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243. 勘違い、加速する
しおりを挟む「ひっ!?」
私に睨まれた王弟殿下はなぜか慌てだした。
「何でそんな目で私を見る……ふ、夫人……その目で見るのはやめてくれ!」
「どうしてです?」
「……その目、君のその目は私にブランシュを彷彿とさせるんだっ!」
顔が青白いですわ。
でも……
私は首を横に振る。
「そう仰られましても……私はお母様の娘ですもの」
「分かっている……! 分かっているが……」
「……」
理由はよく分からないけれど、王弟殿下は本当にお母様に怯えていますわね?
私はもう一度ジロリと王弟殿下を睨む。
「うっ……ブランシュがそういう目で私を見た時は必ず蹴りが……」
「蹴り」
あの、誘拐未遂事件の時もそうでしたが、お母様の蹴りは本当にうっとりするくらい美しいですわ。
それにしても……
(王弟殿下はなぜお母様に蹴られるような事態に……)
そんな目で王弟殿下を見ていたら、幻の令息がのほほんとした声で横から言った。
「ブランシュ……えっと……呪いの人形を父上にプレゼントしてくれた方だっけ……?」
「え! 呪いの人形!?」
「うん……父上と母上がそんな話をしていたよ……?」
「まあ!」
何だか面白そうな物の登場に私は目を輝かせる。
ふふふ。お母様は相変わらず楽しそうなことをしていますわ!
「レアンドル! あれは……あれは……決してプレゼントなんて生易しくて可愛い物ではないぞ!」
「え、そうなんだ……?」
私は確実に呪われたーー!
そう叫びながら頭を抱える父親のことを幻の令息は、心配するどころかにこにこしながら見ていた。
(とっても、嬉しそうですわね)
幻の令息は呪いとかが好きなのかもしれません。
その後、しばらく呪いは怖いだのお母様の呪いの腕は恐ろしい程に素晴らしいだのと褒めちぎっていた王弟殿下はハッと我に返った。
「──と、とにかくレアンドル。お前はもう、部屋に戻りなさい」
「えー……」
「夫人も会場に戻ろう。きっと君が戻って来ないと公爵も心配しているのではないか?」
王弟殿下は不満そうな様子の幻の令息に部屋に戻るようにと言いつけた。
その際、幻の令息がなにか言いたそうにチラッと私を見たので、にこっと笑って大きく胸を張った。
「大丈夫ですわ。野菜の件は話をしておきますわ!」
「野菜夫人……!」
そして、息子の交際を反対している浮気者の王弟殿下の前では堂々と言えないので私は幻の令息に向かって目で伝える。
(一日も早く元気になって意中の令嬢をお迎えに行きましょう!)
「……! 野菜夫人……ありがとう……! では父上、部屋に戻ります……」
私の言葉が伝わったらしい幻の令息は笑顔で頷くと素直に部屋に戻ると言い出した。
「あ、ああ……? や、やさいふじん?」
王弟殿下は息子の言葉に不思議そうに首を捻っている。
そしてトコトコ部屋に帰って行く息子の後ろ姿を見てポソリと言った。
「……以前より足取りが良くなっている」
「……」
「レアンドル……本当に元気になって来てくれているんだな……」
そう口にする王弟殿下はきちんと“父親の顔”をしていた。
─────
「……と、言うわけで、幻の令息に会った私は人参に似ていることから人参夫人! そして野菜夫人に進化しましたわ!」
「フルール……!」
その後、王弟殿下の導きの元、無事にパーティー会場の部屋に戻った私は、愛する夫のリシャール様に満面の笑みで報告する。
「とっても斬新で新しい呼び名ですわ!」
「そこ? そこなの? 待って、もう一度話を整理させてくれ」
リシャール様が一生懸命頭の中を整理しようと頑張っている。
「まずは迷子……」
「はい! お屋敷が広かったので迷子になりました!」
「うん……帰ってこないから変だとは思った……そうか。迷子……」
リシャール様はウンウンと納得してくれる。
「そしたら、人と鉢合わせた? えっと……」
「プリュドム公爵家の幻の令息ですわ~」
「……そ、そうか……え、どんな確率なの……それ」
「ふっふっふ。偶然って凄いですわ~」
王弟殿下の隠し子───ナタナエル様と幻の令息の顔がそっくりさんな件は、後で話すことにしますわ。
「フルールの人参が令息と夫人の中で好評だった……それで人参夫人と呼ばれたの?」
「はい! どうやら私は人参に似ているという新たな事実を知りました!!」
「……」
リシャール様が無言のまま何か言いたそうな目でじっと私を見る。
私はにこっと笑い返した。
「……コホンッ、そ、それで? 令息の真実の愛の為にフルールの野菜を公爵家に売りたい……? ごめん、フルール。そこが一番よく分からない」
「旦那様! 幻の令息は本物の真実の愛を貫こうとしていますのよ!」
「ほ、本物の真実の愛……?」
「ええ、これまでの真実の愛を語ってきた方たちは、薄っぺらいペラッペラのペラペーラな愛だったでしょう? ですが彼は、彼だけは違いましたわ! あれこそ本物!」
私はリシャール様に力説する。
如何に幻の令息の意中の令嬢への想いが強いのかを───……
そして、何故か話を終えるとリシャール様が口元を手で押さえて身体を震わせていた。
「旦那様?」
「フ……フルールが……!」
「私が? どうかしましたの?」
私が慌てて聞き返すと、リシャール様はよほど幻の令息の真実の愛の話に感激したのか私の両肩を掴む。
「フルール! 恋愛ごとにはびっくりするくらい疎かったフルールが……公爵令息の恋愛事情をそこまで汲み取るなんて!」
「旦那様?」
「奇跡だ! これはもう奇跡だよ、フルール!」
「奇跡!」
どうやら、リシャール様も本物の真実の愛に興奮しているみたいですわ。
(やっぱり“本物”は違うということですわね!)
リシャール様の反応に私は大満足で頷いた。
「───それで、公爵令息に野菜を?」
「はい! なんと言っても元気の秘訣は美味しいものを食べることですもの!」
「そうか……えっと、その話をしていてフルールは野菜夫人に進化したの、かな?」
「そうですわ! 新しい呼ばれ方はワクワクしますわね!」
「……」
私がにこにこしながらそう答えたら、リシャール様は優しく笑ってくれた。
そしてそっと私の頬を撫でる。
「次から次へと…………本当にフルールらしいな」
「そうですか?」
「うん───じゃ、野菜の件は王弟殿下に話を通して正式に───……と思ったけど今はちょっと無理そうだ」
「無理そう……?」
リシャール様が苦笑しながら固まったので、私もその視線を追う。
そこには、幽霊令嬢と化したメリザンド様と娘のそんな姿に大きなショックを受けている王弟殿下の姿。
メリザンド、何があった!? と驚いていることから私は確信する。
(やっぱり王弟殿下はメリザンド様に起こっていたことをご存知なかったようですわね……)
「メリザンド様……すっかり幽霊令嬢が板についているご様子です」
「ああ、今、すごい勢いで幽霊令嬢の名前が社交界に広がっているよ……ダメージは大きいだろうね」
さすが社交界ですわ!
広がる時はあっという間です。
「では私が迷子になっている間、メリザンド様が旦那様に声をかけてくるようなことは?」
「全くない。もう彼女、今は動く気力も無さそうだから」
リシャール様は肩を竦めて首を横に振ってそう言った。
「なるほど───では、とりあえず……今回は国宝泥棒……盗みを阻止出来たと思ってよさそうですわね?」
「フルール?」
「もちろんまだまだ油断は禁物ですけど……メリザンド様のドレス以外は被害がなくて良かったですわ!」
私がそう口にすると、リシャール様がパチパチと目を瞬かせた。
「すごいな……攻撃を受けていたはずの被害者が全く被害だと思っていない……」
「ふっふっふ。国宝は守り抜きましたわ!!」
私はえっへんと大きく胸を張った。
犯罪は未然に防ぐ──大成功ですわーー!
ついでに“野菜夫人”の称号も貰えたので、新たな魅力も手に入れましてよ!
「それで、フルール? 公爵令息の本物の真実の愛を応援したいという気持ちは分かったけど、野菜の販売以外にも何かするつもりなの?」
「そうですわね……まずはナタナエル様に身体を鍛える秘訣を聞きに行って……それから……」
私は考える。
いくら、これから幻の令息が元気いっぱいになって、自分の足で愛しの令嬢に会いに行けるようになっても、王弟殿下が交際に反対したままでは意味がありません。
二人は引き裂かれた恋人同士のまま。
もちろん最後に勝つのは二人の強い意志ですけども……
(──ならば、その前に!)
「二人が少しでも交渉しやすくなるように(隠し子の件で)王弟殿下を軽く脅してみますわ!!」
「……え? 脅す? フルール……さん?」
びっくりして目を丸くするリシャール様に向かって私はニンマリと笑った。
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