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優しい騎士団長
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翌朝目が覚めると、顔のすぐ側にジャンガリアンハムスターがいて心底びびった。枕から頭が半分落ちた感じで仰向けでピクリとも動かなかったので、寝ている間に私がパンチか何かをして不幸な事故が起こったのかと焦った。
「わあああっ、ハムちゃん、大丈夫?」
慌ててハムスターを手のひらに乗せて、優しく全身を包み込んで軽くマッサージをしたら、ハムスターが目を覚ました。そして、小さな手足の指で、手の平の皺をキュッと挟んでペロペロ私の指を舐めてきた。可愛くて悶えそうになる。
「人懐っこいかわいいコだなぁ……。そうだ、エサはどこにあるんだろ?」
私は、目覚めの一発が強烈すぎて、ハムスターが側にいる異常性に気付かなかった。完全に頭が働いていない。だけど、ハムチュールンとかペレット、ひまわりの種でもあげるかとエサを探して部屋を見渡すと、眠る前に見た部屋にいる事に気付く。
「ん?」
片手はハムスターがいるから、左手でゴシゴシゴシゴシ目を擦りぎゅっと目を閉じて開けても景色は変わらなかった。
「……あ? なんでまだここに。最悪ー。夢の続きかも……? 夢だよね? 夢だと言って—!」
「チーッ!」
目が覚めたら病院か自分のボロアパートかと思いきやそうではなかった事にびっくり仰天した。呆然として、思わずハムスターをぎゅうっと握りしめてしまう。
すると、苦しかったみたいで(そりゃそうだ)ハムスターが手のひらからにょきにょきにゅーんと体を伸ばして出て行く。床に軽々降りた後、その小さな体では考えられないくらい、ぴゃぴゃーっと物凄いスピードで何処かに走り去っていった。
「ごめんねハムちゃん……。あー、どっか行っちゃったけど、大丈夫かしら? ま、ここの家のコだろうし大丈夫よね。それにしても……レンジさんはどこにいるんだろ?」
夢の続きなら続きで、昨日のがっしりした騎士団長(全裸)の電子レンジさんがいるはず。
……わーわー!
裸とかおしりなんか思い出しちゃダメだーって、ぶんぶん頭をふった。
昨日から、いろんな事が起こりすぎていて辛くなってくる。
気を取り直して、昨日の服のままの姿でベッドから降りた。
窓の外は、すっかり太陽が昇っていて、昨日降った雪が積もっている。屋根からツララがぶら下がっているのなんて初めて見た。
「うわぁ、すごい」
太陽の光に当てられた、雪がキラキラ光っている。そこには、住んでいる辺りだとほとんど見る事の出来ない見渡す限りの雪景色の美しい壮大さがあった。やっぱりここが住んでいた場所じゃないという現実が突き付けられ、未だに信じられなくて暫く突っ立っていた。
「おはよう、モモカ」
「おはようございます、で……んんっ、レンジさん……」
すると、背後から昨日初めて会ったばかりのレンジさんから声がかかった。どことなくふわふわした他人事のような気持ちで返事を返すと、彼が背後に立ち肩に手を置いて来た。
初対面の大きな男性に、いきなりボディタッチされるというセクハラ行為なわけだが、不思議と嫌ではなかった。この現実離れした状況に、彼の大きくて温かな手は私に安心をくれる気がする。
「モモカ、その。大丈夫か?」
大丈夫って何が? 体調? それともいきなりこんな所に放り込まれた私の境遇?
「大丈夫、ですけど。大丈夫じゃないです」
体調はすごくいい。昨日はバイトもなかったし、たっぷり眠ったから、眠りすぎて頭が少しぼーっとして関節が少々痛いだけ。でも、気持ちは違った。
わかってる。レンジさんは、たぶん、私が異世界から来た人物だって察していて、どう声をかけていいのか分からないのだろうなんて事は。
八つ当たりでもなんでも、どうしてこんな事になったのかってレンジさんに詰め寄りたい。だけど、レンジさんは無関係の一般人だもん。私を助けてくれた優しい人に、そんな事できない。
元凶のおじいちゃんは、きっとどこにもいないだろうし。行き場の無い感情を持て余して、瞼の奥が熱くなる。悲しい気持ちでいっぱいになって来た。
「…………桃矢……とうやぁ」
両親や兄はどうでもいい。どうでもよくはないかもだけど、このまま会えなくてもってもともと思っていたから。でも、あの家で頑張っている弟の桃矢の事を思うと、胸が締め付けられるかのように苦しい。
涙がぽろぽろ溢れてくる。弟の顔を思いだして、顔をぐちゃぐちゃにしたまま泣いていると、そっとレンジさんが後ろから慰めるようにハグして頭を撫でてきた。
少しずつ気持ちが落ち着いてくる。鼻の頭を赤くしてグスグス啜っていると、レンジさんが恐る恐る聞いて来た。
「トウヤというのは、もしかして、モモカの……こ、恋人、なのか?」
私の苦しい思いが伝わったのか、レンジさんの声も震えている。おじいちゃんの気まぐれみたいなものに振り回されて、こんなところにたったひとりっきりでいる私に、彼だけが心から寄り添ってくれている気がした。
「グスッ……。弟なんです。頑張り屋で、負けず嫌いで。姉の私に優しい、自慢の弟」
「そ、そうか、弟か」
あれ? 弟だって言った途端、レンジさんの声が若干嬉しそうに弾んだ。結構長い時間泣き続けた私に付き添ってくれた優しい人だから、きっと、気のせいね。
いつまでも冷気が窓越しに襲い掛かって来る廊下から、レンジさんに案内されて連れていかれたのはリビングだった。テーブルには、柔らかそうなロールパンやクロワッサンが山盛りになっている。その他に、温かそうなコーンスープとソーセージに目玉焼き、レタスやきゅうりといったサラダがあった。
くぅ
そう言えば、家で軽くつまんでから何も食べていなかった。美味しそうな匂いでお腹が鳴ってしまって恥ずかしい。顔が熱い。聞こえてませんように、と祈りながらそっとレンジさんを盗み見る。彼は、私をにこにこしながら優しい瞳で見つめて来ていた。
「大した料理は作れなくてな。とりあえず、こんなものしかないが食べてくれ」
「これ、レンジさんが?」
「ああ。ここには俺しか住んでいない。掃除だけしにくる通いのばあさんがいるくらいだ。普段は外食ばかりだから、味は保障しない。適当に調味料をかけてくれ」
「どれも美味しそうです! いただきまーす」
ごはんは楽しく食べるものだ。彼の心遣いに応えるべく、なるべく悲しい事は思いださないようにしようと思う。
料理は、レンジさんが私の所に来る前に用意されたはずなのに、どれも出来立てみたいに温かい。ほかほか湯気が立っているし、保温する機械に入ったりしていなかった。不思議に思い訊ねてみると、ごくごく当たり前のように魔法で料理の時間をとめたと言われた。
「はい? 時間を止める??」
「ああ。そう言えば、異世界の乙女の住むところは魔法がなくて、科学というものが発達しているのだったな。この世界は、魔力の強さは人それぞれだが、貴族は魔法を使えるんだ」
「魔法……すごいですね! じゃあ、昨日、びしょ濡れだったのが乾いたのもレンジさんが魔法で?」
「ん? ああ、昨日はモモカにドライをかけた。濡れたままだと肺炎を起こして天に還ってしまうからな」
「へぇ……すごーい」
魔法の世界だって思うと、なんだかウキウキする。映画や漫画の世界みたい。目の前のレンジさんは、騎士団長っていうくらいだから、きっとものすごい魔法使いなんだって思うと、尊敬しかできない。
さらに、レンジさんはじめ、この国に住む人々はハムスターの獣人だという。過去に、私と同じように日本から来た乙女たちの召喚された国はペンギンや亀さんだったらしい。
「モモカは獣人を見るのも初めてなのか?」
「初めてですね。物語とかではキャラクターとしていてたくらいですかね」
「そうか……。その、モモカはハムスターをどう思うんだ?」
何やら、もじもじ恥ずかしそうに聞いて来るレンジさん。なんで、そんなにこちらの反応を伺うかのようにチラチラ見てくるのか。
あ、そうか、私が嫌いな動物なら、気を使うもんね。
「大好きですよ! かわいいですよね、ハムスター。ちっこい手足にかわいいフォルム。頬袋に食べ物いれたり、真ん丸姿で寝る姿もかわいい。おしりもちまっとしたしっぽも、何もかも好きです! あとは──」
私は、これでもかというくらい誉めて誉めて誉めまくって、好き好き大好きって繰り返していたら、プルプル震えていたレンジさんが、ポムンっとハムスターに変わったのである。
「わあああっ、ハムちゃん、大丈夫?」
慌ててハムスターを手のひらに乗せて、優しく全身を包み込んで軽くマッサージをしたら、ハムスターが目を覚ました。そして、小さな手足の指で、手の平の皺をキュッと挟んでペロペロ私の指を舐めてきた。可愛くて悶えそうになる。
「人懐っこいかわいいコだなぁ……。そうだ、エサはどこにあるんだろ?」
私は、目覚めの一発が強烈すぎて、ハムスターが側にいる異常性に気付かなかった。完全に頭が働いていない。だけど、ハムチュールンとかペレット、ひまわりの種でもあげるかとエサを探して部屋を見渡すと、眠る前に見た部屋にいる事に気付く。
「ん?」
片手はハムスターがいるから、左手でゴシゴシゴシゴシ目を擦りぎゅっと目を閉じて開けても景色は変わらなかった。
「……あ? なんでまだここに。最悪ー。夢の続きかも……? 夢だよね? 夢だと言って—!」
「チーッ!」
目が覚めたら病院か自分のボロアパートかと思いきやそうではなかった事にびっくり仰天した。呆然として、思わずハムスターをぎゅうっと握りしめてしまう。
すると、苦しかったみたいで(そりゃそうだ)ハムスターが手のひらからにょきにょきにゅーんと体を伸ばして出て行く。床に軽々降りた後、その小さな体では考えられないくらい、ぴゃぴゃーっと物凄いスピードで何処かに走り去っていった。
「ごめんねハムちゃん……。あー、どっか行っちゃったけど、大丈夫かしら? ま、ここの家のコだろうし大丈夫よね。それにしても……レンジさんはどこにいるんだろ?」
夢の続きなら続きで、昨日のがっしりした騎士団長(全裸)の電子レンジさんがいるはず。
……わーわー!
裸とかおしりなんか思い出しちゃダメだーって、ぶんぶん頭をふった。
昨日から、いろんな事が起こりすぎていて辛くなってくる。
気を取り直して、昨日の服のままの姿でベッドから降りた。
窓の外は、すっかり太陽が昇っていて、昨日降った雪が積もっている。屋根からツララがぶら下がっているのなんて初めて見た。
「うわぁ、すごい」
太陽の光に当てられた、雪がキラキラ光っている。そこには、住んでいる辺りだとほとんど見る事の出来ない見渡す限りの雪景色の美しい壮大さがあった。やっぱりここが住んでいた場所じゃないという現実が突き付けられ、未だに信じられなくて暫く突っ立っていた。
「おはよう、モモカ」
「おはようございます、で……んんっ、レンジさん……」
すると、背後から昨日初めて会ったばかりのレンジさんから声がかかった。どことなくふわふわした他人事のような気持ちで返事を返すと、彼が背後に立ち肩に手を置いて来た。
初対面の大きな男性に、いきなりボディタッチされるというセクハラ行為なわけだが、不思議と嫌ではなかった。この現実離れした状況に、彼の大きくて温かな手は私に安心をくれる気がする。
「モモカ、その。大丈夫か?」
大丈夫って何が? 体調? それともいきなりこんな所に放り込まれた私の境遇?
「大丈夫、ですけど。大丈夫じゃないです」
体調はすごくいい。昨日はバイトもなかったし、たっぷり眠ったから、眠りすぎて頭が少しぼーっとして関節が少々痛いだけ。でも、気持ちは違った。
わかってる。レンジさんは、たぶん、私が異世界から来た人物だって察していて、どう声をかけていいのか分からないのだろうなんて事は。
八つ当たりでもなんでも、どうしてこんな事になったのかってレンジさんに詰め寄りたい。だけど、レンジさんは無関係の一般人だもん。私を助けてくれた優しい人に、そんな事できない。
元凶のおじいちゃんは、きっとどこにもいないだろうし。行き場の無い感情を持て余して、瞼の奥が熱くなる。悲しい気持ちでいっぱいになって来た。
「…………桃矢……とうやぁ」
両親や兄はどうでもいい。どうでもよくはないかもだけど、このまま会えなくてもってもともと思っていたから。でも、あの家で頑張っている弟の桃矢の事を思うと、胸が締め付けられるかのように苦しい。
涙がぽろぽろ溢れてくる。弟の顔を思いだして、顔をぐちゃぐちゃにしたまま泣いていると、そっとレンジさんが後ろから慰めるようにハグして頭を撫でてきた。
少しずつ気持ちが落ち着いてくる。鼻の頭を赤くしてグスグス啜っていると、レンジさんが恐る恐る聞いて来た。
「トウヤというのは、もしかして、モモカの……こ、恋人、なのか?」
私の苦しい思いが伝わったのか、レンジさんの声も震えている。おじいちゃんの気まぐれみたいなものに振り回されて、こんなところにたったひとりっきりでいる私に、彼だけが心から寄り添ってくれている気がした。
「グスッ……。弟なんです。頑張り屋で、負けず嫌いで。姉の私に優しい、自慢の弟」
「そ、そうか、弟か」
あれ? 弟だって言った途端、レンジさんの声が若干嬉しそうに弾んだ。結構長い時間泣き続けた私に付き添ってくれた優しい人だから、きっと、気のせいね。
いつまでも冷気が窓越しに襲い掛かって来る廊下から、レンジさんに案内されて連れていかれたのはリビングだった。テーブルには、柔らかそうなロールパンやクロワッサンが山盛りになっている。その他に、温かそうなコーンスープとソーセージに目玉焼き、レタスやきゅうりといったサラダがあった。
くぅ
そう言えば、家で軽くつまんでから何も食べていなかった。美味しそうな匂いでお腹が鳴ってしまって恥ずかしい。顔が熱い。聞こえてませんように、と祈りながらそっとレンジさんを盗み見る。彼は、私をにこにこしながら優しい瞳で見つめて来ていた。
「大した料理は作れなくてな。とりあえず、こんなものしかないが食べてくれ」
「これ、レンジさんが?」
「ああ。ここには俺しか住んでいない。掃除だけしにくる通いのばあさんがいるくらいだ。普段は外食ばかりだから、味は保障しない。適当に調味料をかけてくれ」
「どれも美味しそうです! いただきまーす」
ごはんは楽しく食べるものだ。彼の心遣いに応えるべく、なるべく悲しい事は思いださないようにしようと思う。
料理は、レンジさんが私の所に来る前に用意されたはずなのに、どれも出来立てみたいに温かい。ほかほか湯気が立っているし、保温する機械に入ったりしていなかった。不思議に思い訊ねてみると、ごくごく当たり前のように魔法で料理の時間をとめたと言われた。
「はい? 時間を止める??」
「ああ。そう言えば、異世界の乙女の住むところは魔法がなくて、科学というものが発達しているのだったな。この世界は、魔力の強さは人それぞれだが、貴族は魔法を使えるんだ」
「魔法……すごいですね! じゃあ、昨日、びしょ濡れだったのが乾いたのもレンジさんが魔法で?」
「ん? ああ、昨日はモモカにドライをかけた。濡れたままだと肺炎を起こして天に還ってしまうからな」
「へぇ……すごーい」
魔法の世界だって思うと、なんだかウキウキする。映画や漫画の世界みたい。目の前のレンジさんは、騎士団長っていうくらいだから、きっとものすごい魔法使いなんだって思うと、尊敬しかできない。
さらに、レンジさんはじめ、この国に住む人々はハムスターの獣人だという。過去に、私と同じように日本から来た乙女たちの召喚された国はペンギンや亀さんだったらしい。
「モモカは獣人を見るのも初めてなのか?」
「初めてですね。物語とかではキャラクターとしていてたくらいですかね」
「そうか……。その、モモカはハムスターをどう思うんだ?」
何やら、もじもじ恥ずかしそうに聞いて来るレンジさん。なんで、そんなにこちらの反応を伺うかのようにチラチラ見てくるのか。
あ、そうか、私が嫌いな動物なら、気を使うもんね。
「大好きですよ! かわいいですよね、ハムスター。ちっこい手足にかわいいフォルム。頬袋に食べ物いれたり、真ん丸姿で寝る姿もかわいい。おしりもちまっとしたしっぽも、何もかも好きです! あとは──」
私は、これでもかというくらい誉めて誉めて誉めまくって、好き好き大好きって繰り返していたら、プルプル震えていたレンジさんが、ポムンっとハムスターに変わったのである。
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