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「──その手をローナからはなしなさい。ヘクター・ニコリッチ」
 
 威圧的な公爵令嬢の言葉に、ヘクターは固まった。少しして、思考が戻ってきたヘクターは、目を丸くした。

「……どうして、ぼくたちの名前を」

「聞こえませんでしたか? その手をローナからはなしなさい」

 繰り返す公爵令嬢を、ローナが涙目で見つめる。

「……パトリス、様」
 
 パトリス。それは、公爵令嬢の名だった。第一王子の婚約者の名ぐらい、ヘクターだって知っている。けれど、パトリスの名を呼ぶローナの声音は、親しい者に向けるそれに聞こえた。

「ローナ。大丈夫ですよ」

「……でもっ」

「大丈夫です。ほら、こちらにいらっしゃい」

 二人のやり取りは、とても他人とは思えなかった。ローナは少し迷う素振りを見せたものの、我慢ができなくなったようにヘクターの手を振り払い、両手を広げるパトリスの腕の中におさまった。

 ヘクターが、ごくりと生唾を呑んだ。何だ。何だこの状況は。二人は、知り合いだったのか。そんなこと、聞いたこともない。

(……落ち着け。落ち着け)

 どくどくと早鐘を打つ心臓を、必死におさえようとするヘクター。例え公爵令嬢と親しい関係だったとして、第一王子との密会が正当化されるわけではない。第一、ローナは脅しに屈している。それは、ヘクターの脅迫が充分、効いているということだ。


「何があったのです、ローナ」

 パトリスの再びの問いかけに、ヘクターは、はっと顔をあげた。そして、


「……大丈夫だと婚約者のぼくが言っているでしょう?!」


 と、気付けば叫んでいた。

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