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10 女神になるための準備
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「オーロラ、やっと準備が整ったんだ。さあ、今から支度をしてくれ」
次の日、陛下が部屋にやって来るなり放った第一声だった。
それから数十分後、陛下が出て行くなり部屋に入ってきた女性たちの手により、私は訳も分からぬまま、あれよあれよという間に飾り立てられた。
「お化粧とドレスの着付けは終わりました。ぜひ、お姿をご確認ください」
ある一人の女性の声掛けにより、部屋の一角にある大きな姿見の前に移動する。そして、促されるまま鏡に映る自身の姿を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。
――うそ……。
これ、本当に私……?
緻密な金糸の刺繍や宝石で装飾された口元を覆うフェイスベールをヒラリと摘み、改めて目の前の鏡を見つめる。
するとやはり、そこに映されるのは、陛下の周りにいた美女のような見目になった、驚き顔をした自身の姿だった。
メイクの力って、時代や世界は関係なくすごいのね。なんと恐るべし。目覚しいほどの垢抜け具合じゃない。
なんて驚く私は、高貴さ、いや……もはや女神をも彷彿させんとばかりの、鮮烈でありながらも保守的なデザインのドレス類にも目を向けた。
今、私が身に着けている白地のノースリーブドレスは、恐らくシルク素材。それも最上質のものだろう。少し撫でただけで、トゥルトゥルとした柔らかい肌触りが指を伝う。
しかも、このドレスは私が右に左に適当に身体を捻っただけで、上品かつ神秘的な輝きを放った。金糸の刺繍や宝石、ドレープやギャザーの完璧に計算し尽くされた配置や設計が、それを可能にしているのだろう。
また、そこに宝石散らばるレースのショールと大層豪華なネックレスが加わったことで、ただのメイドでしかない私が女神に見えるかのような風貌が成立していた。
「生き神様、御手元を失礼いたします」
自身の別人のような姿に見入っていると、私を着付けていた女性が声をかけてきた。それにより、女性が手に持ったあるものの存在に気付いた。
「あの、まさか……それも着けるのでしょうか?」
「はい。陛下が直々に、このドレスによく映えるはずだとお選びになられたものでございます」
だから着けろよ。そんな笑顔で、女性がにっこりと微笑みかけてくる。もちろん彼女の目の奥は笑っていない。
「そう、ですか……」
着けたくない。だけど、跳ね除けるわけにもいかない。そんな私は、結局されるがまま両手首に加わった重みに目をやり、密かに心を沈めた。
細工が凝っていて、まるで美術品のような美しさ。でも、この金でできた太く重たいカフバングルは、今の私にとって人生を剥奪するための枷以外の何物でもなかった。
「生き神様、非常にお似合いです。お綺麗ですよ」
私の心情はどうでも良さそうに、カフバングルを着けてくれた女性が形式的に褒めてくれる。その言葉に、私はつい自嘲の笑みが出そうになったが、慌ててグッと堪えた。
「では、最後の仕上げですね」
女性は私の言葉を待つでもなく淡々と告げると、おもむろに扉へと目を向けた。
――なぜ扉の方を向くのかしら。
そもそも、仕上げってこれ以上何をするの?
不思議に思い、つられて私も扉に目を向ける。
すると、タイミングを合わせたように扉が開かれ、その向こう側から陛下がひょっこりと顔を覗かせた。そして、私の姿を見つけるなり、彼は喜色満面で走り寄ってきた。
「オーロラ! なんと……ここまで美しくなろうとは……!」
感心するような陛下の視線が、私の全身をなぞる。その不躾な視線による気まずさに耐えかね、私は思わず目を伏せた。すると、横から女性の声が耳に飛び込んできた。
「陛下、実は最後の工程が残っております」
「最後の工程?」
「はい。せっかくですので、ぜひ陛下にお願いしたく入っていただきました」
そう言うと、女性は自身の手に持っていた箱を開き、陛下に向けて差し出した。その瞬間、怪訝そうだった陛下の口元が、三日月のような弧を描いた。
「……そなた、名は何と申す」
「はい、陛下。ダリアと申します」
「ふむ……。それなりに気が利くようだな。あとで褒美をやろう」
陛下の言葉に、作戦が成功したというように女性がほくそ笑む。
「ありがとう存じますっ……」
心から嬉しいとでも言うような声を出す女性。そんな彼女に陛下は冷笑を返した。
その直後、私に視線を戻した陛下は、さきほどの嘲るような冷笑は嘘かと思うほどの、とろけるような笑みで声をかけてきた。
「オーロラ、余が着けてやるからな」
語尾にハートが見えそうだ。なんて思っていると、陛下は女性が持つ箱の中から、月桂樹の葉を象った土台で作られた、キラキラと輝くラリエットタイプのティアラを取り出した。
彼はそのダイヤモンドの輝きを、私の頭にそっと載せる。そして装着し終えると、お手伝いを完遂した子どものように、満足そうな笑みを浮かべた。
「女神が降臨したと、皆が感動する姿が想像できるな」
額の中央部に感じる大きな石のひんやりとした感触に気を取られていた私は、陛下のその言葉を聞き我に返った。
「皆って、どういうことでしょうか? それに、この格好……いったい何の支度を――」
「オーロラ」
私の言葉を遮るように、陛下が私の名を呼びながら人差し指を口元に押し付けてきた。そのあまりの気持ち悪い行動に、私は絶句し後ずさる。
すると、陛下は私が落ち着いたと勘違いしたのだろう。フッと笑みを零し言葉を続けた。
「気になる気持ちは分かるが、説明するより見た方が早い。さあ、行こう。そなたを熱望する者たちが待っている」
陛下はそうやって意味不明なことを告げると、何の断りもなく私の手を掴んだ。そして、エスコートと強引さを履き違えたような所作で、私を連れて歩き出した。
――いったいどこに行く気なの?
通ったことの無い道を歩いているため、まったく行先の見当がつかない。だが、もう少し歩いて行くと、その場所が判明するときがやって来た。
それは、陛下が目の前に現れた扉を開けた時のことだった。
――まさか……ここって……。
私たちが陛下の居間から辿り着いたところ。
それは紛れもなく、この国で最大の規模を誇る聖域、ミドルガ大神殿だった。
次の日、陛下が部屋にやって来るなり放った第一声だった。
それから数十分後、陛下が出て行くなり部屋に入ってきた女性たちの手により、私は訳も分からぬまま、あれよあれよという間に飾り立てられた。
「お化粧とドレスの着付けは終わりました。ぜひ、お姿をご確認ください」
ある一人の女性の声掛けにより、部屋の一角にある大きな姿見の前に移動する。そして、促されるまま鏡に映る自身の姿を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。
――うそ……。
これ、本当に私……?
緻密な金糸の刺繍や宝石で装飾された口元を覆うフェイスベールをヒラリと摘み、改めて目の前の鏡を見つめる。
するとやはり、そこに映されるのは、陛下の周りにいた美女のような見目になった、驚き顔をした自身の姿だった。
メイクの力って、時代や世界は関係なくすごいのね。なんと恐るべし。目覚しいほどの垢抜け具合じゃない。
なんて驚く私は、高貴さ、いや……もはや女神をも彷彿させんとばかりの、鮮烈でありながらも保守的なデザインのドレス類にも目を向けた。
今、私が身に着けている白地のノースリーブドレスは、恐らくシルク素材。それも最上質のものだろう。少し撫でただけで、トゥルトゥルとした柔らかい肌触りが指を伝う。
しかも、このドレスは私が右に左に適当に身体を捻っただけで、上品かつ神秘的な輝きを放った。金糸の刺繍や宝石、ドレープやギャザーの完璧に計算し尽くされた配置や設計が、それを可能にしているのだろう。
また、そこに宝石散らばるレースのショールと大層豪華なネックレスが加わったことで、ただのメイドでしかない私が女神に見えるかのような風貌が成立していた。
「生き神様、御手元を失礼いたします」
自身の別人のような姿に見入っていると、私を着付けていた女性が声をかけてきた。それにより、女性が手に持ったあるものの存在に気付いた。
「あの、まさか……それも着けるのでしょうか?」
「はい。陛下が直々に、このドレスによく映えるはずだとお選びになられたものでございます」
だから着けろよ。そんな笑顔で、女性がにっこりと微笑みかけてくる。もちろん彼女の目の奥は笑っていない。
「そう、ですか……」
着けたくない。だけど、跳ね除けるわけにもいかない。そんな私は、結局されるがまま両手首に加わった重みに目をやり、密かに心を沈めた。
細工が凝っていて、まるで美術品のような美しさ。でも、この金でできた太く重たいカフバングルは、今の私にとって人生を剥奪するための枷以外の何物でもなかった。
「生き神様、非常にお似合いです。お綺麗ですよ」
私の心情はどうでも良さそうに、カフバングルを着けてくれた女性が形式的に褒めてくれる。その言葉に、私はつい自嘲の笑みが出そうになったが、慌ててグッと堪えた。
「では、最後の仕上げですね」
女性は私の言葉を待つでもなく淡々と告げると、おもむろに扉へと目を向けた。
――なぜ扉の方を向くのかしら。
そもそも、仕上げってこれ以上何をするの?
不思議に思い、つられて私も扉に目を向ける。
すると、タイミングを合わせたように扉が開かれ、その向こう側から陛下がひょっこりと顔を覗かせた。そして、私の姿を見つけるなり、彼は喜色満面で走り寄ってきた。
「オーロラ! なんと……ここまで美しくなろうとは……!」
感心するような陛下の視線が、私の全身をなぞる。その不躾な視線による気まずさに耐えかね、私は思わず目を伏せた。すると、横から女性の声が耳に飛び込んできた。
「陛下、実は最後の工程が残っております」
「最後の工程?」
「はい。せっかくですので、ぜひ陛下にお願いしたく入っていただきました」
そう言うと、女性は自身の手に持っていた箱を開き、陛下に向けて差し出した。その瞬間、怪訝そうだった陛下の口元が、三日月のような弧を描いた。
「……そなた、名は何と申す」
「はい、陛下。ダリアと申します」
「ふむ……。それなりに気が利くようだな。あとで褒美をやろう」
陛下の言葉に、作戦が成功したというように女性がほくそ笑む。
「ありがとう存じますっ……」
心から嬉しいとでも言うような声を出す女性。そんな彼女に陛下は冷笑を返した。
その直後、私に視線を戻した陛下は、さきほどの嘲るような冷笑は嘘かと思うほどの、とろけるような笑みで声をかけてきた。
「オーロラ、余が着けてやるからな」
語尾にハートが見えそうだ。なんて思っていると、陛下は女性が持つ箱の中から、月桂樹の葉を象った土台で作られた、キラキラと輝くラリエットタイプのティアラを取り出した。
彼はそのダイヤモンドの輝きを、私の頭にそっと載せる。そして装着し終えると、お手伝いを完遂した子どものように、満足そうな笑みを浮かべた。
「女神が降臨したと、皆が感動する姿が想像できるな」
額の中央部に感じる大きな石のひんやりとした感触に気を取られていた私は、陛下のその言葉を聞き我に返った。
「皆って、どういうことでしょうか? それに、この格好……いったい何の支度を――」
「オーロラ」
私の言葉を遮るように、陛下が私の名を呼びながら人差し指を口元に押し付けてきた。そのあまりの気持ち悪い行動に、私は絶句し後ずさる。
すると、陛下は私が落ち着いたと勘違いしたのだろう。フッと笑みを零し言葉を続けた。
「気になる気持ちは分かるが、説明するより見た方が早い。さあ、行こう。そなたを熱望する者たちが待っている」
陛下はそうやって意味不明なことを告げると、何の断りもなく私の手を掴んだ。そして、エスコートと強引さを履き違えたような所作で、私を連れて歩き出した。
――いったいどこに行く気なの?
通ったことの無い道を歩いているため、まったく行先の見当がつかない。だが、もう少し歩いて行くと、その場所が判明するときがやって来た。
それは、陛下が目の前に現れた扉を開けた時のことだった。
――まさか……ここって……。
私たちが陛下の居間から辿り着いたところ。
それは紛れもなく、この国で最大の規模を誇る聖域、ミドルガ大神殿だった。
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