僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

六十六の拳、1

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 翌四月九日、土曜日の午前八時半。
 場所は、新忍道サークルの練習場の、境界手前。
「「「入会テストを受ける、許可を下さい!」」」
 練習場の境界線ギリギリの場所で横一列に並び、昨夕はいなかった九人の一年生が、入会テストを受ける許可を求めた。今日になって突如サークルを訪ねた自分達の立場をわきまえ、許可されない場合は即座に立ち去る潔さを、この一年生達は示したのである。その健気さだけで僕は承諾の気持ちを抱いたのだけど、荒海さんが身をズイッと乗りだし、気弱な者は委縮必至の声で問うた。
「なぜ、練習場の境界手前にいるんだ」
 臆した者も臆さなかった者も同じ方角へ一瞬目を向けたのち、身振りでタイミングを計り声を合わせる。
「「「昨日の同級生達と、対等な立場を得るためです!!」」」
 黛さんと竹中さんが感心したように、ヒューと口笛を鳴らせた。湖校には、一歩出遅れた者は謙虚さと挑戦心を持て、との校風がある。これは湖校創設時、初代騎士長の元に集った騎士達が、自らを二番煎じや三番煎じと称した故事に基づく校風ゆえ、湖校生はこの精神をとりわけ重視していた。サークルの途中入会者である緑川さんと森口さんは昨夕、自分達を微塵も区別しない加藤さんの度量の大きさを称えていたが、それは緑川さんと森口さんにこの校風の体現者となる覚悟があったからだ。途中入会者という立場を謙虚に受け止め、かつ対等な立場を得るための挑戦を怠らなかったからこそ、同じ道を究めんとする同士としての地位を、お二人は獲得したのである。
 それと同種の覚悟を、練習場の境界スレスレに並ぶ一年生達は示した。現実的には、入学二日目にすぎない一年生の理解度へ過大な期待はできずとも、湖校生としての誇りを胸に彼らが振る舞ったのは事実と言えよう。然るに誇り高き狼は、 
「真田、いいな!」
 おさへそう問い、
「無論だ、荒海!」
 長も同等の気概でそう応えた。それを受け、本当は誰よりも面倒見の良い先輩は、口の悪い先輩の振りをする。
「ったく、とっとと準備を始めやがれ、後輩ども」
「「「ありがとうございます!!」」」
 驚いたことに九人だけでなく、一年生全員が荒海さんに感謝を述べた。そして練習場外にいた九人と、練習場内にいた四十五人は、体操着に着替えるため一塊ひとかたまりになって観客席へ駆けてゆく。
 その後ろ姿を、三枝木さんは赤く染まった目で見つめながら、ゴメンネをするように手を合わせていたのだった。
 
 それから、三十分後。
 サークル開始時刻の、午前九時。
「新サークルメンバー入会テストを、これより始める!」
「「「よろしくお願いします!!」」」
 五十四人の一年生達が一斉に応えた。そう、ここにいるのは一年男子の13%にあたる、五十四人の後輩男子達だったのである。その後輩達の前に立ち、短距離部門の試験官の僕は試験内容を告げた。
「横九人の縦六列に並び、号砲と共に九人ずつクラウチングスタート。初めの10メートルは全力疾走、続く10メートルは八割の速度で無音走り、そして最後の10メートルで無音のまま止まる。それをこれより、一本のみ行う」
「「「はいっっ!!」」」
 準備運動とランニングに続く三つ目の集団行動だからか、後輩達は迷いのない目で応え、五秒とかからず横九人の縦六列に並び終えた。僕は無意識に、試験官としての自由裁量を行使する。
「僕が手本を示す。全員、一発勝負に打ち勝て」
 後輩達が一斉にどよめいた。すかさず北斗と京馬がどよめきを切り裂く。
「眠留は去年の体育祭、スタート時の反応速度で、湖校歴代一位を出した」
「お前らと同じ一年生で、湖校歴代一位になっちまったんだ。後輩ども、目をかっぴろげろ!」
 先程を数倍するどよめきののち、同じく先程を数倍するハイッッの返事が練習場にこだました。
 そんな後輩達が、追い風になってくれたのだろう。
 去年の体育祭を一段凌ぐスタートダッシュを、僕は決める事ができたのだった。

 入会テストはその後も続き、俊敏性、柔軟性、射撃センス、持久力を経て、回復力テストを迎えた。
「全員、練習場に横たわれ」
 持久走を終えフラフラになっていた一年生達は、これ幸いと地面に横たわった。回復力部門の試験官を務める黛さんが、引き続き指示を出す。
「そのまま聞くように。各個撃破を上策とする新忍道では、戦闘の合間に回復時間を持つ機会がしばしば訪れる。たとえ十秒であろうと、呼吸を整え、気持ちを切り替え、心身に活力を呼び戻すことは可能だ。よって一年生達はこれより五分間、思い思いの方法で体を回復させ、最終試験の受け身に望むように」
 最終試験という語彙に、半数以上の一年生が呼吸を乱した。それを狙ったかの如く上空に3D時計が出現し、残り時間のカウントダウンを始めると、少なくない一年生が身を起こし、せわしない視線を周囲へ向けた。だがその一方、時計を目にするや安堵し、静謐な気配を纏った一年生も数人いた。その違いを興味深く観察していた僕の眼前に、黛さんの操作で2D画面が映し出される。半透明のそれはみるみる拡大し、一年生を画面の中に取り込んでゆき、それぞれの横にこれまでのデータを表示して行った。五つのテストの順位も気になったが、それより何より、荒海さんの提供した三つの情報に目を奪われた。

 1 昨夕「自分こそは役に立つ下っ端ですと思ってる奴がいんなら、手ェ挙げろ!」と問われた一年生達が示した二つの反応の、どちらに所属していたか。
 2 今朝になって加わった九人が「なぜ練習場の境界線手前にいるんだ」と問われたさい、どのような反応をしたか。
 3 その九人が返事をする前に目を向けた一年生は、誰なのか。
 
 1で臆さず挙手した一年生は名前の下に青色の線が引かれ、一瞬臆した一年生は黄色の線が引かれていた。
 2の今朝加わった九人は名前の下に赤線と、その下に1と同義の青線と黄線が引かれていた。
 そして3に該当する一年生は、名前の横に「北斗系」という、短くも的を射たコメントが添えられていた。
 僕は公式AIに頼み、2Dキーボードを出してもらった。そして素早く十指を走らせ、こんなメールを教育AIへ送る。
「北斗系と評された松井崇は、美鈴のクラスメイトではないですか?」
 サークル未入会だからだろう、後輩達は氏名表記をされているだけでクラス表記をされていなかった。だが全テストに好成績を残し、副長をして北斗系と言わしめた彼は、去年の一年十組に相当する美鈴のクラスメイトに違いないと僕は思ったのである。教育AIは間を置かず、こんな返信をしてくれた。
「本来なら、それは松井崇本人へ投げかける質問です。しかし、一年男子が詰めかける可能性を騎士会と新忍道サークルへ示唆し、混乱を回避した功績に報い、回答しましょう。彼は美鈴さんと同じ、寮生比率50%の、一年一組の生徒ですね」
 音声アイコンをタップし口を近づけ、「咲耶さんありがとう」と小声で呟く。会話の速度で咲耶さんから「頑張りなさい」の返信が届いた。具体的に何を頑張るかは書かれていずとも、寮生比率50%と言及されているのだから、旧一年十組の大望と考えて間違いないだろう。よって再び十指を走らせ、松井崇は美鈴のクラスメイトとの情報を北斗と京馬にメールで伝えた。すぐさま返信された「だろうな」「思った通りだぜ」に、六年生でまた皆と一緒のクラスになってみせるという二人の意気込みを、僕ははっきり感じたのだった。
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