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207. フルールの影響力(リシャール視点)
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フルールは自信満々の笑顔で胸を叩いた。
そして、なんの苦もなく暗号を解読してはスラスラ読み上げていく。
読み上げられる度に絶望の表情を浮かべていく三人を見ていれば、フルールが嘘を並べているわけではないことも明白だった。
(すごいな。フルールは本当に解読している……)
「───なんということなの! 結婚式も中止に追い込むつもりだったそうですわ! 許せませんわ」
そして、フルールは読みながらどんどんメラール化している。
「ス、スラスラ読んでる……な、なんでぇ?」
「特殊な暗号を用いていたものもあるはずなのに……」
「拷問は嫌ァーー!」
一人だけ完全にパニックを起こしているが、三人がフルールを見ながら嘆いている。
なんで解読出来るのか不思議でしょうがないのだろう。
(……実は、僕も理由を知りたい)
何でそんなにあっさり読めるんだ?
フルールはこんなの暗号とは呼べないと言っていたけれど結構、複雑に書かれているよ?
少なくとも、即座に読めるものではない。
そんなフルールの様子を、アンセルム殿下は再び口を開けてポカンとして見ているし……
(大丈夫か? 王太子……)
イヴェット妃はフルールに向かって目をキラキラさせているし……
(大丈夫か? 王太子妃……)
フルールはそんな周囲の視線を全く気にせずどんどん解読している。
「どうしました? 旦那様」
「……え? あ、いや」
「もしかして読むペース、速すぎました?」
そうじゃない。そうじゃないんだが……
いや、気になるし聞いてしまおう!
おそらく今、敵味方関係なく拷問に脅えるメイド以外のこの場にいる者たちの気持ちは同じはずだ!
「……そ、そうじゃないんだけど、フルールは暗号を読むの得意なの?」
「え? 得意?」
フルールはきょとんとした顔を僕に向ける。
「うん。だってさっきからスラスラ読んでいるだろう?」
「……」
フルールは一旦、目をパチパチさせて黙り込む。
するとすぐに、にこっと笑った。
うん、やっぱり可愛い笑顔だ───ではなくて!
「旦那様───私の部屋にある本棚の一段目の右から三番目に並んでいる本のシリーズ覚えています?」
「あ、ああ、フルールの好きな“悪女は今日も愉快に嘲笑う”シリーズだろう?」
「それですわ!」
僕が答えるとフルールは嬉しそうに笑った。
くっ……だから、その無邪気な笑顔は可愛いんだって!
あと、フルールの記憶力に色んな意味で衝撃だったから覚えているだけだ……
「旦那様も現在せっせと読み進めているこの話。旦那様はまだ辿り着いていませんが、あのシリーズの後半に悪女が華麗に暗号を解く話があるのです」
「え?」
「誰も解けない解読不能な暗号をサラッ解いて嘲笑う姿は爽快ですのよ」
(まさか……)
「それで、悪女が高笑いするのにピッタリな崖を探す一方、私もあの悪女のように華麗に暗号を解いて高笑いしてみたくなりまして……」
「…………うん」
(やっぱり……)
「それから、ありとあらゆる暗号に関する本を読み漁って猛勉強したのですわ!」
フルールがえへへっと照れ臭そうに笑う。
「ですが……本だけの知識では物足りなくなってしまい、実践したくなりましたの」
「……え?」
「だって、普通に生活していたら暗号を解く機会なんて無いでしょう?」
僕は頷く。
それはそうだ。
「ですから私は、お父様とお母様に頼み込んで───期間限定で、シャンボン伯爵家は暗号だらけで生活することになりましたわ!」
「え! 暗号だらけ?」
フルールがニンマリと笑う。
「そうですわ。お父様、お母様、お兄様……果ては使用人まで。毎日、様々な暗号が作られて飛び交う生活をしていましたの」
「ほ、本当に?」
「ええ。その日にやることの指示も全て暗号を使ってのやり取りですわ」
暗号だらけで生活!?
な、何をしているんだ、シャンボン伯爵家…………
そんなの生活しにくいだろう!?
「うっかり指示を解き間違えて、お父様の仕事の資料を灰にするなんてこともありましたわ」
「……フ、フルール」
やっぱり!
絶対何かやらかしていると思ったが……
「たくさん怒られたので、そこからもっともっと勉強しましたのよ!」
フルールはめちゃくちゃ可愛い顔でえっへんと胸を張る。
「ですから私、大抵の人が考えつくであろう暗号のパターンを読み解くのは得意になりましたの」
「……専門的で高度なやつは?」
「そこは勉強した本の知識が役に立ちます。色々なパターンを実践しましたから応用すると結構すんなり解読出来ますわ」
フルールはとっても簡単そうに言う。
けれど、それは基礎の基礎が頭に入っているから出来ることだし、応用力とか必要だし──……
(混乱してきた……)
「……」
「ちなみに、私に一番付き合ってくれたのはお兄様なので、お兄様もこれくらいならすぐに読めると思いますわ」
フルールはそう言いながら、ちょうど手に持っている紙を僕に見せた。
残念ながら僕にはこれを即座に読み取れるような頭はない。
(アンベール殿……)
僕はフルールに付き合い続けている彼も実はとんでもなく超人なのではないかと密かに思っている。
あとは、シャンボン伯爵家全体。
あそこは、使用人も含めて底知れない。そしてフルールを中心にどこかズレている……
絶対、敵に回してはいけない家だ。
(フルールって無自覚に最強家族を作り上げていたんじゃ……)
そして、その舞台は僕との結婚により、シャンボン伯爵家から我が家に移っているのでは?
改めてフルールの凄さを実感する。
(───この先が楽しみだな)
そう考えて小さく笑うとフルールが首を傾げている。
「旦那様?」
「いや……フルールの前では暗号なんて意味がないのだとよく分かったよ」
「ふふ」
僕がそう言ってフルールに笑いかけると、フルールも可愛い笑顔を返してくれた。
もう、これでかなりあの三人の心は抉ったと思うけど、フルールはもう少し読んでみます、と言ってパラパラ目を通している。
「あら? 旦那様……この辺のやり取りは悪事の計画ではなく、メンバー間の愚痴とかお悩み相談となっていますわね」
「え?」
愚痴? 悩み相談?
「───真実の愛で夫を寝とったのに相手が廃嫡されたから生活が苦しくなってきた……妻の元婚約者からの慰謝料請求額がとんでもないことになり始めた……どれも、最初は幸せだったのにって内容ばかりですわね……」
真実の愛を貫いても、やっぱり皆が皆、幸せなわけではないのだな。
僕の脳裏に、かつての婚約者シルヴェーヌ王女やベルトラン、ヴァンサン王子の姿が浮かぶ。
「───な、何よそれ! デタラメを言わないで!」
フルールの読み上げた内容に、エリーズ嬢が反応を示し反発した。
「……エリーズ様も最初は可哀想だったけど、よくよく考えれば王妃の器ではないわね、だそうです」
「は? はぁぁ!? 誰よ! それ誰が書いたの!?」
「知りませんわ。私はエリーズ様以外のメンバーのことはそこのお二人以外は知らないので聞かれても困ります」
「うっ……」
フルールの正論に、エリーズ嬢は悔しそうに押し黙る。
「そんなに気になるならどうぞ、こちらの紙ですわ」
「え」
「他にも色々とエリーズ様のことが書いてありますわよ?」
フルールがそう言いながら、その陰口が書かれていると思われる紙をエリーズ嬢に渡す。
しかし、彼女は解読出来なかったのだろう。
紙を凝視したまま動かない。
「……こんなことまで書かれて……エリーズ様も自業自得とはいえ大変ですわね」
「え?」
「あら? 案外、平気そうなご様子。ショックではありませんの?」
「は? ……な、なっ……だから、これ……」
フルールは彼女が暗号を解読していると思って話しているようだ。
なので、エリーズ嬢はどんどん不安が煽られ真っ青になっていく。
「さすがですわ! 帰国後も懲りずに相変わらず多くの男性を垂らしこんでいたせいで、皆様から同情されつつも尻軽女と影で呼ばれて笑われていることなんて、エリーズ様にとっては慣れたもの……へっちゃらなのですね!?」
「~~~~っっっっ!?」
フルールの発した一切容赦のないその言葉に、エリーズ嬢は白目をむいてその場に倒れた。
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