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12月篇

12月篇第3話: 幼なじみが喚声に鈍感すぎて困ってます

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 12月24日。土曜日。世間的にはクリスマス・イブ。

 そんな日の朝に、僕は。

「それにしても……。ウチの中に入るのは久々だねえ、ユウちゃん」

「……そう、かな」

「毎朝毎朝、シュウスケのお守り頼んじゃってごめんねー」

「それは……ハハハ」

 シュウスケの母さんに乾いた笑いを返していた。休日の朝というわりにはしっかりぱっちりお目覚めモードの、元気な声。ショートヘアを揺らしながら楽しそうに笑う姿は、シュウスケママらしさがたっぷりだった。

 朝のもものえ邸。シュウスケの父さんはいつも通り、土曜は朝からジム通い。平日は割と遅くまで仕事をしているようだが、本当にアグレッシブな人だ。身体を動かして汗をかくことが、なによりもストレス解消なのも知れない。以前、ジム帰りのシュウスケパパと会ったときは、もう。それはそれは、健康的な大胸筋あたりに清々しいまでの汗を少しだけ浮かべて、気持ちの良さそうな顔をしていた。

 今日・明日は、ルミとエリカちゃんの学校の学園祭――おううん祭が開催される。そんなタイミングで実に運の良いことに、互いの部活が休みだった。こんな珍しいこともない。

 ということで、いっしょに行こうとシュウスケを迎えに来たわけだが。

 この有り様である。

 ――シュウスケは、まだ寝ていた。

 昨日の部活が遅くまであったらしく、まだ疲れが取り切れていないらしい。平日でも稀にこういうことはあった。今日が土曜日と言うことで、シュウスケの神経のいくつかがだいぶ緩みを見せているのかもしれなかった。

 出直してこようかとも思ったのだが、そこを引き留めたのが他ならぬシュウスケママ。ぐいぐいと腕を引かれて、ダイニングテーブルに座らされ、目の前にはコーヒー。あまりにも流れるような動作だったおかげで、何も言えぬままコーヒーをすする僕。ちょっと諦めムード。

「そうそう」

 シュウスケママが何かを思い出したように、さらに明るい声になった。

「この前の修学旅行のお土産、ありがとうねー」

「あ、ああ……」

 そういえば、夫婦円満杓文字はシュウスケもエリカちゃんも、どちらも両親に渡した――というか押しつけたのだろうけど――と言っていた。シュウスケママの視線を追えば、リビングのテレビ台にちょっとイイ感じのスタンドを添えられて飾ってあった。――そんな厳かな扱いをしなくても。ちょっと苦笑い。

「そうそう。そこに飾らせてもらってるのよ。……アレねー。ちょっとやくあったわよ?」

「え、ほんとに?」

「うん。もらった翌日に、パパのへそくり見つけちゃってねー」

「へ、へー……」

 それは、……どう判断するべきなんだ?

 夫婦円満の御利益というには、どうにもママさん側にパワーバランスが傾きすぎのような気がするが。――その結果としては、ある意味家内が円満になっているのかもしれないけど。

「おはよー」

「おはよう。ご飯? パン?」

「んー、ご飯で。……って、ユウイチじゃん」

「お邪魔してるよ」

 シュウスケくん、お目覚めである。眠そうにくるかと思ったが、案外覚醒している。ベッドでぐだぐだとやっていたのだろうか。――この野郎。

 ひとまず顔を洗いに洗面所へと向かったシュウスケをチラリと見たママさんは、直ぐさま話題をこちらに向けてくる。

「……最近どう、ユウちゃん?」

「どう、って?」

「お勉強がんばってるかなー、って」

「……まぁ、ぼちぼちかな」

 というか、きっとウチの母さんからそれなりの情報は行っているはずなのだけど。やっぱりそこは直接訊きたいものなのだろうか。

「ウチの方はともかく、ユウちゃんとこって進学校でしょう? 部活もやってて大変なんじゃない?」

「やー、結構慣れましたよ?」

「そうなの? この前シュウスケがねー、『テスト近付いてくると老け込む』って言ってたから、おばさん心配になっちゃって」

「……ンの野郎」

 老け込む、ってなんだよ。そんな覚えはない。

 ――これは後でちょっとした教育が必要かも知れないな。



     ○



 学園祭の出店でおごらせるという言質を取りつつ、いつも通りに私鉄沿線を通りつつ。

 向かう先は、これまたいつも通りのほしのみやおおどおりさんばんがい駅。

 ここまではいつもと同じ登校経路なのだが。

「あんまりこっちの方って来ないよなぁ」

「来る理由自体、あんまり無いからな」

「……そうなんだよなぁ」

 仕方が無い。

 僕が通うつきかり高校も、シュウスケが通うおん学園高校も、この駅を降りれば地下鉄に乗り換えて北の方へと向かう。今向かっている先、星宮おううん女子高校はこの駅を降りるとそのまま西の方へと向かうことになる。

 いつもシュウスケと行く本屋などがあるエリアはここよりも北東側だし、たまに行く中央体育館もここから東側。西側にあるのは桜雲女子高と、その敷地にほど近いところにある都市型公園、ゆみはり公園。あとはコンサートホールだったり、植物園だったり。――言ってしまえば、僕らにはあまり縁の無い建物が多い。

「結局1年ぶりか?」

「そう、だなぁ」

 僕は、去年の桜雲祭以来だから1年ぶりだ。シュウスケの口ぶりからすれば、こいつもそうなのだろう。その辺でわざわざ嘘をつくとは思えなかった。

 見慣れない風景をぼんやりと見渡しながら、雪が踏み固められた歩道を行く。学生のような男女の姿――どちらかと言えば、僕らと同世代は男子の方が多そうだが――がある。

「みんな学祭だろうか」

「そうだろうよ、そりゃ」

 まぁ、そうだろうな。言うまでもない。

 ぱらぱらと聞こえてくる男子諸君の台詞は、――ちょっと明け透けすぎて胸焼けがしてくる。わかりやすすぎて絶対に警戒されるだろうし、そもそも結構な頻度で全教員が校内を巡回するということを知らないのだろうか。あまり羽目を外さない方がイイと思う。

 苦笑いをマフラーで隠しながら歩けば、校内敷地はもうすぐ。ここまで来れば、桜雲の生徒達の比率が一気に高くなる共に、学校祭ムードも高まってくる。元気な呼び込みの声とパンフレットやプログラムの類いが猛烈な勢いで押し寄せてきた。

 ――が。

「すごいなぁ」

「だな」

 他人事のような言い方をするシュウスケに、ちょっとだけため息。

 すごいのは明らかにシュウスケに向けられていると思われる女子達の視線だ。その視線たちに何かしらの色を付けるならば、間違いなく黄色になっているだろう。ふたりとか3人組になっている女子たちは、互いの服の袖を引っ張りながらも視線をこちらに向けてきている。

 それにしても、随分和装が多いなぁ。

 ――と、それは今は置いておくとして。

 昔っから目立つんだよなぁ、シュウスケは。

 背が高いのもあるし、顔が嫌み無く整っているから、これはもう諦めの境地。ヤツと連むにはこれくらいは受け容れる必要があるわけで――。

「ユウイチ、お前、人気あるな」

「……は?」

 ――何だって?

「めっちゃキャアキャア言われてるぞ、お前」

「何を言うか。どっからどう見たってシュウ向けの歓声だぞ」

「いやいや」

「いやいやいや」

「いやいやいやいや」

「いや待て。何かしらの言葉遊びゲームをやる気は無いぞ」

 エンドレスループ、再び。的な。

 そもそも逆ナンパ回数なら、明らかにシュウスケの方が上だ。こっちはあくまでも添え物。間違ったってそんなことはない。

「……んなこたぁどうだって良くってだ。まずはどうするか、って話だ」

 通路から少し離れたところで、さっき受け取ったパンフレットを広げる。紫苑寺学園と負けず劣らずの敷地は、こちらも全体像なんて把握できていない。まずは迷わないで移動できるかがポイントだ。

「エリカちゃんって結局どうだって言ってた?」

「昼くらいには休憩取れるからその時に会おう、とは言ってたけど……。ルミちゃんは?」

「こっちも同じだ」

 なるほど、打ち合わせ通りということか。そりゃそうか。そこで別れる必要も無い。たしか今年もあのふたりは同じクラスだという話だし。

「……何組だっけ、あいつら」

「たしかD組で……」

 パンフレット精査タイム。資料の流し読みの要領で一気に読み進めると。

 2年D組の出し物としては自分の教室でやるようだが、それともうひとつ。紫苑寺学園と似たようなスタイルで、学年単位での出し物があるようだ。それの会場が――。

 ――――ん?

「あ、あった。……ここ、か?」

「中央食堂3階……?」

 食堂、3階建てなの? でかくない? っていうか、去年こんなのあったっけ?

「けっこう、でかいな。これ」

「そうだな」

 時計を見れば、もうしばらく待てば昼を迎えるくらい。

「なあ、ユウイチよ」

「どうした」

「エリカは、ちょっと早めに来てね、とも言ってんだけども」

「偶然だな。ルミもだ」

「だったらさぁ」

「おう」

 互いに黒い声を出す。

「さらに早く行くよな?」

「そりゃあな」

「だよな」

 ――待ち合わせで女の子を待たせるのは、きっと重罪なのだから。

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