319 / 356
319. 飲んでも飲まなくても
しおりを挟むキラッキラの目ですわ。
トリスタンは見た目こそ大きく成長したけれど、中身はまだまだお子ちゃまのまま!
(しかし、お酒はよろしくないですわ)
チラッと横目でお兄様に視線を送ると、うわぁぁと頭を抱えています。
リシャール様もお顔が慌てています。
私は考える。
「……」
せっかくの下僕との五年ぶりの再会。
ここでグビッとお酒を飲んでしまって記憶を失くすわけにはいきません!
「……トリスタン」
「フルール姉さん? どうしたの?」
そのキラキラした純粋な目のお誘いを断るのは心苦しいものがありますが───
「私……」
そう口を開きかけた時だった。
部屋の扉がバーンッとすごい音を立てて開けられた。
そして一気に人が駆け込んで来た。
(え?)
「───フルール! 駄目だ! た、頼むからもうこれ以上屋敷を壊さないでくれっっ!」
……お父様。
とってもお顔が真っ青ですわ。
「フルール! そんなに眠いなら私が頬を引っ叩いて起こしてあげるからお酒を飲むのはよしなさい!」
……お母様。
頬を叩く……? 痛いのは遠慮したいですわ。
まん丸顔のフルールが出来てしまいます。
「フルール様! 今夜は肉パーティーなの! 食べていくでしょう? 記憶を飛ばしたらダメです!」
……オリアンヌお姉様。
肉パーティー!!
美味しそうですわ! キラッと私の目が輝く。
「フルールお嬢様ーー! わ、我々、我々はもう走れません!」
「トリスタン坊ちゃん、ダメですーー」
「俺らはまだ、生きていたいんです!!」
「わたしは孫が……孫が生まれたばかりなんだっっ…………!」
……なだれ込む使用人たち。
お孫さんの誕生、おめでとうございますですわ?
このような感じで、次から次へと部屋来た屋敷の皆たちが騒ぎ出す。
その光景に驚いて一番動揺したのはトリスタンだった。
「え、え? なに!? なにごと!?」
皆の怒涛の勢いにビクッと身体を震わせたトリスタン。
ズルッ
「う、あっ!」
「まあ!」
驚いたトリスタンは足を滑らせてしまったようで、その瞬間、彼が持っていたグラスが手から離れて華麗に宙を舞う。
(空飛ぶコップですわ~)
パシャッ
(あら?)
そして、うっかり見惚れていたらグラスは見事に私の元に飛んで来て頭から中身のお酒を被ってしまった。
「「「フルール!?」」」
「「「「「あああっ!」」」」」
「え、あぁぁあ!? フルール姉さん! ご、ごめ、ごめんなさいっ」
(なんということでしょう! 頭からお酒を被ってしまいましたわ~?)
これまでうっかりお酒を飲んできたことは何度もありますが、頭から浴びるのは初めて。
ポタポタと髪から垂れていくお酒。
アルコールの強い香りが漂う。
「……」
「フ、フルール姉さん……ごめんなさい。怪我……怪我はない!?」
「……」
……トリスタン。
泣きそうな顔をしていますわ。
「フルール! 大丈夫!? 早く拭かないと……着替え、タオルと着替えを早く!」
「……」
……リシャール様。
慌てている顔もかっこいいですわ。
「おい、フルール! どうした? なんで動かない!?」
「……」
……お兄様。
面白い顔をしていますわ。
ふふ、ふふふふふ……
何故か笑いが込み上げてくる。
「フルールお嬢様……? 大丈夫ですか? タ、タオルで髪をお拭きしますね? そ、それからあちらでお着替えも……」
「……」
リシャール様の指示でタオルを持ってきたメイドが髪を拭いてくれる。
その瞬間、またアルコールの香りがした。
「……」
(ふふ、ふふふふふ……何だか頭がフワフワしますわ~)
今回、頭から被ったお酒はこれまで私が口にして来たものよりも、アルコールの香りが強い気がした。
「え、えっと、フルールお嬢様……?」
「……」
「ち、沈黙されると怖い……のですが……?」
「……」
私は無言のままニンマリと笑顔だけ浮かべた。
(いい気分ですわ~)
「~~~え、笑顔!? しまった!」
そんな私の様子を見て最初にそう叫んだのはお兄様。
「え!? だが、フルールはお酒は被ったけど飲んではいない……はず」
お兄様の声に応えるリシャール様。
(ええ、飲んでいませんわ~? でも、頭がフワフワしますの~)
また、ふふふふふ、と笑いが込み上げて来て笑みを深める。
「くっ……だが! 経験上、フルールのこの笑顔が“危険な笑顔”であることは間違いないんですよ、リシャール様!」
「た、確かに……」
「え? なに? いったい何が起きたの? どうして皆、そんなに慌てているの!?」
お兄様とリシャール様が深刻そうな顔で頷き合う横で、トリスタンだけが涙目でオロオロしている。
(なんて軟弱なんですの!)
「ねえ! アンベール兄さん!? これはいったい……」
「……トリスタン、いいから説明は後だ! とりあえず、今すぐフルールを確保して皆は避……」
「──────トリスタン!! お待ちなさい!」
お兄様の言葉に従って私の前から脅えたように、そろそろっと離れようとしたトリスタンを私は呼び止めた。
「え? フルール……姉さん……?」
「……」
「駄目だ……フルールの目が据わって……いる」
「……」
きょとんとするトリスタンと嘆くお兄様を横目に私は無言で近くにあった椅子に腰掛ける。
そして、腕と足を組むとゆったり微笑んだ。
「ここ」
「え?」
「え? ではありませんわ! トリスタン! 今すぐここ……私の目の前にお座りなさい!!」
「は……はいぃぃぃぃ!!」
ジロッと私に睨まれてビクッと身体を跳ねさせたトリスタンが、慌てて私の前に来て座る。
「違いますわ! 両脚をそろえて膝を折って、足首からかかとの上にお尻を乗せなさい!」
「ひ! フルール姉さん! こ、この座り方って足が痺れるから嫌……」
「トリスタン!」
「ひゃいっ!」
この座り方が、とんでもなく足が痺れさせることは私もよーーーく知っていますわ!
お母様は私を床に座らせて叱る時は必ずこの座らせ方をしましたのよ。
チビフルールの頃から、何度お母様に怒られて来たと思ってますの!?
自慢ではありませんが、すっかり足の痺れに関してはベテランでしてよ!
「うぅ……フルール姉さ……どうしちゃっ……」
「違いますわ! 私はフルール姉さんでもフルールお姉ちゃんでもありません! 昔も教えたでしょう? 私を呼ぶ時は?」
その言葉でハッとするトリスタン。
「し、失礼しました! ご主人様ぁ!」
「……」
私は、ふふんっと満足気にふんぞり返る。
「トリスタン───二度目はありませんわよ?」
「しょ、承知しました……ご主人様」
手をついて頭を下げるトリスタン。
私はふんぞり返ったまま足を組みかえる。
「ところで、トリスタン?」
「は、はいぃぃっ!」
私はジロッとトリスタンを睨む。
「あなたはいったい留学先で何を学んで来たんですの!」
「ひっ!?」
「私の話を最後まで聞かずに飛び出すなんて! そういうところは昔と全く変わっていませんわ!!」
「うっ……」
ビクッとしたトリスタンが涙目で私を見上げる。
そんな捨てられた子犬のような可愛い顔をしてもダメですわ!
子犬も大きくなって強く逞しく生きていかねばなりません!
「身体は大きくなってもまだまだ、あなたはお子ちゃまのままですわね!」
「お、お子ちゃま!?」
トリスタンが大きなショックを受けている。
「ええ! あなたはお子ちゃまです!」
「そんな……僕……今日までフルール姉さん……いえ、ご主人様のようにいっばい食べて、いっぱい寝て、いっぱい走って……」
「勉強は? お勉強はどうしましたの!?」
「に、苦手……でした……うぅ……」
苦しそうに答えるトリスタン。
この時私は、野生の勘でトリスタンは留学中、勉強ごとからは逃げ回っていたことが窺えた。
(ダメダメですわ!)
私はカッと目を大きく見開いて叱る。
「何事もバランスが大事だと私は教えたでしょう!」
「うっ……は、はいぃぃ!」
「軟弱なお返事ですわね? 返事は、はい! ですわ! やり直し!」
「はいっ!」
そのまま、私は偉そうにふんぞり返ってトリスタンへのお説教を続ける。
「それから!」
「ひぅっ!?」
「全く! なんなんですの? あのお酒を勧め方は!」
「え、え……?」
トリスタンが脅えた目で私を見る。
「グイグイグイグイ迫って強引に勧めるなんて、紳士のすることではありませんわ!」
「し、紳士……!」
「そんなお子ちゃまな振る舞いで素敵なお嫁さんが来ると思ったら大間違いですわよ!!」
「お、お嫁さん……! うぅ、僕の……お嫁さ……ん」
何故かここでトリスタンがガクッと肩を落として、またまた涙目になって萎れていく。
「泣いている場合ではありません! あなたはもう一度顔を洗って出直して来なさいですわっ!」
「ご、ご主人……様……僕を、僕を捨てないで……」
「ふんっ! 下僕も失格ですわよ!」
「そんなっ!?」
トリスタンにお説教を続けている間も皆がポカンとした顔で私のことを見ている。
「ア、アンベール殿……? なんかフルールがいつもと違うんだが?」
「リシャール様、どうやらフルールはお説教モードに入っているようです……」
「え? お説教モード? それは、中途半端にお酒に触れた結果……?」
「かもしれません……フルール」
(ん? 熱い視線を感じますわ?)
トリスタンへのお説教中、リシャール様とお兄様と目が合ったのでにっこり笑っておく。
二人はちょっと頬をピクピクさせながら笑い返してくれた。
「アンベール殿…………これ以上、フルールを下手に刺激して、突然走り出される方が皆が困ると僕は思う」
「同感です……トリスタンには申し訳ないが、ここは犠牲になってもらうしかありません」
(ん~? ……二人とも深刻なお顔ですわ?)
「なんであれ、本当にフルールはお酒との相性が悪い……飲んでも飲まなくても」
「……仰る通り」
二人は顔を見合せて何やらうんうんと大きく頷き合っている。
そして、私のお説教はその後も続き、大きく成長したはずのトリスタンはどんどん小さくなっていった。
1,070
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる