王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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320. 最強で最高

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─────
──


(フワフワ……頭がフワフワですわ~)

「……はっ!?」

 パチッと私は目を覚ました。

「……?」

 目を覚ました……とはどういうことですの?
 私は実家──シャンボン伯爵家にいたはずですわ?
 それで、従兄弟で下僕のトリスタンと再会して、色々あってお酒が宙に舞って……

「……??」

 その後は?
 なぜ記憶がないのかしら?
 どうして、私はベッドに寝かされているの?
 それに、天井を見る限りここは公爵家の寝室ではないみたいですし───……

「───フルール?  目が覚めた?」

 そこへひょいっと覗き込むように顔を出したのは、愛する夫のリシャール様。
 ───近い!  眩しい!  かっこいいですわーーーー!

「フルール?  静かだけど……もしかして、まだお酒の影響が残ってる?」
「!!」

 リシャール様が更にその美貌の顔を近付けて来ますわ!
 そして、私の前髪に手をかけてそっと退かし、コツンと額と額を合わせます。

(ド、ドドドアップですわぁぁ!?)

 目覚めてすぐの国宝のドアップに大興奮していたら、リシャール様が言った。
  
「ん、顔は赤いけど熱は無い……かな?」
「ね、つ……?」

 きょとんとした私が聞き返すと、リシャール様はクスッと笑って近付けていた顔を離す。

「フルール、やっぱり覚えてない?  君はトリスタン殿が持って来たお酒を飲みはしなかったけど、頭から被ってお説──」
「肉パーティー!」
「え?」

 そこで、私はようやく思い出す。

「旦那様!  肉……肉パーティーはどうなりましたの!?」
「え」
「部屋に駆け込んで来たオリアンヌお姉様が今夜は肉パーティーだと言っていましたわ!」
「え、ちょっ……フルール、そこ!?  記憶してるのはそこなの!?」
「はい。こんな所でスヤスヤしている場合ではありません!  肉!」
「フ、フルール、まずは落ち着こう!」

 肉を逃したとなったら後悔してもしきれませんのよ!
 起き上がろうとする私を、リシャール様がベッドに押し戻す。
 そして、優しく私に笑いかける。

「落ち着く……?」
「そうだ。安心して?  肉パーティーはこれからだから。肉は逃げない」
「肉は逃げない……」

 リシャール様の微笑みとその言葉に胸を高鳴らせた私は大人しく頷いた。

「とりあえず、フルールのこの反応でお酒を被ってからの記憶が無いことは分かった」
「旦那様……?」

 リシャール様がギュッと私の手を握ってくれる。

「いいかい?  フルール。君はこれまでと違ってお酒を飲む、ではなく頭から被った」
「はい。初めての体験でしたわ」
「だろうね。そして君はいつもと違って、お説教を始めたんだ」
「お説教……?」

 私が首を傾げると、リシャール様がチラッと部屋の片隅に視線を向けた。
 つられて私もその先に視線を向けると──

「え!?  トリスタン!?  な、何をしていますの!?」
「フル……ご、主人、さま……」

 あまりの光景にビックリして私は、リシャール様から手を離してガバッと起き上がる。
 トリスタンが部屋の隅で涙目でプルプル震えながらお座りしていますわ!?
 あの座り方は……足が、足がっっ!

「あれは───フルールのお説教の結果だ」
「なっ!?」
「トリスタン殿はフルールにお説教されている時からずっとあの姿勢だ」

(何をしているんですの、私───!?)

 あのお座りがどれだけ辛いかは私自身が身を持って知っている。
 ピリッピリですわよ!?
 私は慌ててトリスタンに向かって声をかける。

「トリスタン!  もういいですわ!?」
「うぅ……」
「いきなり立ち上がろうとしてはダメよ!?  ゆっくり足を……」
「知ってるぅう……」

 トリスタンのことは、横についているお兄様に任せて私はリシャール様に訊ねる。

「私はトリスタンにどんなお説教を?」

 何故かリシャール様が苦笑する。

「うーん……そうだなぁ」
「旦那様?」
「トリスタン殿は素直にフルールの話を聞いていたけど──僕やアンベール殿からすると」
「すると?」

 クスッと笑ったリシャール様が私の頬を突っついた。

「まんまフルールのことだよねって思った」
「はい?」
「アンベール殿はずっと横で呟いていたよ?  フルールがそれを言うのかーーって」
「まあ!」

 リシャール様はクスクス笑いながら私の頬をツンツンする。

「無自覚なフルールらしいと僕は思ったけど」
「旦那様……」
「トリスタン殿はフルールに憧れて弟子入り志願して下僕になったんだから、血筋もあるし、それは似ちゃうよね」

 そう言ったリシャール様の視線がトリスタンに向かう。
 トリスタンはお兄様に支えられて、プルプルしながらも何とか立ち上がることに成功していた。

「だからかな。ライバル?  のはずなのに全然彼のこと憎めない。それに───」
「旦那様?」

 私がリシャール様の方に顔を向けると、リシャール様は微笑みを浮かべる。

「フルールのことを慕い大好きで、かつフルールの方も大事にしている人……に悪い人はいないと僕は思っているし」
「!」

 その優しい笑顔と言葉に胸がキュンとした。

「私には、下にきょうだいが居ませんから……」
「うん」
「トリスタンは可愛い弟のように思っていて……家族なんですの」
「うん、知っているよ。見ていれば分かる」

 また微笑んだリシャール様は頬をツンツンするのは止めると、そっと私の手を握った。

「弟……か。これはフルールの義弟になった僕の弟が嫉妬しそうだ」
「まあ!  サ……サ…………コホンッ、ジメ男もちゃんと家族だと思っていますわ!」
「あはは!」

 相変わらずジメ男の本名に言葉を詰まらせる私を見てリシャール様は楽しそうに声を立てて笑った。



❈❈❈❈❈



「……フルール姉さん、笑ってる」

 目を覚ましたフルール姉さんが、夫の公爵様と笑い合いながらイチャイチャしていた。

「ん?  大丈夫か、トリスタン」
「……大丈夫。それよりアンベール兄さん、フルール姉さんが」
「フルール?  リシャール様がここまでのことを説明してくれているみたいだな」
「……」

 僕は夫と話しているフルール姉さんに見惚れた。
 フルール姉さんは見た目は可愛いのに昔から強くて逞しくてパワフルな人だった。

(でも、何だろう……)

「フルール姉さん……昔と違う……なんだかとっても可愛い。可愛い顔で笑って、る」
「え?  ああ。それはそうだろう。フルールはリシャール様のことが大好きだからな。とっても幸せなんだよ」
「幸せ……」

 そんな“幸せ”そうな二人を見つめているとアンベール兄さんが僕に言った。

「……リシャール様は、シルヴェーヌ王女殿下……今は元王女殿下になるのか、に公の場で悪役呼ばわりされて婚約破棄されたんだよ」
「え!?」
「そのせいで更に公爵家からも追放されて捨てられたんだ。そこをフルールが拾った」
「拾ったって嘘じゃなかったの!?」

 僕は目を丸くした。
 ああ、でも……と思った。

「助けられた……そっか。それなら、フルール姉さんに惚れちゃうよね?」
「当然だ。フルールは可愛いからな!」

 ふふんっと胸を張るアンベール兄さん。
 何だかんだ言いながら、昔からフルール姉さんのハチャメチャに付き合い続ける面倒見のいいアンベール兄さん。
 アンベール兄さんもフルール姉さんのことが大好きなのは変わっていない。

「あの時も今も変わらずリシャール様はフルールにメロメロだ」
「先の読めないフルール姉さんのことを理解して包み込んで……すごい、ね」

 顔だけじゃない。
 フルール姉さんはそう言っていた。

「ん、あれ?  追放?  でも、今は公爵……」
「……リシャール様はフルールと生きていくために、自分を捨てた親を引きずり下ろしたんだよ」
「え?」

 こんな人が……いたんだ。
 僕はがっくり肩を落とす。

「そっか……そんな完璧な人が……僕が敵わないはず、だよ……」
「いいや、リシャール様って一見、完璧なように見えるがフルールが絡むと急にポンコツにもなるぞ?」
「え!?  ポンコツ!?」

 アンベール兄さんは不敵に笑うと、ぐしゃっと僕の頭を撫でた。
 この笑い方はフルール姉さんとよく似ている。

「完璧な人間なんていないんだよ」
「……」
「だから、トリスタンはフルールに囚われずにトリスタンらしくもっと大きく成長していけばいい」
「僕、らしく……?」

 アンベール兄さんはフッと笑った。

「五年前、あんなにちびっ子だったのに、そこまで大きくなれたのはトリスタンが努力してきた結果だろ?」
「……!」
「それは、フルールもちゃんと分かっているよ」
「アンベール兄さん……」
「フルールは、前を向いて努力する奴が好きだからな」

 その言葉に僕はつい笑ってしまう。

「……フルール姉さん、変わらないね?」
「真っ直ぐで可愛いだろう?」

 シスコンが所々で顔を出すアンベール兄さん。
 今も微笑ましそうにフルール姉さんと公爵様のことを見ている。

「……好きだったんだ」
「トリスタン?」
「フルール姉さんは、可愛いのにいつだって強くてかっこよくて……」

 眩しい太陽みたいな人で憧れた。
 どんなに叔父さんや叔母さんに叱られていても、泣いた所なんて一度も見たことがない。
 僕はすぐにグスグス泣いてしまうのに。

 出来ないことがあれば、
「次こそは必ずやり遂げてみせますわ~」
 って、笑って闘志の炎を燃やして絶対に諦めない。
 そして本当にやり遂げてしまう。

「フルール姉さんのハチャメチャな性格に付き合える人なんて家族以外に居ないと思ってたのに」
「分からないものだな」
「…………うん。二人はすっごくお似合いだよ……」

 涙を堪えていたら、アンベール兄さんがポンッと優しく僕の頭に手を置いた。

「大丈夫だ。いつかトリスタンにもぴったりの女性が現れる」
「僕にも?」

 半信半疑の僕にアンベール兄さんは力強く頷いた。
 そして笑顔でこう言った。

「フルールには、皆を幸せにするパワーがあるみたいだからな───悪人は除くが」
「……悪人は除くんだ?」
「ああ。逆に悪人は痛い目に遭って多くの物を失う」

 そう言われて僕はもう一度フルール姉さんの顔を見る。

「……」

 最強で最高のフルール姉さんは、お似合いの最愛の夫と幸せそうに笑っていた。

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