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temptation
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「どうして? 日本酒嫌い?」
「嫌いっていうか……なんとなく飲みたくないっていうか」
「何か特別な理由があるの? お父さんが知らないような……」
「特別な理由って程の内容でもないんだけど……」
私はりょーくんに、酔っ払う面倒臭いお父さんを幼い頃から毎晩のように見てきた事やそれによって日本酒に良いイメージを持っていない話をした。
「そうなのかぁ……うーん……」
彼は私の話を聞いても首を傾げ唸っている。
「だって、私がよくわかってないうちから強制的な感じで『お酌して』って言われてお父さんのお猪口やぐい呑みにお酒を注がせてたんだよ? それからお酒臭い息を吹きつけられて。なんか嫌だなぁって思ってたんだよ」
「あーちゃんの意思とは関係なく強制的にさせられてたっていうなら問題なんだろうけど、多分お父さんはあーちゃんにお酌を強いるつもりはなかったんじゃないかな?」
「えっ……」
りょーくんの予想通り、お酌は強制というよりもお父さんから「お手伝いみたいなもんじゃ」と言われて始めたような覚えがある。
お酒臭い息を吹き掛けられて嫌がる私を揶揄ってガハハ笑いしてはいたけど、小学校に上がるにつれ「お酌したくない」と私が拒否したら素直に引いてくれていたし「強制」とは違う行動だった点を思い出した。
「俺はまだ父親の気持ちとか分からないけど、娘ってさぁ愛する人の小さな分身みたいな雰囲気を感じないかな? 特にあーちゃんとお母さんは見た目も声も似てるから。
世界一大好きな人をちっちゃくしたような可愛い娘に好きなお酒を酌してもらうのってお父さんにとっては夢の一つっていうか『父親としての旨み』みたいなものを感じて甘えたかったんだと思うよ」
「……」
「酒臭い息を吹き掛けるなんて迷惑極まりない行動だったかもしれないけど、1日の仕事の疲れを癒やすものの一つとして、娘との交流を楽しみにしてただけんだと思うけどな俺は」
「そうなのかな……」
お父さんの臭い息やお酌のお願いは、今の時代に即したら良い交流とは言えないかもしれない……けど、りょーくんの口から出てきた「1日の仕事の疲れを癒すもの」の言葉は今の私の心に深く沁み入った。
「そうだったんだと思うよ。現に俺は今可愛いあーちゃんにお酌してもらいたい気分なんだけど♪ 別に今日は疲れるような事してない1日ではあったけど、あーちゃんのお酌で癒されたい気持ちでいっぱい♡」
すると、向かいに座っていたりょーくんが私の隣に座りなおしてお猪口を傾ける。
「私のお酌で……今日の癒し……」
「ね? お酌、してして♪」
体を私に擦り寄せてニコニコしているりょーくんの態度がとっても可愛らしく見えてしまい……
「仕方ないなぁ♡」
と私は呟いてりょーくんのお猪口に徳利中身を注いであげる。
「ありがとうあーちゃん♡」
そしてりょーくんはお猪口の中身を全て飲み干し、ふうっと息吐くと
「うん♡ すげー幸せ♡」
ニコニコ顔を私に向けながらそう言った。
(そっかぁ……あの時のお父さんは、今のりょーくんみたいな幸せなニコニコを仕事終わりにしていたかったのかもしれないなぁ)
大好きな彼の大好きなニコニコ顔を眺めていると、お父さんの笑顔が脳裏に浮かんで彼の笑顔と重なる。
私は今日、珈琲店で接客の仕事をした訳ではないけれどお父さんお母さんが普段から触っている焙煎機と同型のものを扱い勉強した。
だからこそ、今夜のりょーくんの言葉は余計に両親の有り難みや重みを感じさせられる。
「試しに少しだけでも飲んでみれば? あーちゃんの口に合わなかったら俺もう何も言わないから」
「うん……」
大好きなりょーくんの言葉に納得をした私は、かっこいい目線を感じながらお猪口を手に持ってちょこっと唇にお酒を浸してみる。
飲むのはまだ少し怖いので浸した唇を舌で舐めて味を確かめてみた。
「あれ?」
想像してたお酒臭さは全く感じられない。
「どう?やっぱり苦手な味?」
私の顔を覗き込むりょーくんに「ちょっと待って」と制止しながら、お猪口の残りを全部口に含んで飲んでみた。
「スーッと入っていって後味がすごく甘いんだよ、このお酒」
(ワインみたいな感じ? ……ううん、喩えがちょっと違うかなぁ? かといって「水みたい」って表現するのは大袈裟な気もするし……)
とにかく体の中にスーッと入っていってほわっと香りが広がる感じがして、とても美味しいお酒だった。
「ねっ? ビックリするほど美味しいでしょ?」
私の顔をジッと見ていたりょーくんがまたニコッと笑った。
「うん! ビックリした!! この辺では売られてないレアもののお酒っていうのが納得って感じ!!」
このお酒を私達にプレゼントしてきたお父さんも凄いけど、たった一口で日本酒のイメージがガラッと変わっちゃった事そのものが凄いと思う。
「日本酒、好きになれそう?」
りょーくんの優しい問い掛けに私は首を上下にコクコク動かして
「私もりょーくんにお酌してほしい! 大好きな人から優しく注いでもらうのも好きになれそう♪」
空になったお猪口をりょーくんの方に傾けた。
「そうこなくっちゃ♪」
りょーくんは幸せそうな笑みを浮かべながら私にお酌して……
「じゃあ私もりょーくんのを♡」
「ありがと♡」
徳利を彼から受け取り私も彼のお猪口へとお酌する。
それから、りょーくんが買ってきてくれたタコのお刺身に箸を伸ばし、ほぼ同時にタコを口に運んでお酒を一口飲むとこれまた同時に
「「んーーーーー!!!」」
と声がユニゾンしてとっても面白かった。
「りょーくん偉い!! すごく美味しい♪私の作ったおかずなんてこの際要らないよ!」
「いやいやあーちゃんの作ったおかずも食べる気なんだけど!」
「鶏肉よりもタコだよ今日は!」
「あーちゃんのご飯食べずに1日終われないから鶏肉も食べる!!」
そう言い合ってまた2人で楽しく笑う。
「嫌いっていうか……なんとなく飲みたくないっていうか」
「何か特別な理由があるの? お父さんが知らないような……」
「特別な理由って程の内容でもないんだけど……」
私はりょーくんに、酔っ払う面倒臭いお父さんを幼い頃から毎晩のように見てきた事やそれによって日本酒に良いイメージを持っていない話をした。
「そうなのかぁ……うーん……」
彼は私の話を聞いても首を傾げ唸っている。
「だって、私がよくわかってないうちから強制的な感じで『お酌して』って言われてお父さんのお猪口やぐい呑みにお酒を注がせてたんだよ? それからお酒臭い息を吹きつけられて。なんか嫌だなぁって思ってたんだよ」
「あーちゃんの意思とは関係なく強制的にさせられてたっていうなら問題なんだろうけど、多分お父さんはあーちゃんにお酌を強いるつもりはなかったんじゃないかな?」
「えっ……」
りょーくんの予想通り、お酌は強制というよりもお父さんから「お手伝いみたいなもんじゃ」と言われて始めたような覚えがある。
お酒臭い息を吹き掛けられて嫌がる私を揶揄ってガハハ笑いしてはいたけど、小学校に上がるにつれ「お酌したくない」と私が拒否したら素直に引いてくれていたし「強制」とは違う行動だった点を思い出した。
「俺はまだ父親の気持ちとか分からないけど、娘ってさぁ愛する人の小さな分身みたいな雰囲気を感じないかな? 特にあーちゃんとお母さんは見た目も声も似てるから。
世界一大好きな人をちっちゃくしたような可愛い娘に好きなお酒を酌してもらうのってお父さんにとっては夢の一つっていうか『父親としての旨み』みたいなものを感じて甘えたかったんだと思うよ」
「……」
「酒臭い息を吹き掛けるなんて迷惑極まりない行動だったかもしれないけど、1日の仕事の疲れを癒やすものの一つとして、娘との交流を楽しみにしてただけんだと思うけどな俺は」
「そうなのかな……」
お父さんの臭い息やお酌のお願いは、今の時代に即したら良い交流とは言えないかもしれない……けど、りょーくんの口から出てきた「1日の仕事の疲れを癒すもの」の言葉は今の私の心に深く沁み入った。
「そうだったんだと思うよ。現に俺は今可愛いあーちゃんにお酌してもらいたい気分なんだけど♪ 別に今日は疲れるような事してない1日ではあったけど、あーちゃんのお酌で癒されたい気持ちでいっぱい♡」
すると、向かいに座っていたりょーくんが私の隣に座りなおしてお猪口を傾ける。
「私のお酌で……今日の癒し……」
「ね? お酌、してして♪」
体を私に擦り寄せてニコニコしているりょーくんの態度がとっても可愛らしく見えてしまい……
「仕方ないなぁ♡」
と私は呟いてりょーくんのお猪口に徳利中身を注いであげる。
「ありがとうあーちゃん♡」
そしてりょーくんはお猪口の中身を全て飲み干し、ふうっと息吐くと
「うん♡ すげー幸せ♡」
ニコニコ顔を私に向けながらそう言った。
(そっかぁ……あの時のお父さんは、今のりょーくんみたいな幸せなニコニコを仕事終わりにしていたかったのかもしれないなぁ)
大好きな彼の大好きなニコニコ顔を眺めていると、お父さんの笑顔が脳裏に浮かんで彼の笑顔と重なる。
私は今日、珈琲店で接客の仕事をした訳ではないけれどお父さんお母さんが普段から触っている焙煎機と同型のものを扱い勉強した。
だからこそ、今夜のりょーくんの言葉は余計に両親の有り難みや重みを感じさせられる。
「試しに少しだけでも飲んでみれば? あーちゃんの口に合わなかったら俺もう何も言わないから」
「うん……」
大好きなりょーくんの言葉に納得をした私は、かっこいい目線を感じながらお猪口を手に持ってちょこっと唇にお酒を浸してみる。
飲むのはまだ少し怖いので浸した唇を舌で舐めて味を確かめてみた。
「あれ?」
想像してたお酒臭さは全く感じられない。
「どう?やっぱり苦手な味?」
私の顔を覗き込むりょーくんに「ちょっと待って」と制止しながら、お猪口の残りを全部口に含んで飲んでみた。
「スーッと入っていって後味がすごく甘いんだよ、このお酒」
(ワインみたいな感じ? ……ううん、喩えがちょっと違うかなぁ? かといって「水みたい」って表現するのは大袈裟な気もするし……)
とにかく体の中にスーッと入っていってほわっと香りが広がる感じがして、とても美味しいお酒だった。
「ねっ? ビックリするほど美味しいでしょ?」
私の顔をジッと見ていたりょーくんがまたニコッと笑った。
「うん! ビックリした!! この辺では売られてないレアもののお酒っていうのが納得って感じ!!」
このお酒を私達にプレゼントしてきたお父さんも凄いけど、たった一口で日本酒のイメージがガラッと変わっちゃった事そのものが凄いと思う。
「日本酒、好きになれそう?」
りょーくんの優しい問い掛けに私は首を上下にコクコク動かして
「私もりょーくんにお酌してほしい! 大好きな人から優しく注いでもらうのも好きになれそう♪」
空になったお猪口をりょーくんの方に傾けた。
「そうこなくっちゃ♪」
りょーくんは幸せそうな笑みを浮かべながら私にお酌して……
「じゃあ私もりょーくんのを♡」
「ありがと♡」
徳利を彼から受け取り私も彼のお猪口へとお酌する。
それから、りょーくんが買ってきてくれたタコのお刺身に箸を伸ばし、ほぼ同時にタコを口に運んでお酒を一口飲むとこれまた同時に
「「んーーーーー!!!」」
と声がユニゾンしてとっても面白かった。
「りょーくん偉い!! すごく美味しい♪私の作ったおかずなんてこの際要らないよ!」
「いやいやあーちゃんの作ったおかずも食べる気なんだけど!」
「鶏肉よりもタコだよ今日は!」
「あーちゃんのご飯食べずに1日終われないから鶏肉も食べる!!」
そう言い合ってまた2人で楽しく笑う。
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