王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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354. 天才投手フルール

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(なんかいゆ…………何かいる!?)

「ミレーヌちゃん!?」
「……」

 その突然の言葉に驚いて声をかけてみるけれど、ミレーヌは庭の木と茂みがある付近を見つめたまま険しい顔をしている。

(ん~?  これ、前にもこんなことなかったかしら?)

 あれは確か王宮で、やっぱり今みたいに何かを察知したミレーヌが険しいお顔になって……
 そしてテオフィルに声をかけて……

 つまり?

 私はチラッとリシャール様の顔を見る。
 私と目が合ったリシャール様も同じことを思っていたのか真剣な表情でコクリと頷く。

 そして、前回はミレーヌの指示を受けてうわーんと大声で泣き出したテオフィルは、キュッと眉間に皺を寄せてこれまたミレーヌとよく似た険しい顔をしていた。
 また、どうやらミレーヌと同様の場所を気にしている様子。

(二人のこの反応…………これは間違いなく不審者ですわ!!)

 なぜなら、シャンボン伯爵家の人間相手にミレーヌとテオフィルがこんな顔をする必要はありませんもの!
 そして、前と違ってテオフィルが黒いオーラを放ち威嚇はしているものの、泣かずに大人しいのは、私たちが不審者の存在に気付いていることを悟らせないためですわ……!

(この子たち、なんて優秀なんですの……!)

 リシャール様譲りの冴えた冷静な頭脳と私譲りな野生の勘と姉弟の連携プレーが恐ろしいですわ!
 なんて不審者そっちのけで我が子の素晴らしさに感動していたら、ミレーヌが口を開いた。

「……おかーたま」
「ミレーヌちゃん?」
「…………なげて」
「はい?」

 私が首を傾げるとミレーヌは、厳しい目で箱を指さす。
 あの中には、お土産に選んで運んで来た可愛い野菜がたくさん───……

「え!  ミレーヌちゃん。あなた、まさか……」
「あい」

 コクリと頷くミレーヌ。

「投げちゃっていいの?」
「あい」
「う」

 私の腕の中にいるテオフィルまで頷く。

「おかーたま」
「う」
「ミレーヌちゃん、テオくん……」

 そうですわよね。
 二人はこう見えてもまだまだちびっ子……
 特に今日持参した野菜は巨大化した物も多いですし、遠くまで投げることは難しいですわ。

「分かりましたわ!」
「おかーたま!」
「う!」

 二人の思いを受けとった私は深く大きく頷く。

「旦那様!  テオくんをお願いしますわ」
「う、うん……!?  え?  投げる?  フルールが??」
  
 私は腕の中に抱いていたテオフィルをリシャール様にしっかり預ける。
 リシャール様はこの急展開に困惑しつつもテオフィルをしっかり受け取ってくれた。

「フルール、投げられるの?」

 心配そうな顔をするリシャール様に私はどーんと胸を張る。

「ご安心を旦那様。お兄様曰く、ベビーフルールだった私は目に付いたありとあらゆる物を手に取ってはポンポンと狙った所に投げまくる天才投手だったという話がありますの!」
「え?  何それ天才投手?  初耳だよ?」
「ええ。私の記憶にありませんから────ですが、屋敷の物や壁を破壊しすぎてお母様に物を投げるのは止められたそうです」
「え……」
「残念ながら天才投手だった頃の記憶はありませんが、きっと今もこの身体は覚えているはずですわ~」

 私はメラメラと闘志を燃やす。

「それではミレーヌちゃん。お母様はどの野菜を投げつければいいかしら?」
「……」

 ここはミレーヌの指示に従うことにしましょう。
 そう決めた私はミレーヌに指示を仰ぐ。
 すると、しばし考え込んだミレーヌがスッと指をさした。

「……まずはそえ」
「え?  人参さん?」

 人間のような足に分かれた可愛い可愛い二又や三又の人参さんです。
 ですが、はっきり言って攻撃力は並以下ですわ。

(でもミレーヌちゃん。今、まずは……と言ったわよね?)

 ならば、ミレーヌには不審者を仕留めるいい考えがあるに違いありません。

(────私は、可愛い我が子を信じますわ!)

 私はガッと人参を両手に掴む。
 そしてミレーヌに訊ねた。

「ミレーヌちゃん、狙いはあそこの木と茂みの影のあたりでよろしくて?」
「あい!」
「では、いっきますわ~~~~えいっ!」

 私は大きく振りかぶって人参を投げる。
 宙を舞った人参はポテンッと私の狙った所に落ちた。

(ふっふっふ。いい感じに飛んでくれましたわ~!)

 なんて感激した瞬間、茂みからガサガサという音と男の悲鳴が上がった。

「な、なんだ!?  どこから……ひぃっ!?  うわっ、なんだこれ!」

 やはり、不審者がいましたわ!
 そう思った時、ミレーヌがすかさず私に次の指示を飛ばす。

「おかーたま!  もういっかいよ!」
「ミレーヌちゃん……!  分かりましたわ!」

 私は再び人参を手に掴むと先ほどと同じところをめがけてえいっと投げ込んだ。
 すると、再び男の悲鳴が上がる。

「ひぃぃッ!?  なんで!?  人参が飛んで来たぁぁ!?  しかもめちゃくちゃ気味が悪っ……の、呪われるーー!?」

 びっくりしたらしい不審者の男が茂みから飛び出して来た。
 黒づくめでいかにも怪しい格好をしている。
 これは見るからに泥棒の類。

「それにしても……何だかとっても失礼なことを言う不審者ですわね?」

 その声を聞いて私はムッとする。
 こんなにも可愛い人参を見て何を言っているのかしら?

「───おかーたま!  いまよ!  とまと!」
「え?  トマト?」

 ミレーヌの指示が飛んで来たので私は慌てて今度はトマトを掴む。
 そう。
 巨大化した、まるで人の頭くらいの大きさのトマトを。

「ぶつけゆ!」
「え?  これをぶつけるのね?  ────えいっ!」

 私はまたまた大きく振りかぶって巨大なトマトを勢いよく不審者に向かって投げつけた。


────


「フルールよ…………真っ赤に染まった現場を見た俺は真っ先にこう思った」
「なんですの?」
「ああ……ついに俺の妹は人をや(殺)ってしまったんだなって」
「まあ!」

 お兄様のその言葉が嬉しくて私は微笑む。

「フルール!  お前は何をニコニコしているんだ!」
「え?  お兄様に褒められたからですわ?」
「褒めてない!  どこをどう聞いたら今のが褒めたことになるんだ!?」

 私の目の前で両手を組んで立っているお兄様が大きな声をあげる。
 元気いっぱいですわ~

「ベビーの頃に封印した天才投手フルールの力は、今になっても衰えていなかったな……と褒めてくれたのでは?」
「ははははは!  そうか、フルールには今の俺の言葉がそう聞こえたのか!」
「はい!」
「……」

 私がニンマリ笑って頷くと何故かお兄様ががっくりと項垂れた。


 可愛い娘の指示に従って天才投手フルールが投げた空飛ぶ巨大トマトが命中した不審者は、その場で大きな大きな悲鳴を上げて気絶した。
 その大きな声は屋敷にまで届いたようで、真っ先にお兄様が飛び出して来た。
 そして、私たち一家の姿とトマトが命中して真っ赤に染って気絶している不審者を発見。
 お兄様もその場で大きな悲鳴を上げた。


「不審者を発見し、捕まえてくれてありがとう……本来はそう言うべきなのは分かってる……が俺はもう、何もかもが恐ろしい」
「……アンベール殿……」

 リシャール様がポンッとお兄様の肩を叩いた。

「まず、そもそも不審者を発見したのはミレーヌです」
「なに!?」
「フルールはミレーヌの指示に従って人参とトマトを投げ込みました」
「……呪いの人参で驚かせて姿を現した所を呪いの巨大トマトで仕留めた……?  その一連の指示はフルールの暴走……ではなくミレーヌが、したこと?」

 お兄様がチラッとミレーヌを見る。

「う、嘘だろ!?」
「えへへ~」

 ミレーヌが照れ照れしながら笑っている。
 可愛いですわ~

 ちなみに気絶しているおそらく泥棒……な不審者は縄でグルグルにしてある。
 目が覚めたら私のお母様による恐怖の地獄の尋問が待っていますわ~
 我が家を狙うなんてこの世に生まれてきたことを後悔させてやると言っていましたわ~

(一生、気絶したままでいることをオススメしますわ~)

「ミレーヌ……」
  
 呆然としたお兄様の声を聞いたミレーヌは、ふっふっふ……と怪しく笑いだした。

「ミレーヌちゃん?」

 そして、

「わるいやつ───ざまーみお、ね!」

 元気いっぱいにそう言い放ったミレーヌは、またしてもどこぞの悪女みたいな悪い顔をしていた。



 ────ちなみにその後、残りのお土産である可愛い野菜の山を見たステファーヌくんは、
 それはそれは元気いっぱいに嬉しそうに泣いて喜んでいましたわ!
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