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6章 運命の輪

The tower 5~Wheel of fortune (ダイジェスト)

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 ねえ、君、無事……て、わあ!

 ちょ、なんで、着替え中……うわわ。
 わわわ、物投げないで!?
 出て行くから。

 …………。

 ねえ、もう入っていい?
 ……だめ? いや、着替えを覗いたのは悪かったと思うけど、不可抗力っていうか。
 どうして、君、ここで着替えなんて……っ、ま、まさか。
 あいつに拉致られてそれで……て、痛!

 いきなり扉を開けるなんてひどいよ~。鼻が潰れた。
 僕の美貌がなくなったら、君の責任なんだから、責任とってよね。
 え? 知らないって、変な誤解をするから自業自得だって。
 でも、だって、僕だって事情が何もわからないんだよ。
 あいつから、君を拉致したっていきなりメールが来て、駆けつけた状態なんだよ。

 え? 僕の家を探していたら、通りかかった車に水たまりを跳ね上げられてずぶ濡れになったから、お詫びに家に招待されたって……。
 あ、それで着替えを……て、ちょっと! それってなんでそんな簡単に見ず知らずの人について行っちゃうの!

 え? 見ず知らずじゃない?
 僕と知り合いだって言われたって……。
 いや、それ、誘拐犯の常套手段。うわあ、なんでそんなでのこのこついていっちゃうかなこの子は!
 いや、まあ、確かに君には前に僕が奴に声をかけているところを見られてたけど。
 でも、僕に会わせてくれるって言われたからついてくるとか……。

 え? そもそも僕が悪いって……、いきなり封筒一つ残して、連絡取れなくなるし、って。
 ああ、ごめん。ちょっといろいろこもってしなきゃいけないことが出来て、ね。

 え? 会いたくて夜も眠れなくなったのをどうしてくれるんだって、え、ええ?
 そんなに恋しがってくれるなんて。そういえば、さっきも僕の家を探してたって……。

 ……え? ああ、そう。あの小説の続きが気になって。
 まあ、そういう理由だよねえ。
 あんな気になるところで終わられたら、気になって眠れなくなったって。

 え? 今すぐ続きを話せって。今ここで? えー。
 ……う、わかったよ。 わかったからそんな恨みがましい目で見ないで。
 そうだな。君に送った原稿はどこまでだったかな?
 ……ああ、そうだったね。環が南出に血を飲まされたところまで。

 あの世界における吸血鬼の血は触れるだけで気が狂う猛毒ってことは知ってるよね。
 その上、その後は物語の中の化物吸血鬼のようにただ生き血を求めてさまよう化物、吸血鬼もどきになってしまう。しかも救う方法はないと言われている。
 当然紅原の血を飲まされた環は、そのまま吸血鬼もどきになった後、退治されて終わるはず。

 でも、当然そこで終わってもらっては困るよね。
 なので、ここで紅原に環を救うべく、一か八かの賭けに出てもらう。

 人間を吸血鬼の花嫁の儀式の詳細って知ってる?
 うん、設定資料集にかいてあったね。吸血鬼の血を固めて毒性を弱らせた錠剤を飲むこと。

 つまり、人体に吸血鬼の血を取り込ませて、その耐性をつけさせることが重要ってこと。
 とはいえ、通常は毒性のほうが強くて、血に触れた途端吸血鬼もどきになっちゃう。
 だから飲ませる血液はできるだけ毒性を弱らせたものを取り込ませるんだ。

 でも、毒性を弱めた錠剤とか、大昔からあったと思う?
 僕はそう思わないね。ということは、大昔は別の方法があったと考えるべきだ。

 それが、どんな方法なのかは、もちろん公式ではないから、ここからは僕の想像だけど。
 僕が考える、古い花嫁の儀式はね、直接花嫁に血液を与えていたんじゃないかって。

 うん、もちろんこのままじゃ、すぐに毒性に負けて、吸血鬼もどきになるだろうね。
 じゃあ、ここで吸血鬼ってどんなものか思い出してみようか。
 え? イケメンで頭が良くて、運動神経がよい?
 ああ、まあそれは攻略対象だからってのもあるけど、一番の特徴って、その名の通り、血を吸う生き物だってことじゃない?
 つまり彼らは人間の血を吸い上げる。それって他者の中に混じった自分の血も同様ってこと。

 当然彼ら自身の血は彼らにとって毒じゃない。
 血液ごと花嫁が取り込んだ毒素を吸い上げることも可能だと思うんだ。
 でも、人にとって即効性の毒である吸血鬼の血はすぐに吸い上げたからといって、完全に除去できるわけでもない。
 それに儀式の目的は吸血鬼の血に慣れさせることで、吸血鬼の子供を埋めるほどの耐久性を人間に持たせることにある。
 
 だから、花嫁になる人間が毒素に負けないように気を使いながら、血を与えては吸い上げるということを繰り返し、毒に対する抗体をつけさせ、吸血鬼の花嫁としていたんじゃないかな。
 毒を持って毒を制すって……ちょっと、言葉が違うかな?

 でも、最初から毒素を弱めた錠剤を使う方法のほうがよほど安全な気もする。
 だから、あの世界の花嫁化の儀式が、錠剤一択だったんじゃないかな。危険性故に淘汰された、みたいな。

 で、その古い時代の花嫁の儀式をたまたま知っていた紅原が、環の血を吸って、間一髪、吸血鬼もどきかを防ぐんだ。

 でも、その代わり、環は意に反して吸血鬼の花嫁になってしまうんだけど。
 花嫁化した反動で環は一月ほど昏睡状態に陥る。そして、ひと月後、ようやく目がさめるんだ。

 目を覚ましたところはどこだと思う?
 天空寮? ううん、蒼矢会長の実家の客間だよ。

 寮で昏睡状態の環の面倒は見れないし、学園の施設でいつ起きるかわからない人間は置いておけない。
 え、なんで紅原じゃないかって?
 それは……、ん? あ、はい。わかりました。行きます。

 ……ごめんね。ちょっと呼ばれちゃった。
 そんな顔しないで。続きは環視点のこれでも読んで。
 少ないけど、原稿だよ。あと、僕がもどるまでここから出ないでね。
 あと、何を言われても、簡単にうなずいたりしちゃだめだからね。

 なんでかって……?、なんででも!
 ……っち。ああ、わかってます。そういそがないで。
 いい? とにかくすぐにここから帰れるように話しはつけてくるから。
 どうかおとなしくしていてね。
 お願いって、聞いてる? もう読み始めちゃったの?
 もう君って人は……。

―――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 目覚めると、何故かうまく体が動かせなかった。
 金縛りかとも思ったが、霊感はないし、明るい室内の風景に幽霊が出てきそうな雰囲気はない。
 とりあえずあたしは体を起こそうと試みた。
 すると時間はかかったが、上体を起こすことに成功した。
 だが、たったそれだけの動作に息が乱れてしまう。一体どうしたことか。
 息を整えて改めて周囲を見回せば、白い壁の洋室が見えた。
 えっと、ここどこだっけ?
 そこまで考え、意識を失う前の記憶がうっすら蘇ってきた。
 あ、そういえば。あたし、死んだのだっけか。
 南出さんが最後のあがきで紅原の血液を口移しであたしに飲ませ、吸血鬼もどきにした。
 その後、すぐに誰かに退治されのだろうけど、その相手が紅原でないことを願おう。
 心的外傷で、また記憶を失われたらたまらない。
 そういえば南出さんはどうなったのだろう。
 彼女も死んだのだろうか。わからないが、あの世と思われる場所に南出さんの姿はない。
 少し探索してみようかと立ち上がろうとするが、うまくいかなかった。
 一瞬幽霊で足が無いためかとも思ったが、あたしの足はしっかり存在している。
 どうでもいいけどなんで裸なんだろう。幽霊ってなんかこう、白い着物をでさんかくをつけているものじゃないのだろうか。
 それになんだかあたしの髪伸びてない?
 ズルズルと長くうっとうしい髪は、立ち上がっても地面につきそうな長さになっている。
 髪だけじゃなくて、なんか足と手の爪も伸びている気がする。
 天国って、髪や爪が伸びるところなのか?
 理由はサッパリで、首をかしげていたら、カチャリと何かが開く音がした。
 ぼんやりと、音の方に視線を向ければ、細く開いた両開きの扉から入ってくる蒼矢会長の姿が見えた。制服姿の彼はあたしと視線が合うと驚き、ついで顔を急激に赤らめた。
 それからものすごい勢いで近づいてきたかと思うと、ベッドからシーツを剥がして、あたしに被せてきた。
 あ、そうか、服がなくても別のもので体を隠せばいいのか。
 そんなことも思いつかないくらいあたしの頭は回っていなかった。
 それを巻きつける間、蒼矢会長はこちらに背を向けてくれている。
 「体を覆えたか?」と聞かれて、返事をすると会長がようやくこちらに顔を向けた。
 その顔は真っ赤だ。
「お前、なんつう格好でいるんだよ。起きたら起きたで誰か呼んで服着ろよ」
 そんなことを言われても。
「ええっと、いやあの世って裸でくるものなのかなって思っていたので」
「あの世って……お前、寝ぼけているな?」
「え? 寝ぼけって……」
 蒼矢会長はここがどこか、ここに運ばれた経緯を覚えているか訪ねてきた。
 それに対して何もわからないとしか応えようが無く、会長に事情を説明してもらおうとした時、真田さんが部屋に飛び込んできた。
 流石にあの場にまったく関わっていない真田さんが死んだとは思えず、ようやく今いる場所は現実であると認識したあたしは、自分の状態に羞恥から悲鳴を上げてしまった。
 とりあえず、蒼矢会長はあたし悲鳴にいち早く駆けつけてきた和服の初老女性と執事っぽい服を着た青年に取り押さえられてどこかに連れて行かれた。
 少しだけかわいそうに思えたが、あたしはあたしで裸を見られただけに、到底同情できる心境になかった。
 でも考えてみれば、自分の体が会長に見られて困るようなラインでないことに気づく。
 覚えているよりも更に痩せた体は明らかに貧相で、聖さんや、会長が好みのタイプと思われる肉付きの良い美女達のラインを考えても、到底及ばない。
 むしろ、不快なものを見せられたって慰謝料が要求されるのでは、ということまで考えて、落ち込んだ。

 そんなことを考えているうちに医者の問診を受け、メイド服を来た女性に風呂に入れてもらい、髪や爪も切ってもらう。
 あまりの伸び具合にかなり長期間寝ていたのかとおもいきや一月ほど昏睡状態だったようだ。
 それからここが蒼矢会長のご実家だと教えてもらった。
 なぜ自分が蒼矢会長のご実家に厄介に成るに至ったのかわからなかったが、それは真田さんから聞いてくれとメイドさんに言われて、あたしは真田さんの説明を待つことにした。
 その後疲れて眠ったり食事したりと過ごすうちに、真田さんからの説明を受ける時間は翌日の昼になった。
 会長を同伴してあたしのあてがわれた部屋をおとずれた真田さんは開口一番、土下座してきた。
 慌てて、やめるよう言うあたしに、彼女は突然「吸血鬼を信じるか」と尋ねてくる。
 嫌な予感に、冷や汗を流すあたしを無視して、真田さんはこの世界の吸血鬼について話をする。
 それに補足するような形で会長まで参加し、本来人間に教えるはずのない事実を二人はあたしに語って聴かせる。
 そして彼らは、あたしが吸血鬼の花嫁になってしまったのだと語った。
 会長から、もうあたしを普通の人間としては扱ってやれない、と告げられた時あたしは呆然とした。
 なぜ、こんなことになったのか。
 本来吸血鬼もどきとなって退治されるはずだったあたしをどうやって吸血鬼の花嫁にしたのかは語ってくれなかったが、二人は語れる範囲で、あたしの今後について話してくれた。
 それによると学校にも通えるし。もうすでに天空寮にいるし、引っ越す必要はないと言われる。
 ただ、今までよりずっと異性に対しては警戒しろと注意をされた。
 吸血鬼の花嫁は無意識に異性を引きつける香りを放っているらしい。
 あたしが眠っていた期間は公休扱いとなって、進学には影響しないと言う。
 ただ、一応休学中の勉強は補講の形で何処かで補うことにはなるという。それはしかたがないと了承する。
 話の中で南出さんと紅原の事を聞いた。

 南出さんはあの場の混乱から逃げ出し現在行方不明なのだという。
 あたしと同様血に触れた彼女が吸血鬼もどきになっていたら、学園内が危険なのではと思ったのだが、どうも、彼女は血に耐性を持っていたようで、その危険はないとの事だった。
 その理由については会長もわからない様子だった。
 そして紅原は、月下騎士会を除名された上で、学園を本科から特別科と呼ばれる分校へ移籍、事実上の学園追放されていた。
 どうやらあたしが今回の事件に関わったことで、ことを公にしなければならず、処分を免れなかったらしい。
 もしあたしがかかわらなければ、南出さんの件は秘密裏に月下騎士会内部で処理できた。
 今頃紅原はまだ学園にいたかもしれないと思うと、あたしは罪悪感で、押しつぶされそうになる。
 そんなあたしに気を使った会長と真田さんはとりあえず休むようにあたしに告げ、その場はお開きになった。

 その後再びの診療や、食事、お風呂などをこなしていたら、いつの間にかまた眠ってしまっていた。
 喉の渇きを覚えて目を覚ましたら、外は暗い。
 変な時間に起きたようだと思いつつ、メイドさんがセットしてくれていた水差しから水をもらうと、窓から差し込む月明かりに気がつく。
 それに誘われるように外に出て、月を見上げていたら、隣のバルコニーにいた会長に声をかけられた。
「こんな時間に何をしている?」
 会長は身軽にあたしのいるバルコニーに飛び移ってきて、薄着で出てきたあたしを叱りつける。 自分の上着を脱いで、あたしに貸してくれた。
 それから、二、三言、話すうちに会長が出会った幽霊の話になる。
 学校の校舎裏で、双子の誘拐事件で助けを求めた幽霊はあたしであることに会長は気付いているようだった。
 その事実に、あたしは不思議と焦燥を感じなかった。
 それは会長があたしに不審の目を向けなかった故かもしれない。
 何も聞かない理由をあたしが聞くと会長は「そんなことはどうでも良かった」と答えた。
 あたしは悪い人間には見えないし、無理やり聞き出すような事をしたくなかったと会長は語る。
 その中で会長は「自分の事はまだ怖いか」とあたしに尋ねた。
 ここまでお世話になってそれはないと、あたしが首を横に振る。
 すると、そんなあたしに会長は改めて謝罪してくる。
 無理やり血を奪って悪かったと言う彼に、あたしは仕方がない状況だったと首を横にふる。
 しかし会長は納得しなかった。
「気にするな、なんて無理だろう。お前の意思を無視して俺は……」
「あたしの意思なんて、大した問題じゃありませんから」
 これまであたしの意志が問題だったことなどない。無視されることには慣れている。
 そんな事を思っていたら、「仕方がないとか、自分の意志が大した問題じゃないなど言うな」と怒られた。
 なぜ、取り乱したり泣いたりしないのかとも。
 どうやら、会長はあたしが目を覚ましたら、もっと取り乱して泣き叫んだりするものだと思っていたらしい。
 そんなのは迷惑だろうと考えていたあたしに会長は、一度感情を吐き出せと言う。
「いいか? お前はここまで、完全に自分の意志を無視されてここにいるんだ。絶対に心から納得できてるわけがないんだ」
「でも……」
「でも、もだってもないんだよ。感情ぐらいちゃんと吐き出しとけよ。じゃないといつか自分の心を見失って後悔することになるぞ」
 あたしは会長の言葉を呆然と聞く。
  自分の心って何? 
  そんなものになんの価値があるの? この世界がゲームだと知って以降、あたしの意志や心が重要だったことなんて一度でもあっただろうか。
 いつだって、あたしの感情なんて無視して振り回して。会長だって、そのうちの一人だったのに。
 それなのに今更あたしの心が大事なものみたいに言わないでほしかった。
 あまりにも身勝手な話にあたしは会長相手に反発した。
 しかし、それでも会長はあたしを抱きしめ、泣けと要求してくる。
 あまりにも理不尽な会長の要求だったが、包み込む会長の体温と優しさに限界だった涙腺が緩んだ。
 一粒涙をこぼせば、後は止める術はあたしにはなかった。
 あたしは大声を上げて泣いてしまった。
 どうしてあたしばっかりがこんな目に合うのか。理不尽で悲しくて、苦しくて。
 自分を哀れんでわんわん泣いてしまう。
 ここにいない自分の好きな人の事を思うと胸が痛くて仕方がない。
 もっと辛いのは紅原なのだとわかっていながら、涙は止まらなかった。

 ひとしきり泣いて、ようやく涙が収まる。
 それを見計らったように会長が、切り出したのは、親衛隊の話だった。
 以前、翔瑠に誘われた時とは違い、吸血鬼の花嫁になったあたしは強制的に誰かの親衛隊に入らなくてはならない。
 本来親衛隊は吸血鬼の花嫁を守るため、あるいは囲って逃げないようにするための地位なのだ。
 会長は誰の親衛隊になるか、二学期が始まるまでに決めてほしいという。
 でも、あたしみたいなのを誰が受け入れてくれるのだろう。
 紅原はいないし、どうしたら、と思っていたら会長がとんでもないことを言い出した。
「なあ、お前。俺じゃ、だめか?」
 会長はあたしを一度解放すると、真剣な表情で見落としてきた。
「俺はお前を自分の花嫁にしたい。俺を選ぶ気はないか?」
 俺の親衛隊になってほしい。はっきりと告げられるが、笑えない冗談だ。
「あの、全く笑えません」
「冗談でこんなことを言えるわけがないだろう」
 僅かに頬を染めて恥ずかしそうに視線をそらす会長だが、だとしたらますますわけがわからない。
「えっと、同意なしに吸血鬼の花嫁にしたことを気にしてのことなら、会長が責任を感じることでは……」
「お前は、俺が罪悪感からこんなことをこんなことを言い出したと思うのか?」
 いや、それしか考えられないでしょ。
「会長が責任感強いのはわかってますから」
「お前が思っているほど、俺は責任感なんてないし、俺にはすでに親衛隊が二人もいるんだぞ」
 罪悪感だけでこんなことを言えるか、と聞かれれば確かに。
 会長には性格に少々難があるとしても、美人揃いの許嫁が存在している。しかも暮先先輩は蒼矢会長にベタぼれなのだ。
 そんな彼女たちを差し置いてあたしごときを親衛隊に誘う会長はおかしいと思うが、少なくとも責任感のある人の態度ではない。
 だが、そうだとして、どう答えろというのか。
 どうしたって親衛隊にはならなければならない以上、あたしを望んでくれる会長の言葉はありがたいのだが、それに頷くには危険の確率が高過ぎる。
 思わず考え込んでいたら、突然顎を捉えられ、仰向かされた。
 会長の真剣な瞳がぶつかって心臓が大きく跳ねる。
「迷うくらいなら。俺を選べよ」
 やや強引な会長らしい言葉だが、まるで現実感がない。
「俺を選んでくれるなら、どんな手を使っても、お前だけを守って、一生大事にしてやる」
 青白い光を放つ半月を背景に、青い吸血鬼が切なげにあたしを見下ろす光景はとても幻想的で、まるで乙女ゲームの一枚絵のようだ。
 だが、こんな一枚絵をあたしは知らない。
 会長にこんなことを告げられているのがあたしであることが全く理解できない。
「……なあ、なんか言えよ」
 無言のあたしにしびれを切らしたのか、青色の吸血鬼はあたしにそっと顔を寄せてくる。
 青白い月明かりの下、端正なその顔が近づいてくるのをあたしはただ呆然と、まるで他人ごとみたいに感じていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ――最後のページに付箋が貼ってある。

『今回はここまでだよ。まだ書きかけなんだ。
 続きが読みたかったら、おとなしくしているんだよ、絶対だよ!』

 最後の名前とハートマークがあり、苛立ちながらそれをつまみ上げる。
 周囲を見回すと付箋の文字を書いた人物はすでに部屋にいなくなっていた。
 その時、ふと光に加減で付箋上に文字の凹凸が見えた。
 どうやら、この上にで何か書物をして、その筆跡が写っているようだ。
 持っていた鉛筆で軽くこすり、字を浮かび上がらせる。
 するとこんな文字が出てきた。

『本当は君にここまで追いかけてきてほしくなんてなかった。
 君に……を見せるなんて出来ない……に巻き込みたくない。僕は……』

 浮かび上がった文字はところどころかすれ、途切れている。
 筆跡は間違いなく、付箋に書かれたものと同じ。
 しかし、意味は理解できない。
 とりあえず鉛筆を消すと、それを再び元の場所に貼り付けた。
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