王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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321. “最強”がいっぱい!

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❈❈❈❈❈


「フ、フルール姉さん……あ、いや、ご主人様……」
「トリスタン?」

 リシャール様と笑い合っていたら、トリスタンがお兄様に支えられて私の近くまで来ていた。
 足が……痺れて辛そうですわ!

「大丈夫ですの!?」
「う、うん……なんとか……」
「ごめんなさい、私。どうも途中から記憶がないみたいで」

 私がそう口にすると、トリスタンは苦笑した。

「うん……アンベール兄さんに聞いた。姉さ……ご主人様とお酒は混ぜちゃダメなんだって」
「トリスタン……」
「僕、詳しい事情をよく知らなくて……だから、皆が必死に駆け込んで来たんだね」

 トリスタンはシュンッと萎れた子犬みたいになりながら私に頭を下げた。

「それに……姉さ、ご主人様は最初から目は覚めていたのに」

(ええ、ちゃんと私は起きていましたわよ?)

 私は内心で頷きながらトリスタンに声をかける。

「もういいですわ、トリスタン。だから頭を上げて?」
「……そ、それから!」

 ガバッと顔を上げたトリスタン。
 なんだか強い意志の宿っていそうな瞳で私をじっと見つめてくる。

「えっと?  そんな改まったお顔でどうしましたの?」
「け、け、結婚おめでとう!!」

 トリスタンの口から飛び出した言葉に目を丸くする。

「……ちゃ、ちゃんと言ってなかったなと……思って」
「トリスタン……」
「し……幸せ?」

 おそるおそる上目遣いの顔でそう訊ねられた。

「……」

 そんなの答えは決まっていますわよ!

「もちろんですわ!  見ての通りとっても幸せですわよ」

 私が満面の笑みで頷くとトリスタンも頷いた。

「うん。二人はとってもお似合いだ」

 “お似合い”
 トリスタンのその言葉にリシャール様と目を合わせる。
 嬉しそうに笑ったリシャール様の顔を見て私もニンマリした。

「ホホホ、当然ですわ!」

 私は高笑いしながら、どーんっと大きく胸を張る。

「こんなにも素敵で国宝級の美貌を持ったリシャール様とお似合いになれるのは、どこを探しても“最強”を目指す私くらいですわ!!」
「……!」

 ホーホッホッと高笑いしていたら、トリスタンの横でお兄様がやれやれと肩を竦める。

「……ここで、謙遜することなく当然だと言い切れるのがフルールの凄いところだ」
「───うん、本当に。フルール姉さ……ご主人様らしい、ね」

(……ん?)

 そんな二人の会話を聞きながら私は首を捻る。
 さすがに気になってきた。

「トリスタン?  どうして先ほどから私をご主人様と呼んでいるのです?」
「え?」

 フルール姉さん、だったはずなのに。
 昔、下僕ごっこ中に強要していた“ご主人様”に戻っている。
 指摘されたトリスタンが、あっ……と口を押さえた。

「フルール……」
「はぁ。お前って奴は」
「?」

 そして何故かリシャール様とお兄様がじっと私を見てきます。
 目が合ったので、にこっと笑っておいた。

「にこっ……じゃない!  フルール。お前が気を失う前にトリスタンに“ご主人様でしょ”ってお説教したんだよ!」
「まあ!  それで……トリスタン」

(まさかの私の命令。トリスタン、なんて、なんて素直なんですのーー!?)

 ワンちゃんの尻尾と耳の幻覚が見えますわ?
 そして、改めて自分の言動にびっくりした。
 飲んでも飲まなくても、こんなことになるなんて……
 お酒とは恐ろしいものですわ……

「トリスタン……」
「……?」

 まだ少し震えた様子のトリスタンに向かって私は微笑む。

「下僕はもうおしまいですわ」
「え?」 
「ですから、“ご主人様”はもうおしまい」
「おし……まい?」
  
 途端に泣きそうな顔になるトリスタン。

「ええ、おしまい。今日からあなたは私の弟子ですわ!」
「で……弟子……!」

 泣きそうだったトリスタンの顔がパッと華やぐ。
 その様子を見た私はニンマリ笑う。

「ふっふっふ……そして、私と一緒にあなたは“最強”を目指すのですわ!」
「さ、最強?」
「ええ、まずは最強の侯爵令息を目指しましょう!」
「さ、最強の侯爵……令息」

 トリスタンの目がキラッと輝く。

「そして、ゆくゆくは最強の侯爵ですわ!」
「さ、最強……の?  な、なんか……かっこいい!」
「ふふふ、でしょう?」

 目を輝かせているトリスタンを見て私はふふんと満足気に頷く。

「リシャール様は最強の公爵、お兄様が最強の伯爵……そして、トリスタンは最強の侯爵……ふふ、ふふふふ……」

(私の周りは“最強”がいっぱいですわ~~!)

「……フルールの顔が“最強がいっぱい”って言っている」
「ふっふっふ。リシャール様、それだけじゃありませんわよ」
「え?」

 きょとんとするリシャール様に私はニンマリ笑う。

「どうせフルールのことだ。だから、そんな皆と仲良しの私も最強ですわ~!  と言いたいんだろう?」
「お兄様!」

 先に言われてしまいましたわ!?

「フルール姉さん……」
「……フルール」

 三人が一斉に私の顔を見る。
 それぞれ目が合ったので私はにこっと笑っておいた。

「……ははは、本当にフルール姉さんらしいや」
「トリスタン?」

 すると、突然お腹を抱えて笑いだすトリスタン。
 ひとしきり笑ったあと、彼はにっこり微笑んだ。

「フルール姉さん、僕はフルール姉さんのことが大好きだよ」
「え?」

 トリスタンの真っ直ぐな目が私を見つめながらそう言った。
 その頬はほんのり赤い。
 思わず、ふふっと笑ってしまう。

(本当に本当に可愛い“弟”ですわね!)

「ありがとう。私もよ、トリスタン!」
「……」

 私が笑顔でそう返すとトリスタンは、一瞬目を大きく見開いてからもう一度笑ってくれた。


─────


 そして、その日の夜。
 オリアンヌお姉様が強く要望していたことから実現したらしい見事な肉パーティーが開かれた。

「フ、フルール姉さん!?  ご、豪快だね!?  って、アンベール兄さんの奥さんも……」

 トリスタンは、肉に目を輝かせたくさん頬張ってはお代りし続ける私とオリアンヌお姉様のことを驚いた顔で見ている。

「豪快?  何を言っているんですの?  これくらい普通ですわよ?」
「普通……」
「トリスタンも、これからいっぱい食べて、いっぱいよく寝て、いっぱい走って、いっぱいお勉強ですわ!」

 私が師匠らしくそう口にすると、トリスタンの顔が少し引き攣る。

「フルール姉さん!  さり気なく勉強まで入れるのやめて!?」
「ダメですわ」
「うぅ……」
「伯父様に進言しておきますわね?」
「ひぃっ!?」



 そんなこんなで、楽しい時間を過ごして私たちはご機嫌で帰宅する。

(肉パーティー、最高でしたわ~)

「フルール?  お腹は大丈夫?」
「はい!  ばっちり満足ですわ!」

 帰りの馬車の中、心配顔のリシャール様に向かってポンッとお腹を叩く。
 リシャール様はホッと笑った。

「良かった……オリアンヌ夫人につられたのか、いつもより食べるペースが早い気がしたから」
「そうでした?  ですがお姉様の食べっぷりも変わらず最高でしたわ!」

 その光景を思い出したのか、リシャール様がクスッと思い出し笑いをする。

「トリスタン殿も目を丸くしていたね?」
「ええ!」

 オリアンヌお姉様の食べっぷりにフルール姉さん並みだよね!?  
 と、叫んだ後は、なにか言いたそうな顔でお兄様のことをガンガン見ていましたわね。

「それにしても、まさかお酒を被るだけで記憶を失くすなんて思いませんでしたわ」
「散々、トリスタン殿にお説教した後、フルールは満足したのか、突然眠いですわ~と言い出してそのまま、その場で寝ようとしていたからね」
「……」

 慌ててメイドを呼んで着替えとベッドを準備してくれたらしい。

(ふふ……)

 愛する夫はそこで面倒だな……などと言って私を放置したりなんかしない。
 私は、自分から腕を伸ばしてギュッとリシャール様を抱きしめる。

「フルール?」
「大好きですわ、旦那様」

 リシャール様はパチパチと目を瞬かせたあと、嬉しそうに微笑む。

「僕もだよ、フルール」

 そう言って私の顎に手をかけて顔を上に向かせると、そっとキスを落とした。

「ん……」

 リシャール様とキスをしていると、未だに頭の中がトロトロに蕩けてしまう。
 どんなに甘くて美味しいデザートより……

(愛する旦那様との時間が一番甘くて美味しいですわ~……)




「────そういえばさ、フルール」
「ん、は、はい?」

 キスを止めたリシャール様が今度は耳元で甘く私の名を呼ぶ。
 耳元で囁かれると擽ったくてドキドキが倍増します。

「お酒を被る前、子育ての心配していたよね?」
「え?  はい」

 少しだけ未来の心配をしたけれど、もう大丈夫ですわ!
 そんな意味を込めてにこにこしていたら、リシャール様がポツリと言う。

「あの時のフルール、アンベール殿に子どもが出来たのかって聞かれて否定していたよね?」
「え?  ええ」
「……」

 何故かそこで黙りになるリシャール様。
 そして、顔を耳元から離すとじっと私を見つめる。

(その瞳……美しくてドキドキしますわ~)

 私は首を傾げながら次の言葉を待った。

「その時に僕はあれ?  って思ったんだ」
「あれ?」
「うん」

 リシャール様が大きく頷く。
 あれ……あれ、とはなんですの?
 リシャール様はそっと私の頬に手を触れてから優しく微笑む。

「フルール。今夜はもう遅いから無理だけど」
「?」
「明日、医者を呼んでみない?」
「は……い?」

 リシャール様の言葉にびっくりして私は目を大きく見開いて、その美しい顔を見つめ返した。

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