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49 戴冠式

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 戴冠式の日、騎士団の護衛を数名引きつれたクロイスがわざわざ俺を迎えにきた。

 中庭で恭しく俺に向かってお辞儀をしたクロイスは、黒の上下に金糸で見事な刺繍が施されている服を着ている。どこからどう見ても王子様っていう貫禄だ。

「おー! クロイス、格好いいぞ!」

 顔を上げたクロイスの元に駆け寄ると、クロイスは笑わないまま「ビイは綺麗だよ」と言った。出た、マセガキ発言。

「綺麗って、お前な。おっさんに向かって言う言葉じゃないぞ?」

「おっさんなんてどこにいるんだろう?」とすっとぼけるクロイスに思わず笑うと、クロイスも薄くだけど笑い返す。

「本当に綺麗だから言ったんだよ」
「はは、そりゃどーも」

 俺が今日着ている服は、俺の髪色に似た淡い薄紫の上下だ。そこに見事な黒の刺繍が施されているけど、それが実はクロイスが選んだ色で、クロイスの服と同じ模様になっていたりする。

 髪の毛は優雅に編み込まれ、上にくるりとまとめ上げられた所に紫の花を差された。花って、俺男なのにな。でも侍女の老婆が楽しそうに盛っていたから、何も言えなかった。

 クロイスは俺の手を握ると、門の前まで引っ張っていく。

 やや心配そうな眼差しで、俺を見上げた。

「ビイ、大丈夫? 無理はしないでね」
「あー……うん」

 屋敷の外に出るなとはっきり言われた訳じゃなかったけど、あいつに入ってくるなと言ってから、この線は正に俺とロイクとを隔てる唯一の境界線だった。

 この内側にいる限り、俺は平穏を保てる。だけど一歩外に出れば、そこはロイクの領域だ。

 怖がっちゃいけない。あいつは俺を脅すようなことばかりするけど、だからって不必要に怯えたらつけ込まれる隙を与えるだけだ。

 それでも不安は拭えなかったので、俺は愛した二人が眠るバラ園の方を見ると心の中で「いってきます」と伝えた。

 俺をじっと見ていたクロイスが、手をくん、と引っ張る。灰色の目に浮かぶのは、自分を見てっていう子供らしい嫉妬か。

「ビイ、オレが隣にいる。何があってもビイのことは守るから、離れないでいて」

 真摯な言葉に、俺の心が暖かさを覚えた。オリヴィアもクリストフも俺がロイクを恨んでいるとしか思っていない中、クロイスだけが俺がロイクを嫌っているだけじゃなく、怖がっていることも見て知っている。

 だから出た言葉だろう。だから今日、俺のことを迎えにきてくれたんだろう。

 クロイスは何も言わないけど。

「……ん」

 出会った頃より大分大きくなったクロイスの手を握り返すと、俺は足を一歩屋敷の敷地の外へと踏み出した。



 実に十年ぶりに入った城は、相変わらず豪奢できらびやかだ。

 特に戴冠式を行なう玉座の間は花で埋め尽くされ、むせ返りそうなほどに香りが濃い。

 今日の主役はロイクなので、現国王とロイク以外の王家の人間は玉座の左右に座ることになっていた。

 俺は王族じゃないしと思っていたら、「英傑はロイク様の家族と同義です」とクロイスの横に席を用意されていたので、ちょこんと座る。

 参列する来賓たちが軒並み揃うと、王室付の楽団が柔らかな旋律を奏で始めた。

 俺の隣には、クロイス。更にクリストフ、オリヴィアが座っている。注目されていることに落ち着かなくて皆の方を見ると、三人とも目で笑い返してくれた。

 玉座の前には、現国王が立って待機している。彼の目の前には、国事の際に国王が被る由緒あるとかいう王冠が置かれた台座があった。

 光が差し込む玉座の間の扉の前に、影が伸びる。太陽を背負って玉座の間に入ってきたのは、白の上下に深紅のマントを翻す金髪碧眼の美丈夫、ロイクだった。

 若干年を取ったように見えるけど、今でも輝かんばかりの美貌を惜しげもなく見せつけている。神々しさにも似通った威圧感に、通路を挟んで立っていた来賓たちが感動したのか口に手を当てたり拝んだりし始めた。

 そんな大層なもんじゃねえぞと思ったけど、あいつが築き上げた信頼に俺が何を言おうが勝てる訳もない。

 と、こちらに向かって歩いてくるロイクと目が合った。ふわりと嬉しそうに微笑まれてしまい、俺は咄嗟に目を伏せる。ロイクが苦笑する雰囲気が伝わってきたけど、俺はすぐには顔を上げることができなかった。

 俺を見るなよ。

 ロイクの目にクロイスが見繕ってくれた衣装ごと晒されるのをおぞまましく感じてしまい、俺はそのまま目線を下げ続けた。

 どれくらいそうしていただろう。ロイクの足が玉座が鎮座する台座の前で停止する。音楽はどんどん場を盛り上げる感動的な音色を大音量で奏でていて、自分の場違い感に今すぐ逃げ出したくなった。

「……ビイ」

 ツン、と俺の袖を引っ張る手があって、固まっていた俺の意識がフッと解放される。

「ビイ」

 今度ははっきりと俺の名を呼ぶと、クロイスは膝の上に置かれていた俺の手に、手をそっと重ねた。

「――見られているから、顔を上げて」

 俺はハッとした。そうだ、俺が何もせずに七年も過ごしていた間に、俺を不快に思う奴らが増えていたんだ。

 こいつらの立場を悪くする訳にはいかない。俺は意を決すると、ゆっくりと目線を上げた。

 場面は、正にロイクが父王から王冠を乗せてもらう瞬間。

 上から差し込む明るい陽光が反射する金髪と王冠は、あれがロイクじゃなければ素直に感動できるくらいには美しい光景だった。

 頭を下げていたロイクが、腰を伸ばす。この瞬間前国王となった陛下と並ぶと、きらびやかな宝飾が美しい王笏おうしゃくを持つ手を掲げ、ロイクは小さく頷いてみせた。

 玉座の間内が、大きな音色を打ち消すかのような歓声に包まれる。

 ロイクは顔をこちらに傾けると、再び微笑みを浮かべた。
 
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