬢の甘ったるい香りがプンプンするわ。
残り香の主張が激しかった理由が分かった気がした。
「妃、妃殿下……ど、どうして」
声を震わせながらそのメイドが訊ねる。
どうして王太子妃がこんな所に……そう言いたいのだと思う。
(まあ、普通なら王太子妃が訪ねて来るはずのない場所よね)
そんなメイドの問いかけにイヴェット様は笑顔で言った。
「わたくしの最も尊敬する方で大事な友人でもある、こちらのフルールさんが犯人の元に案内してくれるというのでついて来たのです」
「……なっ!?」
「そ、尊敬している!? 友人ですって!?」
イヴェット様の言葉に更に愕然とするエリーズ嬢とメイド。
エリーズ嬢は真っ青な顔でもう一度私の顔をじっと見てくる。
目が合ったので私はにっこり笑う。
すると、エリーズ嬢は更にビクッと怯えた表情を見せた。
(……ふっふっふ、どうしましょう……)
だって、こんなの……こんなの嬉しくて口元が緩んでしまうわ!!
そんな中、私は内心で大興奮していた。
だって……
(──イヴェット様が私のことを尊敬する友人だと言ってくださったのよ!)
なんと私……大親友、アニエス様に続く大親友を手に入れましたわ!
今すぐ小躍りしたい気分……お母様直伝の喜びの舞……いえ、それよりも一度も誰にも披露せずに封印されてしまった歓喜の舞を踊り出したい気分よ!!
そう思った私の身体がウズウズしてしまう。
(踊りたい──でも、ダメ、歓喜の舞は喜びの舞より難易度が高い)
もし、お母様に知られたら……
でも、身体がウズウズするわ。
「……ひっ……今度は、な、何で身体を震わせて、……こ、怖っ……」
「……」
(あら、でも待って? ここは隣国……ここでならたとえ踊ったとしてもお母様にバレないのではないかしら?)
そうよ、ほんの少しだけ……
そう思った私は、さらに口元を緩ませる。
「……ひっ!? え、な、なに? なんなのよ、その笑い…………な、なにを企んでいるの……よ」
(────よし! 踊るわよ!!)
そうと決まったら、お説教の時間の前に少しだけ時間を貰わないといけない。
私は隣にいるリシャール様に満面の笑みで声をかけた。
「旦那様!」
「フ、フルール? どうしたの? 何だか凄くいい笑顔だけど……」
「あの───これから踊ってもいいですか!? すぐ終わりますので!」
「ん? え? フルール……今、な、んて?」
リシャール様が驚愕の表情で私に聞き返す。
よく聞こえなかった?
私は少し大きめの声ではっきり口にする。
「でーすーかーら! もう私、我慢出来ません! 踊りたいのです!」
「……え? や、殺る!? 聞き間違いじゃなかった!? 待ってフルール……本気で言っているの!?」
「はい!」
「ひぃぃっっっ!?」
私が元気よく返事をしたと同時に、なぜかエリーズ嬢から悲鳴のような声が上がる。
(んーー? エリーズ嬢、先程よりも顔が青くなっているような……?)
気のせい? と思いながらも私は真剣な顔でリシャール様に大きく頷き返す。
「旦那様。もちろん、私は本気ですわ!」
「っ! フルール……」
「旦那様、ここ……この場所は幸いと言いますか……人気の少ない部屋ですのよ」
私は部屋の中をぐるりと見回す。
こんな王宮の奥にある使用人用の部屋なんて用が無ければそうそう近付く人もいない。
最っっ高にいい条件が揃っているわ!
「それはそうなんだけど……」
「でしょう? ふふふ。ですから、このことは旦那様たちが口を噤んで黙ってくれさえいれば…………バレませんわ!」
私がニンマリ笑顔でそう言った瞬間、エリーズ嬢と匿われていた切り裂きメイドとヒィさんがそれぞれ悲鳴をあげた。
「ひぃぃぃーーーー!? 待ってよーー!?」
「嫌ぁぁ!?」
「嘘でしょーー?」
(まあ! 三人ともそんなに嬉しそうな悲鳴を上げてくれるの?)
まさか、この三人が喜んでくれるとは。
「ありがとうございます! そんなに喜んで貰えるなんて光栄ですわ!」
「ひっ!? よ、喜ぶ!? 何を言って……あたしは……」
「はい! これはもう腕がなりますわ!」
私はエリーズ嬢の言葉を遮って、ふふっと笑いながら続ける。
「……」
エリーズ嬢は青い顔のまま黙りこむとガタガタ震え出した。
早く披露しろ、我慢出来ないわという合図?
魔性の女は意外とせっかちさんのようね。
「ですが……出来ることなら、この場にいらっしゃらないお仲間の皆様も呼びたいところでしたわ。それだけが残念ですわね」
「え! 全員って!? フ、フルール……?」
「……」
私はリシャール様に向かってにこっと笑う。
だって、せっかくなら観てくれる人は多い方がよかったわ……感想が聞きたいから!
「は?」
「ま、まさか、そんな有り得ない……全滅させる気?」
「そ……そうよね! 有り得ない! とにかくこんな所でそんなこと……するわけない……」
エリーズ嬢と切り裂きメイドが、真っ青な顔を見合せながら何かごちゃごちゃ言っている。
そこにやっぱり真っ青な顔をしたヒィさんが加わった。
「……いいえ、あ、あの人は口にしたことは…………本当に、じ、実行する……わ。間違いない……」
「は?」
「や、やだ、大袈裟ね」
エリーズ嬢と切り裂きメイドはヒィさんの言葉を笑い飛ばそうとしたけれど、ヒィさんが全力で叫ぶ。
「大袈裟じゃないのよーーーー! 嘘なんてつかない……いつだって本気そのもの……」
「え?」
「何を言って……」
「あ、あ、あの人なら殺る! 絶対に……確実に! そ、それも……」
ヒィさんが震える手で私を指さす。
絶対に、だなんて……そんな絶大な信頼を貰えて嬉しいわ。
「それも、何よ?」
「…………あの人、ニコニコ笑顔のままでするのよーー!」
「なっ!」
「え、がお!?」
そんなヒィさんの叫びにエリーズ嬢と切り裂きメイドから笑みが消える。
二人がそっと私を見たのでばっちり目が合った。
(当然! 歓喜の舞ですもの。笑顔は大事ですわ!!)
そう思った私は三人ににっこり笑顔を向ける。
三人はその場で硬直した。
どうやら、このまま大人しく鑑賞することにしたらしい。
(では、遠慮なく───……)
「それでは、旦那様もゆっくり観ていてくださいね!」
「……えっと、フルール? 君はいったいな……にを……」
「───さすがに初めてなので私もドキドキしていますわ───では!」
「いや、フル……説明……」
何か言いたそうな顔をしたリシャール様に笑顔で手を振って、そのまま私は三人の元へと近付く。
ちなみにイヴェット様と殿下もさっきから動かない。
二人ともすごい顔で私を見ているけど……
(大丈夫かしら?)
歓喜の舞を踊り終えた後は切り裂きメイドも丁度この場にいることだし、捕まえてじっくり話を聞かないといけないのに。
これは……早く終わらせた方がいいわね!
「では───あまり、長く時間を取るわけにはいきませんので、サクッといきますわね!」
「サ……サクッ……?」
「ええ、サクッと」
三人の前に立った私がそう口にした瞬間、これまでで一番嬉しそうな三人の元気いっぱいの悲鳴が部屋の中に響いた。
340
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる