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233. こんなはずでは……(メリザンド視点)
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私は怒りで震えていた。
(な、な、な、何よ……あの衣装! 私への当てつけってわけ!?)
遂に迎えたパーティーの日。
リシャール様を夫人と離縁させる計画のために、あの何だか得体の知れない夫人の化けの皮を剥がしてやろうと決めた。
(お父様がうるさいけど、私には関係ないわ!)
相変わらず社交界には顔を出したくないと言い張るお母様と、お兄様は不参加。
最近は調子が上向きとはいえ、さすがにお兄様は人前に出るのはまだ無理。
(参加してみたいなぁ……と呟いてはいたけれど)
そうしてパーティーは開始し、ようやく二人が到着したので挨拶に出向いてみれば……
誰が見てもお揃いの衣装と分かる格好で現れて微笑み合っている!!
明らかにデザインも揃えているし、色使いだって……
リシャール様は優しいから、ああ言っていたけれど本音はきっと違うはずよ!
(───許せない! 絶対、夫人が私への当てつけの為にと無理やり着せたんだわ)
本音はあの場でもっと文句を言ってやりたかった。
けれど、形勢不利になる予感がしてとりあえず逃げて来た。
(まだまだよ! 絶対、絶対に二人を引き離してやるんだから!!)
「……」
どうにか気を取り直して顔を上げて、再度二人に視線を向ける。
リシャール様のあの美貌に加えて、お揃いの衣装の二人は目立っていた。
───あら、モンタニエ公爵夫妻はお揃いの衣装なんですって!
───相変わらず、仲睦まじい様子ですこと。
「……!」
そのため、二人の様子は噂好きの女性たちの話題にもチラホラ上がっている。
これはいい感じに妬んで誰か邪魔してくれないかしら───……
───結婚発表当初は悔しくて嫉妬もしましたけど……
───あれは無理。恐ろしくて手が出せないわ。わたくしは長生きしたいもの。
(長生き? 何の話?)
───それに公爵のあの顔。夫人にデレデレなのが全く隠せていないもの。
───いつも楽しそうに笑っているし、随分と変わられたわね……やっぱり“あの”夫人の影響なのよねぇ……悔しいけれど。
「……っ」
聞いているだけで腹が立って来る。
デレデレですって?
あのリシャール様がそんな間抜けな顔をするはずがないじゃない!
いつだってシルヴェーヌのパートナーとして、真面目にコツコツと王宮に通って必死に勉強していて……
(……あれ?)
そこで思考が止まる。
そういえば、あの頃のリシャール様って全然笑わな……
───その時だった。
「───旦那様! 見てください。やっぱりどれもこれも美味しそうですわ!」
「落ち着いて、フルール」
「さすがプリュドム公爵家のパーティー! 思った通りです!」
夫人の弾んだ可愛らしい声が聞こえて来る。
どうやら、パーティーの料理に目をつけたらしい。
(美味しそう? 当然よ!)
我が家の財力を駆使して、腕利きの料理人に用意させたご馳走よ?
せいぜい、敵わないと悔しがるといいわ。
同じ“公爵家”でも王族の我が家の方が格上ってことを思い知らせてや……
「では早速───まあ! やっぱりとっても美味しいですわ、あっ、こちらも……ん! あ、あれは何かしら?」
「こらフルール! そんなに一気に頬張って大丈夫?」
「大丈夫ですわ! あ、旦那様、こちらの料理は旦那様のお好みの味だと思います!」
「え? 本当?」
(───え!)
何やら、夫人がものすごいスピードで料理を平らげていく。
私は自分の目を疑った。
「私の舌に間違いなんてありませんわ。はい! どうぞ!」
「え、フ、フルール……ここではちょっと恥ずかし……」
「ふふ、どうぞ旦那様、遠慮なさらないで? 口を開けてくださいな」
「フ、フルール……」
(────んなっ!?)
夫人がにっこり微笑むとリシャール様がポッと頬を染めて、そっと口を開ける。
そんなリシャール様の開けた口に向かって夫人があーんと料理を運ぶ……
リシャール様はそれを照れながらも嬉しそうに……そして美味しそうに微笑んで──
(何してるのよーー!?)
ま、まさか、これも夫人の私への当てつけってわけ!?
わざと! これはわざとに違いない!
本当に本当に本当にとんでもない女だわ───……
(でも、おバカさんね! こんな場所でそんなはしたない振る舞いをすれば他の小煩い人たちが黙っているはずがないのだから!)
───ふふ、相変わらずの二人ですわね?
───見ているこちらがお腹いっぱいよ。
───けれど、モンタニエ公爵夫人って、いつも本当に美味しそうに幸せそうな顔で気持ちよく食べられるから……その……わたくしもお腹が空いてしまうわ。
(───は?)
文句が出るどころか、こそこそ話していた女性たちまでお腹が空いたわとか言いながら、そそくさと料理の元に向かっていく。
どうして非難しないの? 意味が分からない。
そんな思いでしばらく呆然としていたら、更なる驚きの光景が私の前に広がっていた。
「…………んぁっ!?」
私の口から思わず変な声が出た。
それくらい驚いた。
(さ、皿……お皿が……何あれ!?)
公爵夫人が食し平らげたと思われる料理の空の皿が……グッラグラに積み上がっている。
いや、現在進行形で積み上がっていく。
それも絶妙なバランス。
何度も何度も目を擦って、夢でも見ているのかと思い頬もつねってみた。
……夢じゃない。
あれは……あれは現実!
しかも、リシャール様を始めとして誰もアレを気にしている様子がない!
(嘘っ……こ、こんなの知らない……こんなはずでは……)
「───メリザンド? 何を呆けている?」
「!」
そこへ声をかけて来たのはお父様。
私は慌てて振り返る。
「ん? 向こうにいるのはモンタニエ公爵夫妻……まさかお前、よからぬことを企んで───」
「ち、違っ……! そ、そんなことよりお父様! アレ、アレは何!?」
私はモンタニエ公爵夫人が現在もせっせと積み上げている皿の山を指さす。
「アレ?」
「──!?」
不思議そうに首を傾げるお父様。
どうして? どうしてお父様まであの皿の山を見ても平然としているの!?
「皿? あれは、ただの空の皿だろう?」
「なっ!?」
───タダノカラノサラ。
長いことこの国を離れてしまっている間に、私の知らない新しい言葉でも出来たのかと思った。
「ま、待って? お、お父様……いえ、あれは異常……よね?」
「そうか? モンタニエ公爵夫人はあれが普通だぞ? むしろ、今日は少なめか?」
「ふ……」
普通!?
あんな底なし胃袋みたいな食べ方が…………普通ですって!?
「母親のブランシュも父親のエヴラールも別に大食いではないはずなんだが……どうしてなんだろうなぁ……」
はっはっはっと笑って済ませるお父様。
「私も最初は驚いたが、あれだけ気持ちよく幸せそうに食べてくれるので、今ではモンタニエ公爵夫人が参加すると聞いたパーティーの料理人たちは、張り切ってたくさん料理を作るそうだぞ」
「……」
確かに……今日のパーティー、参加者のわりに妙に料理が多いと思っていた……わ。
そこで私はハッと気付く。
これだけの食欲……
まさか……
もしかしなくても私、あの“お詫び”と称して嫌がらせのつもりで送った大量の食材……
(夫人を喜ばせていただけなんじゃないのーーーー!?)
そんなバカな……とは思う。
だけど、あの爆食を見ていたら……
ギリッと唇を噛み締める。
何か……何かもっと大きなダメージを与えられる“何か”は無いの!?
そう思った時、お父様が小さく呟いた。
「だが───公爵夫人は料理に関しては何でもいけるそうだが、何故かアルコールは周囲に止められていると聞いたな」
「え!」
「酒は飲ませない方がいいらしい」
「……!」
(つまり、夫人はお酒を飲むと失態を晒すくらい弱いということ……?)
これは───夫人の化けの皮を剥がすチャンス!?
私は、いい情報を貰ったわ、とお父様に見えない角度でニヤリとほくそ笑んだ。
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