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二人の被害者
しおりを挟む夢の中では夜だった。けれど、見覚えがある。高い塀や、街路樹。ガードレール。所々割れたり、削れたりしている、石畳の歩道。
「薫子。見覚えがある?」
「はい。夢で見た場所と、同じです」
「そう。やはり……君には力があるのだな。人喰いは警邏隊の服を着ていたのだと言っていたね。わざわざ、加害現場に戻るとは思えないが……様子を見てくる。薫子とハチは、ここで待っていて欲しい」
由良様は悩まし気に言ったあと、自動車を降りようとする。
「私も、ご一緒してはいけませんか……?」
「……そうだね。その方が、安心だ。では、一緒に行こうか」
「はい、ありがとうございます」
「それでは、僕も同行させてください。主を放って一人で待っている訳にはいきませんから」
ハチさんと由良様と三人で人混みに近づいていく。
白い着物を着た由良様と、黒いスーツのハチさんは二人とも背が高く、とても目立つ。
集まっていた野次馬たちはぎょっとしたように道を開き、警邏官の方々は深々と頭をさげた。
「玉藻様。こんなところに、なぜ――」
警邏官の一人が、慌てたように上司を呼んでくる。
三十代手前ほどに見える目つきの悪い、ぼさぼさした髪の男性がやってきて、驚いた顔で由良様に挨拶をした。
「ここで、人が食われたのではないか」
「食われ……いや、それは何とも言えませんがね。巷で評判になっている、切り裂き魔が出たんですよ。同一犯かどうかは分かりませんが、殺し方が同じなので――って、あぁ、すみません。若い嫁さんも一緒なのに」
男性は頭をかくと、ばつの悪そうな笑みを浮かべて、私に視線を送った。
若い嫁――と言われて、一瞬誰のことか分からなかった。
私は焦りながら、頭をさげる。
「玉藻薫子と申します」
「これはこれは、ご丁寧に。五頭といいます。五頭義彬」
「ごず、よしあきらさん」
「はい。警備官です」
「五頭さんは、警備官長をしています。怪異がらみの問題が起こると知らせてくれる、顔は恐いけれどいい人ですよ」
ハチさんが、こっそりと私に耳打ちしてくれた。
五頭さんは「蜂須賀さん、聞こえてますよ。顔が怖くて悪かったですね」と苦笑交じりに言った。
「薫子、この顔に、見覚えは?」
「いえ、ありません」
由良様が私の手を引いて傍に近づけると、ハチさんと同じように耳元で囁いた。
私は首を振る。五頭さんは眉を寄せて、訝しげな顔をしている。
「こそこそと、一体何なんですか。独身の俺にみせつけですか?」
「違うよ。牛頭は確かに顔は恐いけれど、真っ直ぐで正義感の強い男だから心配しなくていいと、薫子に伝えた」
「恥ずかしいからやめてくださいよ。顔が怖いは余計だ」
やれやれと五頭さんはぼさぼさの髪をかきあげた。
よく見ると、スーツはよれていて無精髭もはえている。
「どんな状況だった?」
「あんたはそれを知っているから、ここに来たんじゃねぇんですか?」
「知らないから、聞いている」
「本当、守護職様ってのはよくわからねぇ」
五頭さんは私たちを現場に連れて行ってくれた。
あの時の路地。夢で見たものと同じもの。
同じ狭さ。黴臭さ。ブロック塀には傷があり、所々に苔がはえている。
その先の砂利道には、黒々とした血の染みがある。
もう、遺体はなかった。
あぁ――そういえば、二人。女生徒は、食べられている誰かをみつけた。
鞄を、足で踏んだのだった。
「――っ」
「大丈夫か、薫子」
「は、はい」
現実と夢が混同するような感覚に、私は息を飲んだ。
由良様が背中を支えるようにしてくれる。
「嫁さんは、大丈夫ですか? ここは若い嫁さんを連れてくるような場所じゃねぇってのに」
「色々と、事情があるんだ。それに、薫子は巫女だ。俺の傍にいてもらう必要がある」
「守護職様の嫁ってのも、色々と大変ですね」
「いえ……」
五頭さんに話しかけられたので、私は首を振った。
「五頭さん。被害者は」
ハチさんが血の跡の前にしゃがみこんだ。
「若い女と、女学生ですよ。遺体はもう運びました」
「同じ、切り裂き魔だろうか」
「まぁ、恐らくは。殺し方が似通ってる。だが、損傷が激しくてね。とても――見られたもんじゃなかった」
牛頭さんは忌々しそうに続ける。
「あれじゃ、家族も浮かばれねぇ。まるで、獣にでも食われたみたいで。でも、あれですか。守護職様がらみってことですか」
「おそらくはね。人喰いが出たのだと、考えている」
由良様が小さな声で言い、五頭さんは嫌そうに口元を歪めた。
スーツのポケットをまさぐって、くしゃっとなっている煙草を取り出すと、一本を口に咥えた。
由良様の周りに現れた炎が、五頭さんの煙草に火をつける。
お礼を言いながら紫煙を吸い込み吐き出す五頭さんの背後に――薄ぼんやりと、もやがかかったように見える、青白い女性の姿が見えた。
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