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234. 特別ですから
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大親友のアドバイス通り、いつも通りに過ごすことにした私は、元気いっぱいに目の前の美味しそうな公爵家の料理を堪能していた。
(美味しいですわ~)
「旦那様! さあ、もっともっとですわ」
「え……も、もっと?」
「はい! もっともっともっともっとです! さあ、口を開けてくださいませ!」
「ふっ……フルール? もっとが増えているよ?」
だって、美味しいものは大好きな人と食べればもっとおいしい。
常々、そう思っている私はせっせとリシャール様の口にも運ぶ。
「幸せのお裾分け……のあーんですわ!」
「フルール……」
リシャール様は美しい顔の頬をほんのり赤く染めて、照れながらも口を開けて一緒に食べてくれた。
そんな、目の前の料理についつい夢中になっていたけれど……
(はっ! そうですわ。イチャイチャ!)
参加者の皆……いえ、主にメリザンド様に向けてリシャール様との仲良し……イチャイチャを見せつけなくてはいけなかったことを思い出す。
とにもかくにもメリザンド様には、
『───参りました。もう二度とフルール様の大事な国宝に手を出そうなどという、身の程知らずなことは考えません』
そう誓わせなくては!
「───旦那様!」
「どうしたの? フルール」
私の勢いにリシャール様がギョッとしている。
「危なかったですわ。美味しい料理に夢中ですっかり、忘れそうになっていました!」
「うん?」
私は料理を一旦終えて、グイグイッとリシャール様に迫る。
まずは密着!
だって、イチャイチャは近付かなくては出来ませんもの!
「近っ……! え? フルール? えっと……な、何? あ、デザートか! それならあっちだよ?」
「いえ! 旦那様、デザートももちろんお腹に入れますが、今はこれから私とイ……」
イチャイチャしましょう!
そう言いかけた時、後ろから声をかけられた。
「……モンタニエ公爵夫人、ちょっとよろしいかしら?」
「!」
大変!
リシャール様とのイチャイチャを開始する前に泥棒が来てしまったわ!
そんなメリザンド様は、ご機嫌な様子でとっても嬉しそうに、にっこり微笑んでいる。
「───夫人はとても食欲旺盛な方なのですね? 驚いてしまいましたわ」
「え?」
「周囲の目も気にせずガツガツと……それも! 夫のリシャール様まで巻き込んで……」
「……」
(こ、これは!)
なんということでしょう!
メリザンド様が褒め殺し攻撃を仕掛けて来ましたわ!
今の発言──これはつまり……
────我が家の自慢の美味しい料理を多くの方の前で、夫妻揃ってたっぷり堪能してくれてありがとう!
そういう意味でしょう?
……さすがですわ!
頭の中では泥棒計画を企みながらも、しっかり相手のことを称えるその姿勢……
見習わなくてはなりません!
ですから、ここは私もスマートにお礼を伝えなくては!
(それが“出来る女”というものですわ!!)
「はい! どれも夫と一緒にとてもとても美味しく頂いておりますわ!」
「……っ」
ピクッとメリザンド様の眉が動いた気がした。
「え、ええ。そのようです、ね……それは良かったですわ…………ふ、ふふ」
「メリザンド様?」
「──さあ、こちらよ! 持って来なさい!」
少し変な笑い方をしたメリザンド様は、何やら合図と声を出して支給係を呼んだ。
そして私に向き直るとクスリと笑う。
「それで───そんなフルール様に“特別”な飲み物をご用意しましたの」
「特別?」
私の目がキラリと輝く。
“特別”
なんて心が揺さぶられる言葉なのかしら。
「ええ、フルール様はどうやらお酒が苦手らしいと耳にしましたので」
「え?」
苦手?
お酒は大好きよ?
ただ、ちょっぴり記憶を失くすから周囲に止められているだけ。
もちろん、今回のパーティーは国宝を護るという大事なお役目があるため、お酒を飲むつもりはありません。
「そんな夫人のために、こちらをどうぞ!」
「まあ!」
メリザンド様は笑顔で私にその特別だという飲み物を差し出した。
「───あ! ご安心くださいませ! もちろん! お酒は一滴も入っておりませんわ」
「……お酒が入っていない?」
「ええ!」
私がじっとメリザンド様の目を見つめると、私たちの目が合った。
目が合ったメリザンド様は、私から目を逸らすことなくにっこり微笑んだ。
「夫人、どうかしましたか?」
「いえ……」
「さあ! さあ!! さあ!!!! どうぞ、遠慮などなさらず……味はもちろん保証します」
よほどの自慢の品なのか。
メリザンド様はそう言って押し勧めてくる。
(なるほど……敵とはいえ、やはり学ぶべきことの多い方ですわ)
パーティーの主催者として、美味しい料理をたくさん用意させるだけでなく、参加者の好みや嗜好も事前に把握しておき、時には“特別”な物も用意しておく……
(魅力溢れる最強の公爵夫人目指す者として、しっかり心得ておかなくては!)
私は内心でうんうんと大きく頷く。
「……フ、フルール、それ……」
「!」
リシャール様が何か言いたそうな顔で私を見てくる。
───リシャール様、大丈夫ですわ!
今日はこれまでのうっかりさんな私とは違いますのよ!
一に確認、二に確認、三四も確認、五も確認ですわ!
そんな思いを込めて私はリシャール様に、安心して? とにこっと微笑み返した。
「───見た目はまるでお酒……でもこちら、お酒ではありません!」
「そうなのですね!」
私は微笑みながら、その飲み物を手に取る。
見た目は本当にお酒のよう。
でも……
「まあ! 確かに! アルコールの香りがしませんわね?」
その言葉を聞いたメリザンド様が嬉しそうに微笑んだ。
「そうでしょう? お酒は飲めないけれど、気分だけは一緒に楽しみたい! これはそんな方にピッタリなんですよ」
「ふふ、その考えはとても素敵ですわね!」
「ありがとうございます。ぜひ! お酒が苦手だと言う夫人にもそんな気分になってもらえたら嬉し……」
「本当に。それなら、もろもろ弁償せずに済むので良かったですわ」
グラスを手にした私は、嬉しそうに微笑んでいるメリザンド様に向かってそっと笑いかける。
ピタッとメリザンド様の動きが止まった。
「…………べ、弁償?」
「ええ、弁償です」
「……?」
眉根を寄せて首を傾げるメリザンド様。
「メリザンド様。私、お酒は苦手なのではなく好きなのですけれど、周囲がやめてくれと必死に止めるのです」
「え? ええ、あ……失礼ですけど……それは何か醜態を晒してしまった過去でもありまして?」
「……」
私はグラスを手に持ったまま、にこっと微笑む。
「部屋、いえ、お邸が破壊されてしまいますの」
「…………え?」
「よくて半壊……酷いと全壊するかもしれませんのよ」
「………………え?」
「とにかく壊滅状態ですわ」
追いかけっこで人が瀕死になることは説明が面倒なので省略。
メリザンド様は目をまん丸にして私を見てくる。
「か……」
「残念ながらいつも、私には自分が何をしたのかの記憶が一切ないのですけども」
「記憶……が、ない……?」
「気付くとだいたい翌日ですわね……ふふふ」
私が笑うとメリザンド様は、え? とかあれ? とオロオロし始めた。
きっと聞いたのが私が“お酒を苦手”という情報だったからその違いに困ってしまっているのね?
───情報収集は正確に! ですわよ。
「───ですから、良かったですわ!」
「えっと……よ、良かった……?」
「ええ。せっかくのメリザンド様が開いてくださったこのパーティーを壊滅状態にしなくて済むんですもの」
まだまだこの美味しい料理を堪能したいですし、何よりこちらのプリュドム公爵邸にある物だと、やっぱり弁償代が高くつきそうですものね!
愛するリシャール様を弁償代で困らせたくないわ。
「……か、いめつ……」
「はい、壊滅。ですが、こちらはお酒が入っていない“特別”なら安心ですわ! それでは遠慮なくいただきまーす!」
私は再びメリザンド様に向かってにこっと微笑むと、手に持っていたグラスを口元に近付けた。
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