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「……どうか、落ち着いて聞いてほしい」

 神妙な面持ちで、ミッチェルが呟く。目の前に座るエノーラが、はい、と答える。

(……想いを伝えてしまえば、きっと、エノーラは泣いてしまうだろうな)

 ミッチェルの胸がずきりと痛む。告げる前から、罪悪感で押し潰されそうになる。

 ──けれど、言わなければ。

「……ごめん。ぼくは、きみではない人を愛してしまったんだ」

 まともに顔が見れず、ミッチェルはうつ向いたままそう告げた。すると間を置くことなくエノーラが「はい」と返答した。その声色からは、悲しみとか、驚きとか、そういったものは一切感じられなかった。

「……えっと。それだけ?」

 思わず顔をあげたミッチェルは、エノーラを見ながら、ぽかんと訊ねた。もう一度エノーラは、はい、と確かに答えた。

「婚約解消でも何でも受け入れます。何なら、お二人の幸せもお祈りします──心から、とは言いきれませんが」

 言ってから、エノーラは後悔するように息を吐いた。このときはじめてミッチェルは気付いた。エノーラの顔色が、僅かながらに悪いことに。

「エノーラ……きみ、顔色が」

 だが、ミッチェルの科白に被せるようにして、エノーラは驚くべきことを言ってきた。

「……いえ、きっとわたしがこうだから駄目なのでしょうね。ミッチェルが愛する方と結婚できるよう、おじさまとお父様に、わたしからもお願いしてみます」

 ミッチェルは、目を見張った。エノーラと会うのは、王都にある王立学園に入学してからはこれで二度目。前に会ったのは、三ヶ月前のことだった。そのときエノーラは、確かに、ミッチェルのことを愛してくれていた。帰省に誰より喜んでくれて、一日中、くっついて離れなかった。そのときにはすでに、アグネという愛しい存在がミッチェルの心にいたものの、まだエノーラと別れてまで一緒になろうという深い想いも、決意もなかった。

「ちょ、ちょっと待って」

 あまりに呆気ない、というより、聞き分けがよすぎる。どころか、まるで──。

「ショ、ショックじゃないの?」

 言える立場ではない。わかってはいたが、ミッチェルは問わずにはいられなかった。もしやこの三ヶ月の間に、何らかの理由で、ミッチェルへの愛情がなくなってしまったのか。それともミッチェルと同様、誰か別の人を愛してしまったのか。

 勝手過ぎるとは理解しているものの、その二つの可能性に、ミッチェルの胸が痛んだ。でも。

「ショックでしたよ。泣きわめきたいほどに……」

 返ってきたのは、そんな言葉で。


 ミッチェルはますます、混乱した。

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