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第16話 最後の逢瀬
しおりを挟むリアム殿下からの思いもよらない告白を受けた翌日。
私は朝から一人悶えていた。
(どんな顔して顔を合わせればいいの?)
自慢では無いけれど、これまで男性に愛を告げられた事など1度も無い!
当然だけど、婚約者のネイサンからも愛の言葉なんて聞いた事が無かった。
「……」
(私がただのフェリだったなら)
素直に向けられた気持ちを嬉しいと受け止められたかもしれないのに。
(あ! でも、王子様だという正体を知ってしまったらその時は戸惑いしかないかもしれない。その後凄く悩む事になりそう)
「……」
結局のところ、王女だろうと平民だろうと、どう転んでも私とリアム殿下が上手くいくという未来が私には見る事が出来そうにない。
────
「おはよう、フェリ」
「おはようございます」
顔を合わせたリアム殿下は良くも悪くもいつも通りだった。
これも、私を気遣ってくれているから?
そう思うだけで胸がキュンとする。
(本当に優しい人)
「……フェリ。目元に隈が」
「え?」
と、思ったのに殿下の手がそっと私の目元に触れ、更には顔を覗き込まれる。
(ち、近い!!)
昨日の額へのキスを思い出してしまいドギマギする。
「俺のせいかな?」
「~~分かっているなら聞かないで下さいっっ」
「ははは、だね」
リアム殿下は愉快そうに笑うと、そっと私の耳元で囁く。
「───今日も可愛いよ、フェリ」
「!!」
「あ、照れた! やっぱり可愛い!」
「~~~!!」
───前言撤回!
王子様は少し意地悪になったわ!!
「フェリ」
「……」
「そんな可愛い顔でむくれてると襲うよ?」
「襲っ……」
呼ばれたのを無視していたら、リアム殿下はとんでもない事を口にする。
慌てて顔を向けると殿下は再び愉快そうに笑っていた。
(もう!)
「フェリ。今日、俺は屋敷を留守にする。人と会う予定があってね」
「え?」
「だから……その」
リアム殿下がとても言いにくそうにしている。これは……
「分かりました……怪我には気を付けます、ね?」
「うん、そうしてくれ。俺の心臓が持たない」
殿下の手が今度はそっと私の頬に触れる。それだけで胸がドキドキする。
「戻って来たら、可愛い笑顔で迎えてくれると嬉しい」
その言葉に顔が赤くなる。
「かっ……可愛いかどうかは知りませんが……お帰りはお待ちしています……」
「あぁ」
チュッ
リアム殿下は約束だー……と言わんばかりに私の頬に軽くキスをした。
「っ! リー様!!」
「ははは、うん。可愛い」
「~~~!!」
────この時の私達はまだ知らない。
この“約束”が果たされない事も、
このひと時が “リー様とフェリ”としての最後の逢瀬になる事も。
「フェリさん、洗濯物を干す事は大丈夫になってきたわね」
「はい! 何とか風に飛ばされずに干せるようになりました!」
ポンコツな私の今日の仕事は洗濯場。
情けないながらもようやくまともに干す作業が出来るようになった。
そんな私はシーツを干しながら色々考える。
ここでの生活の事、リアム殿下の事、これからの事。
(この屋敷の人達は私が失敗しても温かい)
私がリアム殿下にボロボロの姿で拾われて来た事を知っているせいなのかもしれないけれど、それはとても有難くて心地よいものだった。
(でも、ずっとここに居られるわけでは無い)
リアム殿下は何かの目的があってこの国に来ていて、それが済めば当然だけど帰国する人だ。
その目的というのは何となく妹のソネット様に関する事のような気がするけれど、詳しくは分からない。彼が言えないとしていた事の一つなのだろう。
これがゲームの設定通りなのか違うのか……それも分からない。
(リアム殿下が帰国する時、私は───)
その答えが私は出せずにいる。
───そんな時だった。
ビュゥ!
一瞬、突風が吹いた所で、シーツが1枚飛ばされてしまう。
「あ! 嘘っ」
せっかく慣れてきた所だったのに! と、私は慌てて追いかける。
「待って、待って~」
困った事にシーツは玄関の方にまでフワフワと飛んで行ってしまう。
しかし、それもなんと非常に最悪のタイミングで、飛んで行った先の玄関には来客者がいて丁度玄関のベルを鳴らそうとしている所だった。
(あら? リアム殿下は留守なのに来客の予定なんてあったかしら?)
なんて思うも今はシーツ。シーツの方が問題だ。
シーツは来客者に向かって飛んで行った。
「え! やだ」
「は? 何だこれ? シーツ?」
当然、その来客者は突然自分に飛んで来たシーツに驚く。私は慌てて回収に向かい、「申し訳ございません!」とその来客者の前でシーツを掴んだその時だった。
(────え!?)
シーツに襲われた来客者とそのシーツを掴んだ私の目がバッチリ合う。
そして、私はその見知った顔の来客者を一目見て顔を強ばらせた。
(……う、そ……何で、彼がここに───)
その来客者も驚いたのか、不自然に固まって目を大きく見開いたまま私を凝視する。
(あ……)
逃げなきゃ……本能がそう警告する。
「し、失礼致しました」
私はシーツを掴んで頭を下げてそのまま立ち去ろうとした。
……だけど、一歩遅かった。
「待て! そこのシーツの女」
「!!」
その声にビクッと私の身体が震え、足を止める。
(やっぱり……バレ……た?)
逃げたい。
でも、呼び止められているのにこのまま逃げたら不自然だし、私の運動能力は高くないのですぐに追いつかれるのは目に見えている。
「もう一度、顔を見せろ」
私を引き止めた来客者……その男はそう言う。
「……」
「……ははは」
私が躊躇い振り向けずにいると、その男は突然不気味に笑い出した。
「ははは! アーロン殿下がリュキアード国の王太子と王女を調べろと言った時は意味など無いのでは? と思ったが……まさかこんな所で匿われているとは。ようやく、ようやく会えましたね? フェリシティ殿下」
「……っ」
私はそっと振り返り、相手の顔を見る。
やはり、間違いない。
シーツが襲い、今、私と目が合い呼び止めて来たこの来客者───
目の前で醜い顔をして笑うこの男は……私の元婚約者ネイサンだった。
(何で! どうして彼がここに!)
私は彼を睨みつけるも、彼は全く意に介さない。
「リュキアードの王太子と王女を調べたところ、王女は国にいたが王太子は何故か行方を眩ませているという。殿下がこの国に来ている可能性を考え、我が国の王都にいるリュキアード国の関係者の屋敷を数軒当たっていたら……」
「……」
「まさかまさか王女様とあろう者が、こんな所で使用人の格好をして呑気に洗濯物を干しているとは。どんな方法を使ったか知りませんがうまく紛れ込んだんですね?」
ネイサンがバカにしたような目で私を見る。
「ここは、リュキアード国のダフソン伯爵の屋敷ですよ? 殿下は知ってて逃げ込んだのですか? あなたなんかに……まさか隣国の貴族を頼るなんて知恵があるとは」
「……」
「それにしても! 私は驚きが隠せませんよ。あなたが使用人の真似事をするなんてね。頭でも打たれたのですか? ははは、それとも人間、窮地に立たされると何でもやれるという事でしょうか?」
「……」
「さぁ、フェリシティ殿下。鬼ごっこはお終いです。一緒に来て下さい」
「……」
(……この人って、こんな醜い顔で笑う人だったかしら?)
元婚約者はそれはそれはとても醜く歪んだ笑顔で私にそう言った。
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