王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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317. 完璧な夫ですわ!

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 パチンッ!
 その指を鳴らす音にハッとしたトリスタン。

「はっ!」

 そして、それまでずっと掴んだままだったリシャール様の手を離すと、そのまま勢いよく駆け出した。

「フルール姉さん!  お待ちください!  今すぐご用意いたします」

 そう言い残して部屋から飛び出して行った。

(あら……)

「フ……フルール……彼、駆けて行っちゃったよ?  もしかして……?」
「え、ええ」

 リシャール様がポカンとした顔で私に声をかける。

「おい……トリスタンが向かった方向は間違いなく我が家のキッチンだぞ?」

 お兄様が廊下を見ながらそう言った。

(あらら……)



 まさかと思った五分後。

「フルール姉さん、お待たせしました!  今日のおやつです」

 彼は息を切らして笑顔でおやつとジュースを私の元に運んで来た。
 大きくなったけれど、昔と変わらないその笑顔……

(下僕体質が全然、抜けていませんわーー!?)

「フルール姉さん?」
「い、いえ……ありがとう」

 私は受け取ったジュースをグビッと勢いよく飲み干す。

(なんてこと……五年も経っているのに)

 この調子で留学生活は大丈夫でしたの?
 トリスタンの下僕体質が全然抜けていないことに驚きと心配をしながらも、続いておやつに目を向ける。
 シャンボン伯爵家特製、私の好物サクサククッキーのようですわ。
 手に取って口に運ぶと変わらないサクッとした口当たり。

(相変わらず、美味しいですわ~)

 好物のおやつを前にしてしまえば私の手は止まらない。

(まさか、今も指パッチン一つであんなに素早く動くなんて)

 サクッ……

(何度食べてもサックサク!  手が止まりませんわ~)

 心配と食欲で思考もとっちらかっていく。
 そんな私にトリスタンが心配そうに声をかける。

「フルール姉さん、このクッキー好きだったよね……目が覚めた?」
「……」

 珍しくしつこいですわね?
 そんなに今日の私、眠そうな顔をしているのかしら?

「足りないならもっと持ってくるよ?  いっぱい焼いていたから」
「!」

 その言葉に私の身体が反応する。

(それはぜひお願いしたいところですわね~)

 大好物はいくら食べても足りません。

「分かった!  待ってて?  第二弾お願いしてくるよ!」
「え?  トリスタン?  私は何も言っていないですわよ?」
「何も言わなくても分かってるよ、だって僕はフルール姉さんの下僕だから!!」

 それだけ言い残してトリスタンは、また部屋を駆けて出ていく。
 それを見送ったお兄様が頭を抱えた。

「……フルール!  トリスタンの奴、下僕体質が全く抜けきれてないじゃないか!」
「凄いな、あれは……かなりフルールに心酔しているね?」

 リシャール様もまだどこか呆けた顔でそう言った。

「私もここまでとは思っていませんでしたのよ……!」
「フルール……下僕ごっこはおしまいだ。伯父さんが悲しむ」
「え、ええ。とりあえず、指パッチンは封印しますわ」 

 タンヴィエ侯爵家、跡取りの危機に私は頷く。

「そうしてくれ……」



「───フルール姉さん!  お待たせしました、ご所望のおやつです!」

 それからすぐ、満面の笑みのトリスタンによっておやつとジュースの第二弾が運ばれて来た。




「うん!  ───やっぱりフルール姉さんの食べっぷりは変わらないね?」

 第二弾のおやつを頬張っていると、トリスタンがうっとり顔でそう口にした。
 そして、チラッとリシャール様に視線を向ける。

「フルール姉さん。僕、思うんだ。やっぱりフルール姉さんに相応しいのはこの人間離れした食欲を理解出来る人であるべきだと!」

 トリスタンは目線だけリシャール様に向けながら、大きく胸を張って私にそう言った。

「ええ、トリスタン。私もそう思いますわ」
「姉さん……!  やっぱりそうだよね?  僕なら……」
「ふっふっふ……その点、私の旦那様は完璧ですわ!」
「え?」

 キョトンとした顔でトリスタンが目を丸くする。

「毎日、その日の私の顔色や体調から適切な量を判断し、私が食べ過ぎることがないようにと注意しながら、何杯もお代わりする私を優しく見守ってくれていますわ」
「え……?」
「どうです?  出来る夫でしょう?」

 えっへんと胸を張って私はリシャール様を自慢する。

「フ……フルール姉さんの大食いを認めるどころかコントロールだって!?」 
「……」

 トリスタンとリシャール様の目が合う。
 リシャール様はニコッと国宝級の笑みで微笑んだ。

「くっ……な、なら!  フルール姉さんの毎日の走り込み……!  あれに付き合えなきゃ夫じゃないよね!?」
「ええ、トリスタン。私もそう思いますわ」
「姉さん……!  やっぱりそうだよね?  僕、距離は姉さんには及ばないけど向こうの国でも走り込みを欠かさず……」
「大丈夫よ、トリスタン。その点も夫は完璧ですの!」

 私は再度、えっへんと胸を張る。

「え?」

 トリスタンの目がさらにまん丸になる。

「旦那様は毎日、私の走り込みに付き合ってくれていますのよ!」
「あの距離を!?」
「そうですわ?」
「……う、嘘っ……だろう!?」

 再びトリスタンとリシャール様の目が合う。
 リシャール様は、またニコッと国宝級の笑みで微笑んだ。

「くっ……眩しい……」

 トリスタンが眩しそうに目を細める。

「うぅ……いや、でもフルール姉さんは迷子……!  それも方向音痴で……」
「ふふふ、夫は迷子の私も正しい道に導いてくれますのよ?」
「迷子も把握!?」
「ええ!」

 凄いですわ~
 こうして話せば話すほどリシャール様は出来る夫なのだと改めて実感出来ますわ。

「フルール姉さんの作り出す……き、奇妙な野菜や果物!」
「奇妙?  旦那様は凄いねって褒めてくれますわ?」
「の、呪いの花!」
「呪い?  お花は他の人に見せるのは勿体ないと言ってくれて、プライベートの部屋にたくさん飾ってくれていますのよ」
「なっ……!?」

 またまたトリスタンとリシャール様の目が合う。
 リシャール様は、今回もニコッと国宝級の笑みで微笑んだ。

「う、嘘だ……何においてもパワフルなフルール姉さんに……」

 トリスタンがガクッとその場に膝をつく。

「まさか、ほ、本当につ、釣り合う男…………が?」
「ふっふっふ」
「顔……公爵様はフルール姉さんの好きそうな顔……顔だけ男、じゃない、の?」
「もちろん、顔はこの世の誰よりも最高ですわ!!」

 私は、自分の顔でもないのにババンッと大きく胸を張る。

「ですが、私の夫……リシャール様は顔だけの男ではありませんのよーー!」
「そんな!  ──ぼ、僕のこれまでの努力……は……」

 トリスタンが驚愕の表情を浮かべる。
 わかりますわ、その気持ち。
 この世にこんな完璧な男がいるのか……そう思いますわよね?
 でも、ここにいるのです!

「ま、待ってよ!  そ、そもそも、姉さんが婚約したと言っていた男と公爵様は違うよね!?  伯爵家の人じゃなかったの!?」
「え?  ええ……最初に婚約した彼は今、社交界の隅っこで小さくなって震えて細々と生活していますわね」

 もうすっかり社交界でベルトラン様の名前を聞くことはなくなりましたわ……
 パーティーでも見かけません。

(生きているのかしら……?)

 まあ、没落したという話は聞かないので、どこかで生きてはいるのでしょう。
 そう思った。

「ぐっ……い、色々あったとは聞いたけど!  それが何で?  どうすれば次の相手が美貌の公爵になるんだよ!?」
「何でって、拾ったからですわ」
「拾っ……?」

 トリスタンは不思議そうな顔をして頭を抱える。
 もしかしたら、この話は伯父様から聞いていなかったのかもしれません。

「拾った!?  やっぱりおかしいよ!  フルール姉さん!?  犬や猫じゃないんだよ!?」
「犬や猫でもない?  もちろん知っていますわ。でも、拾いましたの」
「!?」

 トリスタンが、ガバッと顔を上げてリシャール様の顔をじっと見つめる。
 目が合ったリシャール様は今回もにこっと微笑んだあと、大真面目な顔で頷いた。

「間違っていない。僕は捨てられていたところをフルールに拾われたんだ」
「!?!??」

 トリスタンは助けを求めるように今度はお兄様に顔を向ける。

「アンベール兄さん!」
「な、なんだ……?」 
「フルール姉さん、すっかり洗脳されちゃっているよ!?  どうしてこんなになるまで放っておいたの!?」
「は?  お、落ち着け……トリスタン」
「落ち着いてなんかいられないよ……フルール姉さんの一大事だもん!  おかしなことを言っちゃっているし!」

 グイグイとお兄様に迫るトリスタン。

「いいや、落ち着けトリスタン。フルールがリシャール殿を拾った……これは何一つ間違っていない」
「そんなっ……兄さんまで!  ハッ!  そうだ!」
「おい?  トリスタン……どうした?」
「確か……父さんが手紙に書いていた?  ……確かフルール姉さんは……うん、やってみよう……」
「トリスタン!?」

 急に黙り込んだトリスタンは小さな声でポソッと何やらブツブツ呟いたと思ったら、いきなりまた駆け出した。

「トリスタン!?  どこに行きますの?」
「おい!  トリスタン!?」

 お兄様と二人で声をかけると廊下まで走り出していたトリスタンは一旦足を止めて振り返る。
 そして、笑顔で言った。

「安心して!  僕がフルール姉さんの目を必ず覚まさせてみせるから!」
「え!?」
「なっ!?  何をする気だーー!?」
「大丈夫だから、待ってて~」

 そう言って再び全速力で走り出したトリスタン。
 そんな彼を見ながらリシャール様は私の横で呆然とした顔で呟いた。

「……血筋だ」

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