王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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319. 飲んでも飲まなくても

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 キラッキラの目ですわ。
 トリスタンは見た目こそ大きく成長したけれど、中身はまだまだお子ちゃまのまま!

(しかし、お酒はよろしくないですわ)

 チラッと横目でお兄様に視線を送ると、うわぁぁと頭を抱えています。
 リシャール様もお顔が慌てています。
 私は考える。
  
「……」

 せっかくの下僕との五年ぶりの再会。
 ここでグビッとお酒を飲んでしまって記憶を失くすわけにはいきません!

「……トリスタン」
「フルール姉さん?  どうしたの?」

 そのキラキラした純粋な目のお誘いを断るのは心苦しいものがありますが───

「私……」

 そう口を開きかけた時だった。
 部屋の扉がバーンッとすごい音を立てて開けられた。
 そして一気に人が駆け込んで来た。

(え?)

「───フルール!  駄目だ!  た、頼むからもうこれ以上屋敷を壊さないでくれっっ!」

 ……お父様。
 とってもお顔が真っ青ですわ。

「フルール!  そんなに眠いなら私が頬を引っ叩いて起こしてあげるからお酒を飲むのはよしなさい!」

 ……お母様。
 頬を叩く……?  痛いのは遠慮したいですわ。
 まん丸顔のフルールが出来てしまいます。

「フルール様!  今夜は肉パーティーなの!  食べていくでしょう?  記憶を飛ばしたらダメです!」

 ……オリアンヌお姉様。
 肉パーティー!!
 美味しそうですわ!  キラッと私の目が輝く。

「フルールお嬢様ーー!  わ、我々、我々はもう走れません!」
「トリスタン坊ちゃん、ダメですーー」
「俺らはまだ、生きていたいんです!!」
「わたしは孫が……孫が生まれたばかりなんだっっ…………!」

 ……なだれ込む使用人たち。 
 お孫さんの誕生、おめでとうございますですわ?


 このような感じで、次から次へと部屋来た屋敷の皆たちが騒ぎ出す。
 その光景に驚いて一番動揺したのはトリスタンだった。

「え、え? なに!?  なにごと!?」

 皆の怒涛の勢いにビクッと身体を震わせたトリスタン。
 ズルッ

「う、あっ!」
「まあ!」

 驚いたトリスタンは足を滑らせてしまったようで、その瞬間、彼が持っていたグラスが手から離れて華麗に宙を舞う。

(空飛ぶコップですわ~)

 パシャッ

(あら?)

 そして、うっかり見惚れていたらグラスは見事に私の元に飛んで来て頭から中身のお酒を被ってしまった。

「「「フルール!?」」」
「「「「「あああっ!」」」」」
「え、あぁぁあ!?  フルール姉さん!  ご、ごめ、ごめんなさいっ」

(なんということでしょう!  頭からお酒を被ってしまいましたわ~?)

 これまでうっかりお酒を飲んできたことは何度もありますが、頭から浴びるのは初めて。
 ポタポタと髪から垂れていくお酒。
 アルコールの強い香りが漂う。

「……」
「フ、フルール姉さん……ごめんなさい。怪我……怪我はない!?」
「……」

 ……トリスタン。
 泣きそうな顔をしていますわ。

「フルール!  大丈夫!?  早く拭かないと……着替え、タオルと着替えを早く!」
「……」

 ……リシャール様。
 慌てている顔もかっこいいですわ。

「おい、フルール!  どうした?  なんで動かない!?」
「……」

 ……お兄様。
 面白い顔をしていますわ。

 ふふ、ふふふふふ……
 何故か笑いが込み上げてくる。

「フルールお嬢様……?  大丈夫ですか?  タ、タオルで髪をお拭きしますね?  そ、それからあちらでお着替えも……」
「……」

 リシャール様の指示でタオルを持ってきたメイドが髪を拭いてくれる。
 その瞬間、またアルコールの香りがした。

「……」

(ふふ、ふふふふふ……何だか頭がフワフワしますわ~)

 今回、頭から被ったお酒はこれまで私が口にして来たものよりも、アルコールの香りが強い気がした。

「え、えっと、フルールお嬢様……?」
「……」
「ち、沈黙されると怖い……のですが……?」
「……」

 私は無言のままニンマリと笑顔だけ浮かべた。

(いい気分ですわ~)

「~~~え、笑顔!?  しまった!」 

 そんな私の様子を見て最初にそう叫んだのはお兄様。

「え!?  だが、フルールはお酒は被ったけど飲んではいない……はず」

 お兄様の声に応えるリシャール様。

(ええ、飲んでいませんわ~?  でも、頭がフワフワしますの~)

 また、ふふふふふ、と笑いが込み上げて来て笑みを深める。

「くっ……だが!  経験上、フルールのこの笑顔が“危険な笑顔”であることは間違いないんですよ、リシャール様!」
「た、確かに……」
「え?  なに?  いったい何が起きたの?  どうして皆、そんなに慌てているの!?」

 お兄様とリシャール様が深刻そうな顔で頷き合う横で、トリスタンだけが涙目でオロオロしている。

(なんて軟弱なんですの!)

「ねえ!  アンベール兄さん!?  これはいったい……」
「……トリスタン、いいから説明は後だ!  とりあえず、今すぐフルールを確保して皆は避……」
「──────トリスタン!!  お待ちなさい!」

 お兄様の言葉に従って私の前から脅えたように、そろそろっと離れようとしたトリスタンを私は呼び止めた。

「え?  フルール……姉さん……?」
「……」
「駄目だ……フルールの目が据わって……いる」
「……」

 きょとんとするトリスタンと嘆くお兄様を横目に私は無言で近くにあった椅子に腰掛ける。
 そして、腕と足を組むとゆったり微笑んだ。

「ここ」
「え?」
「え?  ではありませんわ!  トリスタン!  今すぐここ……私の目の前にお座りなさい!!」
「は……はいぃぃぃぃ!!」

 ジロッと私に睨まれてビクッと身体を跳ねさせたトリスタンが、慌てて私の前に来て座る。

「違いますわ!  両脚をそろえて膝を折って、足首からかかとの上にお尻を乗せなさい!」
「ひ!  フルール姉さん!  こ、この座り方って足が痺れるから嫌……」
「トリスタン!」
「ひゃいっ!」

 この座り方が、とんでもなく足が痺れさせることは私もよーーーく知っていますわ!
 お母様は私を床に座らせて叱る時は必ずこの座らせ方をしましたのよ。
 チビフルールの頃から、何度お母様に怒られて来たと思ってますの!?
 自慢ではありませんが、すっかり足の痺れに関してはベテランでしてよ!

「うぅ……フルール姉さ……どうしちゃっ……」
「違いますわ!  私はフルール姉さんでもフルールお姉ちゃんでもありません!  昔も教えたでしょう?  私を呼ぶ時は?」

 その言葉でハッとするトリスタン。

「し、失礼しました!  ご主人様ぁ!」
「……」

 私は、ふふんっと満足気にふんぞり返る。

「トリスタン───二度目はありませんわよ?」
「しょ、承知しました……ご主人様」

 手をついて頭を下げるトリスタン。
 私はふんぞり返ったまま足を組みかえる。

「ところで、トリスタン?」
「は、はいぃぃっ!」

 私はジロッとトリスタンを睨む。

「あなたはいったい留学先で何を学んで来たんですの!」
「ひっ!?」
「私の話を最後まで聞かずに飛び出すなんて!  そういうところは昔と全く変わっていませんわ!!」
「うっ……」

 ビクッとしたトリスタンが涙目で私を見上げる。

 そんな捨てられた子犬のような可愛い顔をしてもダメですわ!
 子犬も大きくなって強く逞しく生きていかねばなりません!

「身体は大きくなってもまだまだ、あなたはお子ちゃまのままですわね!」
「お、お子ちゃま!?」

 トリスタンが大きなショックを受けている。

「ええ!  あなたはお子ちゃまです!」
「そんな……僕……今日までフルール姉さん……いえ、ご主人様のようにいっばい食べて、いっぱい寝て、いっぱい走って……」
「勉強は?  お勉強はどうしましたの!?」
「に、苦手……でした……うぅ……」

 苦しそうに答えるトリスタン。
 この時私は、野生の勘でトリスタンは留学中、勉強ごとからは逃げ回っていたことが窺えた。

(ダメダメですわ!)

 私はカッと目を大きく見開いて叱る。

「何事もバランスが大事だと私は教えたでしょう!」
「うっ……は、はいぃぃ!」
「軟弱なお返事ですわね?  返事は、はい!  ですわ!  やり直し!」
「はいっ!」

 そのまま、私は偉そうにふんぞり返ってトリスタンへのお説教を続ける。

「それから!」
「ひぅっ!?」
「全く!  なんなんですの?  あのお酒を勧め方は!」
「え、え……?」

 トリスタンが脅えた目で私を見る。

「グイグイグイグイ迫って強引に勧めるなんて、紳士のすることではありませんわ!」
「し、紳士……!」
「そんなお子ちゃまな振る舞いで素敵なお嫁さんが来ると思ったら大間違いですわよ!!」
「お、お嫁さん……!  うぅ、僕の……お嫁さ……ん」

 何故かここでトリスタンがガクッと肩を落として、またまた涙目になって萎れていく。

「泣いている場合ではありません!  あなたはもう一度顔を洗って出直して来なさいですわっ!」
「ご、ご主人……様……僕を、僕を捨てないで……」
「ふんっ!  下僕も失格ですわよ!」
「そんなっ!?」


 トリスタンにお説教を続けている間も皆がポカンとした顔で私のことを見ている。


「ア、アンベール殿……?  なんかフルールがいつもと違うんだが?」
「リシャール様、どうやらフルールはお説教モードに入っているようです……」
「え?  お説教モード?  それは、中途半端にお酒に触れた結果……?」
「かもしれません……フルール」

(ん?  熱い視線を感じますわ?)

 トリスタンへのお説教中、リシャール様とお兄様と目が合ったのでにっこり笑っておく。
 二人はちょっと頬をピクピクさせながら笑い返してくれた。

「アンベール殿…………これ以上、フルールを下手に刺激して、突然走り出される方が皆が困ると僕は思う」
「同感です……トリスタンには申し訳ないが、ここは犠牲になってもらうしかありません」

(ん~?  ……二人とも深刻なお顔ですわ?)

「なんであれ、本当にフルールはお酒との相性が悪い……飲んでも飲まなくても」
「……仰る通り」

 二人は顔を見合せて何やらうんうんと大きく頷き合っている。
 そして、私のお説教はその後も続き、大きく成長したはずのトリスタンはどんどん小さくなっていった。

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