勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

文字の大きさ
70 / 89

70 英傑時代

しおりを挟む
 正面に向き直った俺がクロイスを見つめると、クロイスは相変わらず淡々とした口調で説明を再開した。

「暗黒竜ガークの前に竜の鍵穴が現れた時、ビイは自分が犠牲になると言ったね」

 それは確かにそうだ。俺は黙ったまま、こくりとひとつ頷く。

「オレはね、ビイ」
「……うん?」

 クロイスが、真顔から悲しげな笑顔に変わった。

「オレのことを厭わない、明るい仲間が大好きだった。どこに行っても顔の痣を見て気味悪がられていたのに、仲間だけはオレをそんな目で見なかったから」
「クロイス……」
「クロードは、もっと若い時は顔ももっと幼くて女にしか見えなくてね。何度も危ない目に遭ったよ」

 俺たちと出会った時は、クロードは偉大な魔法使いで大人の男性だった。それでも物凄く綺麗な人だった。若い頃はそういう苦労もしたのか。ちっとも知らなかった。

「女には気味悪がられ、男には身体を狙われて、オレは完全に人間不信に陥っていた」
「うん……」

 ヒライム王国の玉座の間で顔合わせをした時、英傑候補三人の瞳には明るさは見られなかった。最初俺は、ぎょっとしたものだ。

 見えたのは、ギラギラとしたものだけ。蔑まれずに生きたいと切望する欲だったと、俺は思っている。

「厄災討伐を引き受けたのは、単純に興味が湧いたからだ。オレ以外にも竜の痣持ちがいると聞いて、ただ会ってみたくなった」

 でも、とクロイスは続ける。

「ロイクもオリヴィアも、相当苦労してきたんだろうね。オレと似たり寄ったりの擦れぶりでね。そんな中、真っ直ぐなビイは、オレの目にはとても眩しく映っていた」
「俺の竜の痣の場所は、入れ墨にも見える場所だからなあ……」

 自分の両腕を擦ると、クロイスは小さく微笑んだ。

「最初こそ、狡いとか思ったよ。だけどね、ビイは俺たち三人にとって、正に太陽だった」
「太陽?」
「うん。昏い場所にばかり目が向けられていたオレたちに、痣持ちだって笑っていいんだと、楽しんでいいんだと教えてくれたのはビイだ」

 確かに三人とも、旅に出てから少しずつ笑うようになっていった。最初は猜疑心に満ちてギクシャクしていた関係も、次第に同じ宿命を背負わされた同志だと認識し始めてからは、俺たちは固い絆で結ばれた仲間へと変わっていった。

 クロイスが、フ、と遠い目になる。

「……だったのに、ある日を境に、ビイの明るさに陰りが見え始めてしまった。何かを諦めたような陰だ」

 俺はギクリとした。今までクロイスの話の内容は、調べようと思えば調べられることだ。だけどこれは、俺たち英傑しか知らないことな筈だ。

「ヌデンニックのどこかの霊廟で、ビイが女の死霊に襲われたことがあった」
「……」

 こいつ、まさか本当にクロードの記憶を持ってるのか。

 全く信じていなかったのに、クロイスが語る過去の内容があまりにも俺の記憶と一致していて、俺は少しずつ可能性を認め始めていた。

「ビイは死霊の攻撃に遭って痺れてしまったとロイクは言っていたけど、俺が頭を撫でても痺れたような反応は示さなかった」

 再びギクリとする。まさか、頭を撫でただけで疑われていたのか?

 クロイスの表情は真顔に近いけど、痛ましそうな目で俺を見ていた。

「ロイクの姿が見えなくなった途端、ホッとしていた。オレが何かあったのかと聞いたら誤魔化したけど、ロイクに何かされたのは一目瞭然だった。まさかあの時すでにあいつにヤラれてたとまでは気付かなかったけど」

 俺は何ひとつ返せず、口を横にぎゅっと閉じる。

「本当に痺れただけなのかなとも思ったけど、あの日を境にビイの笑顔の質が変わったから、やっぱり何かされたんだと確信した」
「そう……なの?」

 掠れた声が出る。俺の態度はそんなに露骨だったのか。俺はまだまだ子供だったから誤魔化せていると思っていたけど、まさか皆――。

「あの……オリヴィアも?」

 これにはクロイスは首を横に振る。

「いいや。オリヴィアは結構鈍感なところがあるからね。全く気付いてなかったと思うよ。言わなかったけど、オリヴィアからずっとロイクへの恋愛相談を受けてたんだけど、そういった心配も素振りも一度も見られなかったから」
「そうか……」

 安堵の息を吐いた。俺はオリヴィアをずっと騙し続けている負い目があったからだ。でもオリヴィアにバレた途端、オリヴィアはきっと俺じゃなくロイクを責める。あの人はそういう人なんだって俺は知ってるから、だから俺は絶対に言えなかった。

 ロイクは責められることを厭う。自分を非難する人間は、きっと受け入れないだろう。たとえそれが同じ英傑の仲間で妻であったとしても。

 クロイスが、俺の膝の上に置かれていた俺の手にそっと手を重ねた。

「何度かビイに尋ねても、ビイは何もないって言うだけだった。ロイクに至っては、『私が何かしたというなら教えてほしい。反省する』とまで言う」

 如何にもあいつが言いそうな台詞だ。

 クロイスの目つきが、段々と険しいものになっていく。

「尻尾を掴もうと思っても、オリヴィアをひとりにするのは危険すぎる。だから探索魔法を使おうとしたら、阻害魔法を掛けられて後を追えなかった」
「え」

 目をぱちくりさせると、クロイスは実に嫌そうに頷いた。

「ロイクの仕業だよ。二手に分かれる時は、やたらとオリヴィアとオレを組ませようとしたから益々怪しいと思ったけど、二人とも何も言わない」

 俺の預かり知らぬところで、こんな攻防戦が繰り広げられていたのか。

「だけど、ビイの笑顔はどんどん減っていく。そこでオレは気付いたんだ」
「何を……?」

 喉がカラカラになってくる。俺は、俺はあの頃、だって――。

「ビイがロイクに少しずつ支配されていっていたってことをだよ」
「支配……?」

 クロイスの言葉に、俺は眉間に皺を寄せた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ
BL
1年前、困っていたところを助けてくれた人に一目惚れした陽依(ひより)は、アタックの甲斐あって恩人―斗希(とき)と付き合える事に。 だけど変わらず片思いであり、ただ〝恋人〟という肩書きがあるだけの関係を最初は受け入れていた陽依だったが、1年経っても変わらない事にそろそろ先を考えるべきかと思い悩む。 その矢先にとある光景を目撃した陽依は、このまま付き合っていくべきではないと覚悟を決めて別れとも取れるメッセージを送ったのだが、斗希が訪れ⋯。 イケメンクールな年下溺愛攻×健気な年上受 ※印は性的描写あり

わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される

水ノ瀬 あおい
BL
 若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。  昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。  年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。  リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。  

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...