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海デート

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(あれ?)

 目をつぶったままその場に10秒以上立ってもりょーくんの声がしない。

 りょーくんがリビングに居ないという訳ではない。息遣いは微かに聞こえるから。

「…………」

 真澄のお披露目の直後、りょーくんはあんなに褒めていたっていうのに、私の時は無言っていうか……息遣いしか本当に聞こえなくって

「あ……えっと…………りょーくん……どうかな? 私の水着……変かな?」

 恐る恐る目をゆっくりと開きながら息遣いの聞こえる方へ体も顔も向けてみると

「…………」

 両目を大きく丸く見開き、無言で私の胸へと釘付けになっている彼の姿があった。

「えっ……や、やだぁ!」

(りょーくんってば私の胸をメチャクチャ見てる!! っていうか見過ぎっ!!)

 視線が私の胸にきてるのが丸分かりで、私はサッと両手で胸を覆い隠す。

「ダメだって朝香。ちゃんと見せてあげないと!」

 なのに真澄の手によって胸を隠していた両手を手首ごと掴まれ、水着姿をまた彼の目線の元へと晒してしまう。

「やば」

 顔が熱くなってきて顔を俯かせようとしたらりょーくんの声がボソッと聞こえてきた。

「へ?」

 意味が分からなくて再び顔をあげると

「いいよ……あーちゃんの水着、すっごくいい」

 りょーくんは頬も耳も真っ赤にしていて、私の水着姿に対して呟くように褒め始めた。

「ねー! いいに決まってるじゃないだってこの私が朝香の水着コーデしてあげたんだから!!
 クロスワイヤービキニって言って、ビキニの前に長い布地があって、これを背中側に結んでるの。肩紐は外せるから外してこれでホルターネックにしてもいいし、ワンショルダーにしてもいいし、前でリボンを作っても良いのよ♪」

 ある意味私達カップルの静かな雰囲気を真澄はぶち壊し、水着の説明しながら背中で止めていた部分を結び直してテキパキといろんなビキニスタイルに変えていく。

「あーちゃんセクシーかつ可愛くて似合ってるよ! すっごく良いよ!
 っていうか、ビキニの色が赤だったのが意外過ぎて言葉を失っちゃったよ!!」

 鼻を押さえながら口々に言うりょーくんを目の当たりにしながら

「本当に? 私、本当に似合ってる?」

 と信じられない気持ちになりながら彼に訊くと

「似合わないわけないって! すげぇ可愛くてセクシーでむしろこのまま抱きたいっていうか!!」

 りょーくんは更に私との距離を詰めてくる。

「だっ……抱きたいって、いやあぁんっ♡」

(どうしよう……真澄の前で熱烈に抱きつかれちゃうっ!)

 軽いハグくらいの「抱く」なら良いけど、きっとりょーくんの「抱きたい」はそれよりも意味合いは強い筈だ。

 近付くりょーくんに「あわわ」と焦っていると、真澄が私をくるりと180度身体を向かせて

「はいお披露目しゅーりょー! 続きは明日ねー!」

 とりょーくんに言いながら私を部屋へと連れ戻った。

「なんだよ矢野!! 折角近くでじっくり見ようと思ったのに!」

 りょーくんの文句を廊下を挟んだ距離から聞きながら真澄と部屋に戻りパタンとドアを閉めて

「はぁ……」

 深く息を吐きながら、私はヘナへナと床に座り込む。

「良かったね朝香。亮輔くんに喜んでもらえたみたいで」

 水着を着た時と同じくらいのスピードで脱ぎだす真澄を私は見上げ

「喜び過ぎな気もするけどねー」

 とボヤきながら私は再び立ち上がり水着を脱ぎ始めた。

(りょーくんが喜んでくれたのは嬉しかった……すっごく)

 着替えて水着を綺麗に畳んでバッグの中に詰め直していたんだけど、彼の喜びの反応を思い返してつい口元をニヤつかせる。

「朝香の性格からして赤は絶対に選ばないって亮輔くんは思い込んでいたと思うの! だからこそあの無言の驚きリアクションは面白かったなぁ」

 私よりも素早く支度し終えた真澄は床に敷いた布団へバフッとダイブしながらケラケラ笑っていた。

「無言の……驚きリアクション?」
 
 真澄に結ってもらった髪を解きながら私が振り向くと、真澄はこちらを見つめ返してウンウン頷いている。

「朝香は恥ずかしさだとか不安だとかで目を瞑っていたでしょ?
 彼氏彼女の関係なんだからこそ、亮輔くんの一挙手一投足を見逃さないようにしておかなくちゃ! パートナーのリアクションの一つ一つは一生の思い出になるんだからさっ」
「……そんなに面白いリアクションだったんだ?」
「もちろんっ! 朝香が目を瞑って見逃したのはもったいなかったって思うよ!」

 スタイルが良くてどんな水着でも着こなせてしまうオシャレな真澄に気が引けてしまった私だけど、りょーくんだって私の水着姿を期待していたんだという根本的な部分に今更気付く。

(真澄が面白がったりょーくんのリアクション……ちゃんと見ておけば良かったなぁ)

 今更ながら、あの時10秒以上無言を貫き息遣いしかしていなかったりょーくんが一体どんな顔をしていたのか気になってしまった。
 もう見れないのが悔しいし、目を瞑っていた自分の行動が本当にもったいなかったと反省する。
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