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4章 ベイツの過去
40話 感謝の忘却
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お父さん、お母さん、悠太、光希。
今、私の頭上では、大樹様が木の言語でず~~~っと愚痴を言い続けています。私が話し合いをしましょうと言ってから、ずっとこの愚痴攻撃です。
もうかれこれ、2時間くらい続いています。
私は話を真剣に聞きつつ、時折相槌を打っています。
この愚痴、一体いつ終息が訪れるのでしょう?
大樹様は約100年前からストレスを抱えていたようで、始めの愚痴は105年前から始まり、そこから順次時間が経過していき、現在は83年前の愚痴を聞かされている。100年程前に起きた出来事を、よくそこまで細かく覚えているよね。しかも、相当腹が立つのか、時折根っこで地面を叩いているわ。
一番多く聞かされる愚痴が、[願いを祈願した者がそれを叶えられなかった時の報復]と、[怨みによる懇願]の2つだ。
[願いを祈願して、それが叶えられなかった時の報復]
願いが叶わなかった場合、祈願者はその鬱憤を大樹様に延々と愚痴としてネチネチと小声で言い続ける。『お前がもっと力を与えてくれれば、俺は合格したんだ‼︎ 樹齢1000年と聞いたから、遠路はるばる来て祈願したってのに、役立たずじゃねえか』『私の彼が二股かけていたじゃないの‼︎ あんたに彼との結婚をお願いしたのに、結婚どころか破局したわ!! どうしてくれるの、この木屑野郎‼︎』などなど、皆が様々な理由で大樹様を逆恨みする。その腹いせに、ナイフなどで大樹様を何度も何度も斬りつけ、ストレスを発散させてから帰っていく。
[怨みによる懇願]
強い怨恨を持つ者が平民の場合、必ずしも相手に復讐を果たせるわけではない。相手が貴族の場合、返り討ちに遭ってしまう。だから、平民は貴族を呪い殺そうと、深夜に大樹様のもとに訪れる。今から80年前まで、人々は〈樹齢1000年を超える樹を媒介に【呪】を行使することで、相手に多大な不幸を見舞わせることができる〉……という迷信を信じ、強い恨みを持つ平民たちが、こぞって深夜に大樹様の元を訪れ、[藁人形][五寸首][金槌]を用意して、只管木に藁人形を打ち付けて、呪の言葉を発していく。寝ている大樹様にとっては良い迷惑で、一時期鬱になりかけていたらしい。途中から、風魔法でそういった連中を一掃していたら、深夜に誰も来なくなった。
こういった愚痴を聞き続けることが、こんなに苦痛だと思わなかった。
お母さんも、ご近所の奥様方とレストランで愚痴大会を週1回開き、互いに数時間延々と愚痴を言い続け、日頃抱えている鬱憤を晴らしていると聞いたことあるけど、日本の主婦も今の大樹様のように大声で叫びながら言っているのかな? そういえば、お母さんからその話を聞かされた時、私は気になることがあったから、1つ質問したんだ。
「お母さん、2時間近く話し合って疲れないの?」
「それが、全然疲れないのよ。疲れるどころか、日頃の鬱憤を全て言えたおかげで、みんなの心もスッキリよ。だから、その日は焼肉食べ放題に連れて行ったでしょう?」
「あ、やけに機嫌が良いと思ったら、そういう理由があったんだ!!」
心に抱える愚痴を全て外に出せば、その人はストレスから解放される。ということは、大樹様の100年分の愚痴を聞き続けたら、機嫌も完全に治るのかな?
でも、100年分となると、一体何日かかるの?
私は、小声でフリードに聞いてみる。
「フリード、100年分聞いてあげた方がいいよね?」
すると、黒猫で表情のわかりにくいフリードも、露骨に嫌な顔を浮かべた。
「冗談じゃありませんよ。大樹の気持ちもわかりますが、相手が木である以上、こちらから何も言わなければ、休憩なしで永久に愚痴を言い続けますよ」
う、それは嫌だ。
私がどうしようか悩んでいると、不意に後方から男性の声が聞こえてきた。
「お~いフリード、そろそろ俺を話に入れてもらえないか?」
私が振り向くと、そこにいたのは40歳くらいの筋肉マッチョの男性だった。
「ガロード、いたのなら声をかけてくれれば良いものを」
この人がベイツさんの旧友、ガロードさんなんだ。彼のおかげで、大樹様の愚痴も止まったわ。
「声をかけるタイミングを、ずっと窺っていたんだよ。馬鹿でかい魔力が俺のいる場所まで届いていたから、急いで現場に向かったんだが、その道中、怒りの奔流と化した魔力が次第に落ち着いてきたと思ったら、5日間続いていた嵐も急に収まるし、今度は『ギギギギギギ』とかいう言葉で、大声が街中に響いてきたんだ。ここに到着してお前たちを眺めていたら、会話内容こそ理解不能だが、雰囲気から察するに、ただの愚痴を聞かされていると踏んだから、今まで黙っていたのさ」
う、ガロードさんが身も蓋もないことを言ったわ。
「あの大樹は、心に相当な鬱憤を溜め込んでいたようですね」
今のうちに、私も挨拶しておこう。
「ガロードさん、はじめまして。咲耶と言います。大樹さんは魔物化しましたが、もう大丈夫です」
あれ? いつの間にか、遠くの方に大勢の野次馬たちがこっちを見ているわ。今の大樹様は魔力を放出していないし、怖い雰囲気もないから、興味本位で近づいてきたんだ。
「君が咲耶か、ベイツから聞いている。私はリリアム支部冒険者ギルド・ギルドマスターのガロードだ。君のおかげで、街のみんなは威圧からか解放されたようだ。礼を言わせてくれ。まずは大樹の要望を聞きたいから、仲介役に入ってもらえないだろうか?」
「わかりました」
ようやく、前に進むことができる。大樹様の要望をできるだけ叶えてあげて、元の精霊に戻ってもらおう。
○○○
キッカケは、130年程前に起きた【技術革新】だった。私と同じ前世持ちの人たちが、国内のあらゆる分野で活躍したことで、国そのものが栄えていき、今の技術の基盤が出来上がった。これにより生活水準も向上したことで、多くの人々が笑顔で暮らせるようになった。技術革新が起きるまで、大樹様も人々から崇拝されており、自分の出来る範囲で、人々の願いを叶えていったのだけど、時が経つにつれ、訪れる人々も少なくなっていき、崇拝度も減少していった。
30年程経過しても、国内の生活水準は高い状態を維持しており、様々な魔道具が開発された影響で、都市間の利便性も大きく向上した。リリアムの街は交易都市となり、大樹様のもとには大勢の人々が訪れるようになったのだけど、全員が大樹様の本質を理解していないせいで、自分本位の願いを言うようになってしまい、それがストレスの原因となってしまう。
「なるほどな、そんな事が100年も続けば、大樹様もお怒りになるわな」
大樹様から語られる内容が、私を経由してガロードさんに伝えられる。彼も私と同じく、大樹様に同情しているみたい。
『そうだろう!! しかもだ、85年前に私の理解者となる冒険者の男をやっと見つけたと思ったら、そいつは3ヶ月後に大病を患い死んでしまった。そこからは、ストレスが溜まって溜まって、時折地域一帯に大雨を降らし洪水を起こして、傲慢になった奴らの困る姿を見て、ストレスを発散していた』
これはルウリに教わったことだけど、精霊を怒らせたら、善人悪人に関係なく、その地域一帯に住む人々に不幸が襲う。だからこそ、人々は精霊を怒らせないよう、大切に向き合い、敬わないといけない。
でも、リリアムの街に住む人々は、大樹様が精霊であることすらも忘れてしまったのね。大樹様から伝えられた内容と私の見解をガロードさんにそのまま伝えると……右手で顔を覆った。
大樹様のストレス発散で亡くなった人々も大勢いると思うけど、大半の責任は【大樹】という精霊の存在を忘れた住民全員にある。
「なあ咲耶、大樹様は昔のように自分を崇拝してほしいってことだよな?」
「そうですね。文明が発達し便利になり過ぎて、精霊様の存在と感謝を忘れているのだと思います」
日本にいるお父さんやお母さんも、神様やご先祖様への感謝を日々忘れず、勉学に励み生活することって、常日頃から言っていたわ。
「感謝…か、大樹様の存在を軽視した結果が、今に至るということか。咲耶、前世の日本ではこういった木々をどうしているんだ?」
『ほう、咲耶は記憶持ちか? 尚更、其方の意見を聞きたい』
日本で樹齢1000年を超える木々となると、神社仏閣では大切に祀られているわ。大樹様を傷つけないよう、柵で囲み、お参りできるよう賽銭箱と大きな鳥居を作る。あとは……そうだ、大樹様が如何に大切な存在であるかをわからせるため、大きな立て札を立てて、大樹様の存在意義を周囲に知らしめたり、その神聖さをアピールさせるため、周囲の地面を綺麗な石で敷き詰め、石畳の参道を作っていたわ。
でも、その情景を言葉で言い表すのは難しい。かといって絵で描こうにも、かなりの時間がかかる。
………そうだ!!
こんな時こそ、スキル[異世界交流]の出番だよ!!
今、私の頭上では、大樹様が木の言語でず~~~っと愚痴を言い続けています。私が話し合いをしましょうと言ってから、ずっとこの愚痴攻撃です。
もうかれこれ、2時間くらい続いています。
私は話を真剣に聞きつつ、時折相槌を打っています。
この愚痴、一体いつ終息が訪れるのでしょう?
大樹様は約100年前からストレスを抱えていたようで、始めの愚痴は105年前から始まり、そこから順次時間が経過していき、現在は83年前の愚痴を聞かされている。100年程前に起きた出来事を、よくそこまで細かく覚えているよね。しかも、相当腹が立つのか、時折根っこで地面を叩いているわ。
一番多く聞かされる愚痴が、[願いを祈願した者がそれを叶えられなかった時の報復]と、[怨みによる懇願]の2つだ。
[願いを祈願して、それが叶えられなかった時の報復]
願いが叶わなかった場合、祈願者はその鬱憤を大樹様に延々と愚痴としてネチネチと小声で言い続ける。『お前がもっと力を与えてくれれば、俺は合格したんだ‼︎ 樹齢1000年と聞いたから、遠路はるばる来て祈願したってのに、役立たずじゃねえか』『私の彼が二股かけていたじゃないの‼︎ あんたに彼との結婚をお願いしたのに、結婚どころか破局したわ!! どうしてくれるの、この木屑野郎‼︎』などなど、皆が様々な理由で大樹様を逆恨みする。その腹いせに、ナイフなどで大樹様を何度も何度も斬りつけ、ストレスを発散させてから帰っていく。
[怨みによる懇願]
強い怨恨を持つ者が平民の場合、必ずしも相手に復讐を果たせるわけではない。相手が貴族の場合、返り討ちに遭ってしまう。だから、平民は貴族を呪い殺そうと、深夜に大樹様のもとに訪れる。今から80年前まで、人々は〈樹齢1000年を超える樹を媒介に【呪】を行使することで、相手に多大な不幸を見舞わせることができる〉……という迷信を信じ、強い恨みを持つ平民たちが、こぞって深夜に大樹様の元を訪れ、[藁人形][五寸首][金槌]を用意して、只管木に藁人形を打ち付けて、呪の言葉を発していく。寝ている大樹様にとっては良い迷惑で、一時期鬱になりかけていたらしい。途中から、風魔法でそういった連中を一掃していたら、深夜に誰も来なくなった。
こういった愚痴を聞き続けることが、こんなに苦痛だと思わなかった。
お母さんも、ご近所の奥様方とレストランで愚痴大会を週1回開き、互いに数時間延々と愚痴を言い続け、日頃抱えている鬱憤を晴らしていると聞いたことあるけど、日本の主婦も今の大樹様のように大声で叫びながら言っているのかな? そういえば、お母さんからその話を聞かされた時、私は気になることがあったから、1つ質問したんだ。
「お母さん、2時間近く話し合って疲れないの?」
「それが、全然疲れないのよ。疲れるどころか、日頃の鬱憤を全て言えたおかげで、みんなの心もスッキリよ。だから、その日は焼肉食べ放題に連れて行ったでしょう?」
「あ、やけに機嫌が良いと思ったら、そういう理由があったんだ!!」
心に抱える愚痴を全て外に出せば、その人はストレスから解放される。ということは、大樹様の100年分の愚痴を聞き続けたら、機嫌も完全に治るのかな?
でも、100年分となると、一体何日かかるの?
私は、小声でフリードに聞いてみる。
「フリード、100年分聞いてあげた方がいいよね?」
すると、黒猫で表情のわかりにくいフリードも、露骨に嫌な顔を浮かべた。
「冗談じゃありませんよ。大樹の気持ちもわかりますが、相手が木である以上、こちらから何も言わなければ、休憩なしで永久に愚痴を言い続けますよ」
う、それは嫌だ。
私がどうしようか悩んでいると、不意に後方から男性の声が聞こえてきた。
「お~いフリード、そろそろ俺を話に入れてもらえないか?」
私が振り向くと、そこにいたのは40歳くらいの筋肉マッチョの男性だった。
「ガロード、いたのなら声をかけてくれれば良いものを」
この人がベイツさんの旧友、ガロードさんなんだ。彼のおかげで、大樹様の愚痴も止まったわ。
「声をかけるタイミングを、ずっと窺っていたんだよ。馬鹿でかい魔力が俺のいる場所まで届いていたから、急いで現場に向かったんだが、その道中、怒りの奔流と化した魔力が次第に落ち着いてきたと思ったら、5日間続いていた嵐も急に収まるし、今度は『ギギギギギギ』とかいう言葉で、大声が街中に響いてきたんだ。ここに到着してお前たちを眺めていたら、会話内容こそ理解不能だが、雰囲気から察するに、ただの愚痴を聞かされていると踏んだから、今まで黙っていたのさ」
う、ガロードさんが身も蓋もないことを言ったわ。
「あの大樹は、心に相当な鬱憤を溜め込んでいたようですね」
今のうちに、私も挨拶しておこう。
「ガロードさん、はじめまして。咲耶と言います。大樹さんは魔物化しましたが、もう大丈夫です」
あれ? いつの間にか、遠くの方に大勢の野次馬たちがこっちを見ているわ。今の大樹様は魔力を放出していないし、怖い雰囲気もないから、興味本位で近づいてきたんだ。
「君が咲耶か、ベイツから聞いている。私はリリアム支部冒険者ギルド・ギルドマスターのガロードだ。君のおかげで、街のみんなは威圧からか解放されたようだ。礼を言わせてくれ。まずは大樹の要望を聞きたいから、仲介役に入ってもらえないだろうか?」
「わかりました」
ようやく、前に進むことができる。大樹様の要望をできるだけ叶えてあげて、元の精霊に戻ってもらおう。
○○○
キッカケは、130年程前に起きた【技術革新】だった。私と同じ前世持ちの人たちが、国内のあらゆる分野で活躍したことで、国そのものが栄えていき、今の技術の基盤が出来上がった。これにより生活水準も向上したことで、多くの人々が笑顔で暮らせるようになった。技術革新が起きるまで、大樹様も人々から崇拝されており、自分の出来る範囲で、人々の願いを叶えていったのだけど、時が経つにつれ、訪れる人々も少なくなっていき、崇拝度も減少していった。
30年程経過しても、国内の生活水準は高い状態を維持しており、様々な魔道具が開発された影響で、都市間の利便性も大きく向上した。リリアムの街は交易都市となり、大樹様のもとには大勢の人々が訪れるようになったのだけど、全員が大樹様の本質を理解していないせいで、自分本位の願いを言うようになってしまい、それがストレスの原因となってしまう。
「なるほどな、そんな事が100年も続けば、大樹様もお怒りになるわな」
大樹様から語られる内容が、私を経由してガロードさんに伝えられる。彼も私と同じく、大樹様に同情しているみたい。
『そうだろう!! しかもだ、85年前に私の理解者となる冒険者の男をやっと見つけたと思ったら、そいつは3ヶ月後に大病を患い死んでしまった。そこからは、ストレスが溜まって溜まって、時折地域一帯に大雨を降らし洪水を起こして、傲慢になった奴らの困る姿を見て、ストレスを発散していた』
これはルウリに教わったことだけど、精霊を怒らせたら、善人悪人に関係なく、その地域一帯に住む人々に不幸が襲う。だからこそ、人々は精霊を怒らせないよう、大切に向き合い、敬わないといけない。
でも、リリアムの街に住む人々は、大樹様が精霊であることすらも忘れてしまったのね。大樹様から伝えられた内容と私の見解をガロードさんにそのまま伝えると……右手で顔を覆った。
大樹様のストレス発散で亡くなった人々も大勢いると思うけど、大半の責任は【大樹】という精霊の存在を忘れた住民全員にある。
「なあ咲耶、大樹様は昔のように自分を崇拝してほしいってことだよな?」
「そうですね。文明が発達し便利になり過ぎて、精霊様の存在と感謝を忘れているのだと思います」
日本にいるお父さんやお母さんも、神様やご先祖様への感謝を日々忘れず、勉学に励み生活することって、常日頃から言っていたわ。
「感謝…か、大樹様の存在を軽視した結果が、今に至るということか。咲耶、前世の日本ではこういった木々をどうしているんだ?」
『ほう、咲耶は記憶持ちか? 尚更、其方の意見を聞きたい』
日本で樹齢1000年を超える木々となると、神社仏閣では大切に祀られているわ。大樹様を傷つけないよう、柵で囲み、お参りできるよう賽銭箱と大きな鳥居を作る。あとは……そうだ、大樹様が如何に大切な存在であるかをわからせるため、大きな立て札を立てて、大樹様の存在意義を周囲に知らしめたり、その神聖さをアピールさせるため、周囲の地面を綺麗な石で敷き詰め、石畳の参道を作っていたわ。
でも、その情景を言葉で言い表すのは難しい。かといって絵で描こうにも、かなりの時間がかかる。
………そうだ!!
こんな時こそ、スキル[異世界交流]の出番だよ!!
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