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第20話 数字の嘘を暴いた日、横領犯はギルドを追われました
昨夜の書庫での放火未遂事件から一夜明けた、ルーンベル冒険者ギルド支部。
普段は冒険者たちの熱気と怒声で満ちている一階のホールは、今朝ばかりは水を打ったような静寂と、張り詰めた緊張感に包まれていた。
長い夜を越え、私の中で渦巻いていた不安と怒りは、一つの結末を迎えようとする静かな安堵へと変わっている。
そして同時に、間もなく街に押し寄せるであろう『本物の災害』に対する、事務員としての新たな決意が胸の奥で静かに燃えていた。
「……これより、王都本部からの特権を行使し、ルーンベル支部の会計係ドルン・ベケットの不正に対する最終通告を行います」
ギルドの中央に響き渡ったのは、純白の外套を身にまとったアシュレイ様の、冷たくも透き通るような声だった。
彼の足元には、太い縄で縛り上げられたドルンさんと、昨夜書庫に火を放とうとした黒ずくめの工作員が転がされている。
周囲を取り囲むように、ヴィクトル支部長、セルマ主任、そして腕組みをして鋭い視線を送るカイルさんやノアくんたち冒険者が立っていた。
「ドルン。あなたが過去三年間にわたり、立場の弱い若手冒険者から報酬の端数を横領していたこと。そして、バルザック子爵の指示を受け、西の森の魔物異常発生を隠蔽するために危険度を偽装し、低ランク冒険者を囮として送り込んでいたこと。……すべては、この書類が証明しています」
アシュレイ様は白手袋に包まれた手で、一冊の分厚い羊皮紙の束を掲げた。
それは、私が深夜に書き写し、ダミーの罠を張って命がけで守り抜いた『不正台帳の完全な控え』だった。
「工作員を放ち、証拠を燃やそうとした時点であなたの罪は確定しました。……よって、あなたを本日付けでギルドから永久追放し、王都へと連行して法の裁きを受けさせます」
アシュレイ様の宣告に、ギルド内から「ふざけんな!」「俺たちの仲間を何だと思ってたんだ!」という冒険者たちの怒りの声が沸き上がった。
完全に逃げ場を失い、顔面を土気色にしたドルンさんは、床に這いつくばったままギリッと歯を食いしばり、血走った目を私に向けた。
「おのれ……っ! たかが新人の小娘が、出しゃばりおって! お前がいなければ、お前が余計な数字の計算などしなければ……俺はこんな目に遭わなかったんだ!」
みっともない逆恨みの言葉。
現代の会社で、何度も上司や先輩から浴びせられてきた理不尽な責任転嫁と同じだ。
あの頃の私は、そういう言葉をぶつけられると萎縮して、ただ俯くことしかできなかった。
けれど、今の私は違う。
私が反論しようと口を開きかけた、その時だった。
「……黙れ、小悪党」
地鳴りのような怒声が、ドルンさんの言葉を物理的な圧力のように押し潰した。
前に進み出たのは、ヴィクトル支部長だった。彼は見下ろすような鋭い視線でドルンさんを睨み据え、大きな手で私の肩をバンッと力強く叩いた。
「彼女は、お前が見下した『ただの受付嬢』じゃねえ。……数字と記録で仲間の命を守り抜き、このルーンベル支部を腐敗から救い出した、俺たちの誇り高き大恩人だ」
支部長の揺るぎない言葉に、ノアくんたちが「そうだそうだ!」「ユイさんに暴言吐く奴は俺たちが許さねえぞ!」と一斉に声を上げる。
ミリアさんも「ほんと、往生際が悪いわね」と冷たい目を向けていた。
ドルンさんは力なく項垂れ、ついに何も言い返すことができなくなった。
彼と工作員が王都の騎士たちに引きずられるようにしてギルドの外へ連行されていくのを、私はただ静かに見送った。
「……ユイ嬢」
ふわりと、花の香りが近づいてきた。
振り返ると、アシュレイ様が私の目の前で優雅に片膝をつき、私の右手をそっと両手で包み込んでいた。
「素晴らしい戦いでした。あなたが命を懸けて守り抜いたこの台帳がなければ、子爵の悪意を暴くことはできませんでした。……私は王都に戻り次第、公衆の面前であなたのこの偉大な功績を国に報告すると約束しましょう」
彼の熱を帯びた緑の瞳が、私を真っ直ぐに見つめ上げている。
「アシュレイ様、私はただ、事務員としての当然の仕事をしただけで……」
「ええ、その『当然』が、何百という命を救ったのです。……あなたに、心からの敬意と称賛を」
身分の高い貴公子からの、公衆の面前での甘く美しい称賛の言葉。
周囲の冒険者たちから「おーっ」とからかうような歓声が上がる中、私の頬はカッと熱くなった。現代で誰にも評価されなかった私の力が、この世界で完全に認められ、大きな悪を打ち倒したのだという確かな実感が、じわりと胸に広がっていく。
ルーンベル支部に長年巣食っていた腐敗の膿は、これで完全に出し切ることができた。
しかし――安堵に胸をなでおろした私の視界の端に、ギルドの開け放たれた窓の外の景色が映り込んだ。
(……黒い)
遠く、ルーンベルの西に広がる森の奥。
そこから、ただの火事ではない、天を焦がすような不気味な黒煙が真っ直ぐに立ち昇っているのが見えた。
あれは、子爵が隠蔽しようとしていた魔物の大災害が、ついに決壊したという明確な合図だ。
「……人間の悪意は暴けました」
私はアシュレイ様の手からそっと自分の手を引き抜き、手元の『補給・行程チェック表』の束をぎゅっと握りしめた。
「あとは……迫り来る魔物から、この街を守るだけです」
戦えない私には、剣も魔法もない。
けれど、紙と数字と記録で、必ず皆を生きて帰してみせる。
新しい戦いへの決意を胸に、私は大きく深呼吸をし、事務員としての真の戦場へと向き直った。
普段は冒険者たちの熱気と怒声で満ちている一階のホールは、今朝ばかりは水を打ったような静寂と、張り詰めた緊張感に包まれていた。
長い夜を越え、私の中で渦巻いていた不安と怒りは、一つの結末を迎えようとする静かな安堵へと変わっている。
そして同時に、間もなく街に押し寄せるであろう『本物の災害』に対する、事務員としての新たな決意が胸の奥で静かに燃えていた。
「……これより、王都本部からの特権を行使し、ルーンベル支部の会計係ドルン・ベケットの不正に対する最終通告を行います」
ギルドの中央に響き渡ったのは、純白の外套を身にまとったアシュレイ様の、冷たくも透き通るような声だった。
彼の足元には、太い縄で縛り上げられたドルンさんと、昨夜書庫に火を放とうとした黒ずくめの工作員が転がされている。
周囲を取り囲むように、ヴィクトル支部長、セルマ主任、そして腕組みをして鋭い視線を送るカイルさんやノアくんたち冒険者が立っていた。
「ドルン。あなたが過去三年間にわたり、立場の弱い若手冒険者から報酬の端数を横領していたこと。そして、バルザック子爵の指示を受け、西の森の魔物異常発生を隠蔽するために危険度を偽装し、低ランク冒険者を囮として送り込んでいたこと。……すべては、この書類が証明しています」
アシュレイ様は白手袋に包まれた手で、一冊の分厚い羊皮紙の束を掲げた。
それは、私が深夜に書き写し、ダミーの罠を張って命がけで守り抜いた『不正台帳の完全な控え』だった。
「工作員を放ち、証拠を燃やそうとした時点であなたの罪は確定しました。……よって、あなたを本日付けでギルドから永久追放し、王都へと連行して法の裁きを受けさせます」
アシュレイ様の宣告に、ギルド内から「ふざけんな!」「俺たちの仲間を何だと思ってたんだ!」という冒険者たちの怒りの声が沸き上がった。
完全に逃げ場を失い、顔面を土気色にしたドルンさんは、床に這いつくばったままギリッと歯を食いしばり、血走った目を私に向けた。
「おのれ……っ! たかが新人の小娘が、出しゃばりおって! お前がいなければ、お前が余計な数字の計算などしなければ……俺はこんな目に遭わなかったんだ!」
みっともない逆恨みの言葉。
現代の会社で、何度も上司や先輩から浴びせられてきた理不尽な責任転嫁と同じだ。
あの頃の私は、そういう言葉をぶつけられると萎縮して、ただ俯くことしかできなかった。
けれど、今の私は違う。
私が反論しようと口を開きかけた、その時だった。
「……黙れ、小悪党」
地鳴りのような怒声が、ドルンさんの言葉を物理的な圧力のように押し潰した。
前に進み出たのは、ヴィクトル支部長だった。彼は見下ろすような鋭い視線でドルンさんを睨み据え、大きな手で私の肩をバンッと力強く叩いた。
「彼女は、お前が見下した『ただの受付嬢』じゃねえ。……数字と記録で仲間の命を守り抜き、このルーンベル支部を腐敗から救い出した、俺たちの誇り高き大恩人だ」
支部長の揺るぎない言葉に、ノアくんたちが「そうだそうだ!」「ユイさんに暴言吐く奴は俺たちが許さねえぞ!」と一斉に声を上げる。
ミリアさんも「ほんと、往生際が悪いわね」と冷たい目を向けていた。
ドルンさんは力なく項垂れ、ついに何も言い返すことができなくなった。
彼と工作員が王都の騎士たちに引きずられるようにしてギルドの外へ連行されていくのを、私はただ静かに見送った。
「……ユイ嬢」
ふわりと、花の香りが近づいてきた。
振り返ると、アシュレイ様が私の目の前で優雅に片膝をつき、私の右手をそっと両手で包み込んでいた。
「素晴らしい戦いでした。あなたが命を懸けて守り抜いたこの台帳がなければ、子爵の悪意を暴くことはできませんでした。……私は王都に戻り次第、公衆の面前であなたのこの偉大な功績を国に報告すると約束しましょう」
彼の熱を帯びた緑の瞳が、私を真っ直ぐに見つめ上げている。
「アシュレイ様、私はただ、事務員としての当然の仕事をしただけで……」
「ええ、その『当然』が、何百という命を救ったのです。……あなたに、心からの敬意と称賛を」
身分の高い貴公子からの、公衆の面前での甘く美しい称賛の言葉。
周囲の冒険者たちから「おーっ」とからかうような歓声が上がる中、私の頬はカッと熱くなった。現代で誰にも評価されなかった私の力が、この世界で完全に認められ、大きな悪を打ち倒したのだという確かな実感が、じわりと胸に広がっていく。
ルーンベル支部に長年巣食っていた腐敗の膿は、これで完全に出し切ることができた。
しかし――安堵に胸をなでおろした私の視界の端に、ギルドの開け放たれた窓の外の景色が映り込んだ。
(……黒い)
遠く、ルーンベルの西に広がる森の奥。
そこから、ただの火事ではない、天を焦がすような不気味な黒煙が真っ直ぐに立ち昇っているのが見えた。
あれは、子爵が隠蔽しようとしていた魔物の大災害が、ついに決壊したという明確な合図だ。
「……人間の悪意は暴けました」
私はアシュレイ様の手からそっと自分の手を引き抜き、手元の『補給・行程チェック表』の束をぎゅっと握りしめた。
「あとは……迫り来る魔物から、この街を守るだけです」
戦えない私には、剣も魔法もない。
けれど、紙と数字と記録で、必ず皆を生きて帰してみせる。
新しい戦いへの決意を胸に、私は大きく深呼吸をし、事務員としての真の戦場へと向き直った。
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