王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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355. 悩めるフルール

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(やっばり、ミレーヌに“ざまぁみろ”を仕込んだのは私のお母様でしたわ!)

 気絶から目が覚めた不審者にこの世に生まれてきたことを後悔させるほどの地獄をたっぷり見せることが出来て大変すっきり満足し終えた様子のお母様。
 気持ちよさそうに高笑いしているお母様を問い詰めたところ、
 “確かにミレーヌの前でそんなこと言ったわねぇ”
 と、コロコロ笑いながらあっさり白状した。

(……このままだとミレーヌは、本物の悪女になってしまいますわ!)

 私は危機感を覚えた。
 なぜなら、ミレーヌはこれからもお母さまの元に通うから。
 悪女は強くて素敵だし、崖の上での高笑いも憧れるけれど、やはり実際になるのはあまりオススメ出来ません。

(ここは母親である私が何とかしないと────)

 私はそう決意した。



 そんなシャンボン伯爵家への不審者侵入事件から数日後。
 私はその日からずっと考えていたことをリシャール様に相談することにした。

「旦那様、聞いてくださいませ。実は私はここ数日、ずっとずっと悩んでいましたの!」
「え!?  フルールが悩んでた!?」

 仕事の休憩時間にリシャール様のお部屋に突撃した私はそう切り出す。
 リシャール様は飲んでいたお茶を吹き出しそうになるくらい動揺し、目をまん丸にして驚いた。

「はい。悩んで悩んで……悩みすぎてご飯のお代わりは、なんと七杯から五杯に減ってしまっていましたわ」
「そ、そっか。それでも凄いから全然気付かなかったよ……ごめん」
「いいえ、大丈夫ですわ」

 私は首を横に振る。
 どうやら、お代わりの回数の変化にリシャール様は気付いていなかったようです。
 そんなリシャール様は手に持っていたお茶のカップをソーサーの上に戻すと椅子から立ち上がり、私が座っているソファに移動した。

「ですが……睡眠時間も八時間しか取れていませんし、日課の走り込みの距離も半分くらいにまで落ち込みましたわ」
「そ、そうだったんだ?  えっと…………それ一般的にはかなり健康、だよね?」

 リシャール様はコホンッと咳払いした後、そっと私の顔を覗き込んだ。
 私の胸がドキッと跳ねる。
 国宝旦那様のお顔は今日も溢れんばかりの国宝ですわ。
 眩しすぎて直視出来ません!

「それで?  フルールは何を悩んでいたの?」
「……っ!」

 私はキュンキュンする胸を抑えて顔を上げて切り出した。

「それなのですが───私、ミレーヌちゃんに淑女教育を施そうと思っていますの!」
「え!  淑女教育!?」    
「はい!」   
  
 リシャール様の顔が驚きでいっばいになる。

「……って、あの紳士淑女の、淑女教育?」
「そうですわ!」

 リシャール様は目を瞬かせると、とても不思議そうな顔で私を見つめかえす。
 この表情……

(やっぱり、まだミレーヌに早いのでは……という顔ですわよね……?)

 ですから、私も悩みましたわ。
 だって、私は子どもたちのことは自分のようにのびのび育てたい……そう思っていましたもの。
 しかし、まだミレーヌのようなお子ちゃまで、あの“悪女”のような発言と表情を浮かべるのはさすがに見て見ぬふりなど出来ません!

「ミレーヌに……」

 リシャール様がポソッと呟いたその時だった。

「────テオ!  今日はあっちまでハイハイよ!」
「あっうあうぁ~!」
「行くあよ~~~~!」
「うあっあ~」

 パタパタパタパタ……
 ペタペタペタペタ……

 これは、ミレーヌの元気いっぱいの掛け声にテオフィルも元気よくお返事をして二人が仲良く廊下を駆け抜けていく音。
 私とリシャール様は思わず扉に視線を向けた。

(ふふふ、今日も二人とも元気いっぱいですわ~)

 二人ともいい子でお昼寝していたはずだけど、目が覚めたのでひとっ走りといったところかしら?

「お嬢様~、お坊ちゃまぁぁ~」
「お待ちくださぁーーい……」

 そんな元気いっぱいな二人の後ろを必死に追いかける使用人たちの声も聞こえて来ましたわ。
 これはもうすっかり日課となっているやり取り。

「旦那様。ミレーヌちゃんを筆頭に今日も皆、元気いっぱいですわね?」
「……う、うん」

 そして、使用人たちも部屋の前の廊下を走り去って行った後、リシャール様はふぅ、と息を吐いてから静かに顔の向きを戻した。
 私たちの目がパチッと合う。
 ……やはり、国宝の旦那様は今日もキラキラでかっこいいですわね!
 ですが、どうしたのでしょう?
 少しばかり、リシャール様の頬がヒクヒクしている気がしますわ?

「コホンッ…………フルール。もう一度聞くけど」
「はい!」

 私はにっこり笑って答える。

「今、明らかに先頭を切って誰よりもはしゃいで駆け抜けていったお転婆なミレーヌに……淑女教育?」
「ですわ!」
「……」

 私は笑みを深めてさらに大きく頷いた。
 リシャール様はコホン、コホンと連続で咳払いするとうーんと顔をしかめた。

「のびのびはいいの?」
「はい?」
「フルールはミレーヌもテオも自分が育った時みたいに、のびのび育てたいんじゃないの?」
「!」
「それなのにガチガチな淑女教育を今から施したらミレーヌは……」

 さすが国宝の旦那様です!
 私の悩んでいた気持ちを余すことなくしっかり理解してくれていますわ!
 嬉しくなった私はニンマリ笑ってグイッと身を乗り出した。

「えっと、フルール!?」

 グイッ
 私はリシャール様に自分の顔を近付ける。

「ええ!  ですからまずはミレーヌちゃんには“本物の淑女”による振る舞いというものをその目で見て貰おうと思いますの!!」
「本も……の?  どういう……?  フ……」

 ズイッ
 私は更にリシャール様に迫る。

「そこで!  淑女というのはなんてカッコいい振る舞いなのかしら……!  そう思ってもらえれば、ミレーヌちゃんの性格的にも自ずと真似をしたくなるはずですのよ!」
「フルー……」
「大丈夫ですわ!  ミレーヌちゃんは私のお母様の口癖を真似したくなるほど好奇心旺盛な子ですから!」
「……ル」

 私はリシャール様にグイグイ迫りながらそう力説する。
 すると、突然リシャール様は私の両肩をガシッと掴んだ。

(あら?  気のせい?  ほんのりお顔が赤いようですわ?)

「旦那様……?」
「フ、フルール!  ち、近いから……!  と、とりあえず座ってくれ!」

 リシャール様は頬を赤らめながら、そっと私を元の位置に戻して優しく座らせる。
 よく分からないけれど紳士的でしたわ~

「そ、それで?  フルールの言いたいことは分かったけど……」
「けど、なんですの?」
「ミレーヌに本物の淑女の振る舞い?  とやらの見本は誰が見せるの?」
「え?」

 リシャール様の質問に私はきょとんと目を丸くする。

「え?」

 そして、何故か私の反応にリシャール様も不思議そうに目を丸くした。

(おかしいですわ。その反応はなんですの?)

 私は首を傾げながら訊ねる。

「旦那様ったら何を言っているんです?」
「え?」
「“本物の淑女”といったらもちろん─────ここに居ますわ!」

 “ここ”と自分を指して、私はどーんと胸を張る。
 日々、最高で最強の魅力溢れる公爵夫人を目指している私。
 それはもちろん淑女としての基礎の基礎である下地があってこそ目指せることですわ!
 ですから、ミレーヌが憧れるくらいの淑女の見本を見せることなど簡単ですのよ!

「え…………えっと、フルール、が見本?」
「はい。それが、どうかしましたか?」
「しゅくじょ、のみほ…………ん」
「適任ですわ!」
「……」

 にこっと笑い返すとリシャール様が何故かそのまま黙り込んだ。

「ふっふっふ。これは淑女としての見本をみせて憧れを持たせつつ、さらにお母様ってやっぱり凄い!  とも思ってもらえる最高の機会でもありますのよ!」
「…………そ、そっか」

 リシャール様が苦笑しながら小さく頷いた。

「では、旦那様にも納得いただけたということで───」

 私はスクッと勢いよくソファから立ち上がる。

「早速、着替えて参りますわ!」
「え?」

 どういうこと?  と目をパチパチさせるリシャール様に向かってくるっと振り返って説明する。

「私は走り込みや土いじりをするので、普段は動きやすい軽装のドレスばかりでしょう?」
「ああ、うん……」
「ですが、淑女というのは、品があってしとやかで落ち着いた女性のこと───つまり、見本としてまずはこの装いから改めなくてはいけませんわ!」

 私はババーンと胸を張る。

「う、うん……そう言われればそう、かも?」
「と、いうわけで、これから私は淑女フルールとなるべく着替えてきます!」
「そ……そっか」

 リシャール様が頷いてくれたので私は満足してニンマリと笑った。


 ────こうして、淑女フルールによる可愛い娘ミレーヌへの淑女教育(?)が始まろうとしていた……

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