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88 お守りと約束
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王都を出ると、王都周りは整備されている街道を進んで行く。
「祖国に行けるなんて、なんだか夢みたいだよ」
クロイスが微笑み返す。クロイスの髪の毛は、今日も銀のリボンで結ばれていた。あれからもしょっちゅう「そそる」と言われて手首を縛るのに使うから「破れるぞ」と忠告したら、「強化魔法をかけてるから大丈夫だよ」とサラリと答えられた。
……そうか、あの時気遣った俺……うん、まあいっか!
クロイスによれば、俺の祖国であるヌデンニックは、他国の侵入を阻む為、魔法障壁で囲まれていたらしい。万が一俺が抜け出して墓を作りに向かったとしても、魔法に耐性のない俺では中に入ることはできなかったって訳だ。
徹底した阻害に、思わず苦笑が漏れた。
「ロイクの野郎、本当性格悪いよな」
ロイクの元から逃げて国境に辿り着いたら中に入れませんでしたとなったら、魔法城壁を設置したヒライム王国に戻るしかない。あいつなら、大喜びしそうな展開だ。
クロイスが説明する。
「今回魔法障壁を撤廃するのに、理由が必要になってね」
政治は色々と面倒そうだ。
「へえー。どんなの?」
「ビイが祖国に凱旋して、国王になること」
「……は? 俺?」
思わずポカンとすると、クロイスが俺の腰を引き寄せ、こめかみに口づけた。
「うん。まずはヒライム王国の属国扱いになるけど、人口が増えてヌデンニックだけで回るようになったら独立もできるからね」
「は、はあ……」
でかい話に、当然ながら俺の脳みそはついていけてない。
「でも正式に発表する前に、まずは二十年閉じられていた国土がどう変わったのかを調査することになっているんだ。だから色んな所を見て回ろうね」
「お、おう」
よく分からないけど、クリストフとこいつの間ではもう話は決まったことなんだろう。勝手だなあと思わなくはないけど、これが中に入る条件だったのなら仕方ないか。
「俺は政治は分からないからな。クロイス、頼りにしてるからな」
要は丸投げ発言をした訳だけど、クロイスは嬉しそうに頷いた。
「うん。ビイに苦労はかけないよ。ビイがどんな国にしていきたいのか、ゆっくり考えていこうね」
「ああ」
「ビイはもう自由なんだしね」
あ、でも、とクロイスが少し口を尖らせる。
「オレはビイと一緒がいいから、ひとりで飛んでいかないで。お願い」
「クロイス……馬鹿だなあ」
クロイスの首を引き寄せると、唇を重ねて舌を絡め合わせる。クロイスが嬉しそうに笑ったのが、触れ合う頬の動きで分かった。
時折すれ違う馬車の御者が俺たちを見て目をまん丸くしているけど、気にするもんか。俺は堂々とクロイスを愛し、好きだと声が枯れても叫び続けてやる。
そんな自由な国もいいな、と思った。
やがて名残惜しそうに顔を離したクロイスに、そういやずっと聞きたかったけどなかなか聞けなかったことを尋ねる。
「そうそう、あの『お守り』なんだけどさ、あれって結局なんだったんだ?」
あれからも、事あるごとに俺の中に精を放ちつつお守りの魔法を掛けられている。身体が軽くなるけど一体何なんだか疑問だったけど、クロイスにはぐらかされていたんだ。
「……ビイ、まだ気付いてないの?」
「へ? なにを?」
俺が首を傾げると、クロイスは破顔する。
「最初のは、ビイの傷周りを中心に戻したんだ」
「へ? 戻す?」
「その後のは、全体に行き渡るように戻してる」
「えーと……」
やっぱり意味が分からなくて首を傾げると、クロイスはよしよしと頭を撫でた。気持ちいいけど、おっさんがそうしょっちゅう頭を撫でられていいものだろうか。
「傷は治せない。だから怪我をする前まで、時を戻したんだよ」
「――は!?」
あはは、と爽やかに笑うクロイス。
「言ったでしょ? オレが死ぬその瞬間までビイと一緒にいたいと思ってできた魔法だって」
「うん?」
「初回が成功したからね。一気にやると反動が怖いから、今は少しずつやってるんだ」
つまりどういうことだ?
「オレがビイの年齢に追いつくまで、ビイの年は取らせないから」
ちゅ、と唇に触れるクロイス。なんと。
残念そうに眉を下げるクロイスが、続ける。
「一回の量がどれくらいでどの程度効果があるのかを見つつ調整してたから、この間のでちょっと若返りすぎちゃったかなあ」
かなあじゃねえ。
「小皺のあるビイの顔も唆るから、しばらくは今の年齢のままでいこうね。ビイがもっと若返りたいなら出来なくはないけど、その分沢山注がないとなんだよね」
こいつ、小皺が唆るって言ったぞ。
「小まめに少しずつの方が制御しやすいから、これからもできるだけ沢山抱かせてね」
呆れて何も返せないでいると、クロイスの表情が曇った。
「相談しなかったから、怒ってる……?」
瞬間、俺の心臓がキュンッと音を立てる。かっわいい……!
俺はクロイスの頬を両手で挟むと、ぶちゅっと口づけをした。クロイスは目を大きくしていたけど、俺は構わずクロイスの口腔内に舌を突っ込み身体の前面を押し付け、最後にクロイスの首にしがみついて密着する。隙間なんてないくらいに。
「ばーか」
「ビイ……?」
「若返えらせようが好きにしていいけどさ、ひとつだけ約束してほしいことがある」
クロイスの真っ直ぐな眼差しを見つけ、鼻の頭同士を擦り付けた。
「うん……絶対に約束する。なに?」
聞く前に約束しちゃうんだもんなあ。おかしくなって笑いながら、俺は伝えることにした。
「俺より一秒でもいいから長生きしてくれ」
「ビイ……!」
「もう俺より先に死なれるのは嫌なんだ。お前が俺より少しでも長く生きてくれたら、俺はそれで幸せだったなと思えると思うから」
クロイスの灰色の瞳が潤む。
「約束、する……っ」
クロイスなら、きっとちゃんと約束を守ってくれるだろうな。そんな安心感がある。
「愛してる、クロイス。死ぬ瞬間まで傍にいてくれ」
「ビイ、約束するよ……!」
俺たちはぎゅっと抱き締め合ったまま、これから先の長い時を共に過ごすことを誓い合ったのだった。
《本編完》
「祖国に行けるなんて、なんだか夢みたいだよ」
クロイスが微笑み返す。クロイスの髪の毛は、今日も銀のリボンで結ばれていた。あれからもしょっちゅう「そそる」と言われて手首を縛るのに使うから「破れるぞ」と忠告したら、「強化魔法をかけてるから大丈夫だよ」とサラリと答えられた。
……そうか、あの時気遣った俺……うん、まあいっか!
クロイスによれば、俺の祖国であるヌデンニックは、他国の侵入を阻む為、魔法障壁で囲まれていたらしい。万が一俺が抜け出して墓を作りに向かったとしても、魔法に耐性のない俺では中に入ることはできなかったって訳だ。
徹底した阻害に、思わず苦笑が漏れた。
「ロイクの野郎、本当性格悪いよな」
ロイクの元から逃げて国境に辿り着いたら中に入れませんでしたとなったら、魔法城壁を設置したヒライム王国に戻るしかない。あいつなら、大喜びしそうな展開だ。
クロイスが説明する。
「今回魔法障壁を撤廃するのに、理由が必要になってね」
政治は色々と面倒そうだ。
「へえー。どんなの?」
「ビイが祖国に凱旋して、国王になること」
「……は? 俺?」
思わずポカンとすると、クロイスが俺の腰を引き寄せ、こめかみに口づけた。
「うん。まずはヒライム王国の属国扱いになるけど、人口が増えてヌデンニックだけで回るようになったら独立もできるからね」
「は、はあ……」
でかい話に、当然ながら俺の脳みそはついていけてない。
「でも正式に発表する前に、まずは二十年閉じられていた国土がどう変わったのかを調査することになっているんだ。だから色んな所を見て回ろうね」
「お、おう」
よく分からないけど、クリストフとこいつの間ではもう話は決まったことなんだろう。勝手だなあと思わなくはないけど、これが中に入る条件だったのなら仕方ないか。
「俺は政治は分からないからな。クロイス、頼りにしてるからな」
要は丸投げ発言をした訳だけど、クロイスは嬉しそうに頷いた。
「うん。ビイに苦労はかけないよ。ビイがどんな国にしていきたいのか、ゆっくり考えていこうね」
「ああ」
「ビイはもう自由なんだしね」
あ、でも、とクロイスが少し口を尖らせる。
「オレはビイと一緒がいいから、ひとりで飛んでいかないで。お願い」
「クロイス……馬鹿だなあ」
クロイスの首を引き寄せると、唇を重ねて舌を絡め合わせる。クロイスが嬉しそうに笑ったのが、触れ合う頬の動きで分かった。
時折すれ違う馬車の御者が俺たちを見て目をまん丸くしているけど、気にするもんか。俺は堂々とクロイスを愛し、好きだと声が枯れても叫び続けてやる。
そんな自由な国もいいな、と思った。
やがて名残惜しそうに顔を離したクロイスに、そういやずっと聞きたかったけどなかなか聞けなかったことを尋ねる。
「そうそう、あの『お守り』なんだけどさ、あれって結局なんだったんだ?」
あれからも、事あるごとに俺の中に精を放ちつつお守りの魔法を掛けられている。身体が軽くなるけど一体何なんだか疑問だったけど、クロイスにはぐらかされていたんだ。
「……ビイ、まだ気付いてないの?」
「へ? なにを?」
俺が首を傾げると、クロイスは破顔する。
「最初のは、ビイの傷周りを中心に戻したんだ」
「へ? 戻す?」
「その後のは、全体に行き渡るように戻してる」
「えーと……」
やっぱり意味が分からなくて首を傾げると、クロイスはよしよしと頭を撫でた。気持ちいいけど、おっさんがそうしょっちゅう頭を撫でられていいものだろうか。
「傷は治せない。だから怪我をする前まで、時を戻したんだよ」
「――は!?」
あはは、と爽やかに笑うクロイス。
「言ったでしょ? オレが死ぬその瞬間までビイと一緒にいたいと思ってできた魔法だって」
「うん?」
「初回が成功したからね。一気にやると反動が怖いから、今は少しずつやってるんだ」
つまりどういうことだ?
「オレがビイの年齢に追いつくまで、ビイの年は取らせないから」
ちゅ、と唇に触れるクロイス。なんと。
残念そうに眉を下げるクロイスが、続ける。
「一回の量がどれくらいでどの程度効果があるのかを見つつ調整してたから、この間のでちょっと若返りすぎちゃったかなあ」
かなあじゃねえ。
「小皺のあるビイの顔も唆るから、しばらくは今の年齢のままでいこうね。ビイがもっと若返りたいなら出来なくはないけど、その分沢山注がないとなんだよね」
こいつ、小皺が唆るって言ったぞ。
「小まめに少しずつの方が制御しやすいから、これからもできるだけ沢山抱かせてね」
呆れて何も返せないでいると、クロイスの表情が曇った。
「相談しなかったから、怒ってる……?」
瞬間、俺の心臓がキュンッと音を立てる。かっわいい……!
俺はクロイスの頬を両手で挟むと、ぶちゅっと口づけをした。クロイスは目を大きくしていたけど、俺は構わずクロイスの口腔内に舌を突っ込み身体の前面を押し付け、最後にクロイスの首にしがみついて密着する。隙間なんてないくらいに。
「ばーか」
「ビイ……?」
「若返えらせようが好きにしていいけどさ、ひとつだけ約束してほしいことがある」
クロイスの真っ直ぐな眼差しを見つけ、鼻の頭同士を擦り付けた。
「うん……絶対に約束する。なに?」
聞く前に約束しちゃうんだもんなあ。おかしくなって笑いながら、俺は伝えることにした。
「俺より一秒でもいいから長生きしてくれ」
「ビイ……!」
「もう俺より先に死なれるのは嫌なんだ。お前が俺より少しでも長く生きてくれたら、俺はそれで幸せだったなと思えると思うから」
クロイスの灰色の瞳が潤む。
「約束、する……っ」
クロイスなら、きっとちゃんと約束を守ってくれるだろうな。そんな安心感がある。
「愛してる、クロイス。死ぬ瞬間まで傍にいてくれ」
「ビイ、約束するよ……!」
俺たちはぎゅっと抱き締め合ったまま、これから先の長い時を共に過ごすことを誓い合ったのだった。
《本編完》
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