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208. 力加減を間違えた結果
しおりを挟むドサッという倒れた音と当時に、しんっ……と静まる室内。
僕も含めてこの場にいる全員がフルールと倒れたエリーズ嬢に視線を向ける。
(……フルール。君って人は……)
エリーズ嬢はすでにゴリゴリに心を抉られていたはずなのに、フルールが更に追い討ちをかけたぞ?
きっとエリーズ嬢はそんな陰口を叩かれていることは知らなかったのだろう。
(結局、反省していなかったということだな)
さて、このままあそこの二人も連行して、名簿を元に残りのメンバーも捕まえて……この件は終わりに───……
そう考えたが、なぜかフルールが倒れたエリーズ嬢をじっと見つめている。
「フルール? どうかしたの?」
「……旦那様。エリーズ様が突然倒れてしまいましたわ」
フルールが顔を上げて僕の顔を見ながら呟く。
「うん、そうだね」
「やっぱり、尻軽女と呼ばれたのはショックだったのでしょうか」
「……そうだろうね」
「尻軽女……」
なぜかそのまま目線を下にして考え込むフルール。
本当にどうしたのだろうか。
不思議に思っていると、フルールは目線を上げて僕の顔を見た。
僕らの目が合う。
「……旦那様、エリーズ様の頬をペチペチして起こしてもいいかしら?」
「えっ!? ペチペチ!?」
──また、ペチペチ!?
フルールはこの期に及んでエリーズ嬢を叩き起こそうとしているのか!?
フルールのこの発言には殿下とイヴェット妃も息を呑んでお互い顔を見合わせた。
残されたメイド二人……特にフルールにペチペチされて起こされた経験のあるメイドは顔が真っ青だ。
「だって……まだ、お説教を何一つ終えていないのに、こんな所で突然寝てしまうのは反則だと思いますの」
「えっと、これ、は寝た……のかな」
「他に何かあります?」
「……気絶じゃないかな?」
あと、フルールって人を起こすのに頬をペチペチするのが好きなんだな───……あれ?
「ごめん、フルール。ちょっと話は変わるんだけど」
「はい?」
僕はたった今、頭の中に過ぎったことが気になって仕方がない。
そこに転がっている令嬢をどうするかよりも重大なことだ!
「フルールは、力尽きて倒れていた僕を見つけて拾ってくれたよね?」
「はい。そうですわね」
「……その時の僕って、気絶していたと思うんだけど」
「ええ、そうでしたわ」
フルールはうんうんと頷く。
僕はゴクリと唾を飲み込んでから訊ねる。
「…………もしかしてその時のフルール、僕の顔もペチペチして起こそうとしたんじゃ?」
「え!」
フルールが目を丸くして僕の顔を見る。
(この反応……この反応はどっちなんだ!?)
ペチペチ…………したのか? 僕はされたのか!?
「……」
「……」
しばし、見つめ合う僕とフルール。
するとフルールは、にこっと笑った。
うん。
とっても可愛いくて僕の大好きな笑顔だ────しかし!
(その笑顔はどっちなんだ!?)
「……フルール?」
「……」
にこっ
再び可愛い笑顔を見せるフルール。
ああ。
今すぐこの腕の中に抱きしめたくなるくらい可愛い───が!
「…………フルール?」
「……」
にこっ
「フルール───」
「旦那様! その話は後にしましょう! さあ、ペチペチしてエリーズ様を叩き起こしますわよ~お説教の時間ですわ」
「……」
フルールは可愛い笑顔で懸命に誤魔化して、僕を押し切ろうとしていた。
❈❈❈❈❈
(リシャール様ったら……)
私はしゃがんで腕まくりをすると、白目をむいているエリーズ嬢の頬をペチペチと叩き始める。
ペチペチ……
───びっくりしたわ。まさか今頃、リシャール様にあの時のことを聞かれるなんて思わなかった……
だって、言えないわ。
ペチペチ……ペチペチ……
もちろん、あの時はこんな風に叩く気満々でいたけれど、倒れていた方があのリシャール様だと分かったから……
……無理よ!
私にあの国宝級の美しい美貌をペチペチするなんて……無理、大罪よ!
万が一、あのお顔が腫れたら国家の大損害だもの!
(訳・顔が良すぎて出来なかった)
ベチベチベチベチ……
そんなことを考えながら、エリーズ嬢の頬をペチペチしていたはずの私。
しかし、上の空で考えごとをしながらペチペチはするべきではなかった。
「──フルール! 力が入り過ぎてペチペチがベチベチになっているよ!?」
「え!?」
リシャール様が私に向かって叫んだ。
ベチベチ?
そう思って手を止めて下を見ると、エリーズ嬢の顔が悲惨なことになっていた。
「あ……!」
「…………うっ、うぅ……顔が、痛、い…………」
うなされ始めたエリーズ嬢。
どうにか目は覚めてくれそうですけれど……
(力加減、間違えてしまいましたわ!)
みるみるうちに腫れ上がっていくエリーズ嬢の頬。
……にこっ
私はこの場にいる全員に向かって笑顔で誤魔化した。
────
「こ、この可愛いあたしを、し、尻軽女だなんて……ど、どういうつもりなのよ!」
私のペチペチ……もとい、ベチベチで無事に目が覚めたエリーズ嬢は開口一番、私に向かって怒り出した。
その顔は頬が腫れ上がってしまってまん丸状態。
もはや、誰? 別人みたいな顔になっている。
(痛くないのかしら?)
痛みより怒りの方が強いのかエリーズ嬢は自分の顔が今、どれだけ大変なことになっているのか多分、気付いていない。
「冗談じゃないわよ! 尻軽なんかじゃないわ。ただ、あたしがとーーっても可愛いから皆の方が放っておかないだけなんだから!」
「……」
「こんなの言いがかりよ!」
(顔……結構パンパンに腫れているはずなのに、元気いっぱいだわ)
なんて逞しいの。
やはり涙一つでのし上がった魔性の女はひと味もふた味も違う。
私も見習わないといけないわね。
「ちょっと! その目はなに? ちょっと暗号が得意な公爵夫人だからっていい気にならないでよ!」
「……」
「分かっているのよ。どうせ、お金とか卑怯な手を使って公爵夫人の座も手に入れたんでしょ!」
「……」
「あたしとあなたの何が違うって言うのよ!」
(やっぱり力加減は大事ね……ヒィさんの時はちゃんと加減出来たのに)
私はじっと自分の両手を見つめる。
最強の公爵夫人になるためにはコントロールもしっかり出来ないと。
「聞いているの!? 何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
「え?」
ペチペチについて考えごとをしていたせいでエリーズ嬢の話のほとんどを聞き流してしまっていた。
何やら言いたいことがあるなら言えと要求されている。
(言いたいこと……?)
「分かりましたわ。ではお説教の前にまず一つ、よろしいかしら?」
「は? な、なに……?」
「先程の紙には、エリーズ様のことが尻軽女と書いてありましたけど……私、思うのですわ。エリーズ嬢はただの尻軽などではなくて……」
「え……? 尻軽じゃない?」
エリーズ嬢の目が大きく見開かれる。
私は頷く。
「あなたの信念には一貫性がありませんし、貞操観念もとても低そうなので───“節操なし”なんだと思いますの!」
「せっ……!? な、なんですってぇぇぇえ!?」
私の言葉にカッとなったエリーズ嬢がパンパンに腫れ上がった顔で詰め寄ってくる。
すごい迫力だわ……と感心した時だった。
ココ、ココンッ、ココンッ
「エリーズ様、戻りました」
「どうですか? 上手くやれていますかー?」
「聞いてください、さっき王宮内で人が引き摺られているという話が───」
部屋の扉から斬新なノックの音が聞こえたと思ったら、ガチャリと扉が空いて数名の使用人が部屋に入ってくる。
どうやら、真実の愛を盲信する他のメンバーがやって来たらしい。
「……え?」
「なんだ、この部屋」
「大惨事……! ぐちゃぐちゃ……いったい何が……」
彼らは部屋の惨状を見て呆然と呟く。
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「──ひぇっ!?」
そう口にしたところで彼らは今、まさに私を襲おうとしているエリーズ嬢が真っ先に目に入ったらしい。
エリーズ嬢の姿を見て顔を引き攣らせると大声で叫んだ。
「ば……化け物がいる!」
「きゃーーーー! 人を襲っているわーー!!」
(もしかして、顔がパンパンだからエリーズ嬢だと認識していない……?)
「え? 化け物……? ちょっとあなたたち、何を言っているの? あたしは───」
「よ、寄るな……化け物みたいな顔をしやがって! この部屋を荒らした目的はなんだ!」
「は? 部屋? 部屋はこのホワホワ女が……」
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「誰か来てぇーー! 化け物みたいに顔が腫れ上がった不審な女性が部屋を荒らして人を襲っていますーーーー!」
「え、は? な、何の話よ!? やめて! なんで更に人を呼ぶのよ!?」
彼らはこの部屋の中に王太子夫妻が居ることにも気付かずに、泣きながらいくつかの誤解をしながら大声で外に助けを求めた。
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