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1 王妃、追い出される

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「アイリーン! お前とは離婚だ、私の前から消えろ! 」

 誰もが忙しく建国祭の準備を進める中、わたくしの夫であるナザール国国王エルファード・ナザールが片手に側妃ネリーニを抱きよせたまま叫びました。なぜこんな忙しい時にそんなことをいうのか誰もが理解できないでしょう。

「エルファード様、一体何を仰られるのですか? 」
「聞こえなかったのか? お前の地味な顔など二度と見たくない、消えろと言っている! 今すぐこのナザール国から出ていけ! 」

 わたくしも突然のことに驚きましたが、この場にいる人間はすべて手を止め目を丸くしています。その中でニヤニヤしているのはエルファード様と側妃のネリーニだけです。お二人とも少しは空気というものを読んでいただきたいのですが、それはかなり前からの叶わぬ願いでしたね。
 
 確かにわたくしは茶色の髪に茶色の瞳でパッと目を引く容姿ではありません。背もそれ程高くはないし、お胸の方も控えめですが……。
 わたくしはそれでも確認しなければなりません。

「……その場合あなたの息子のレンブラントは……」
「お前の血の入った息子などいらん、お前共々この国から消えろ! 」

 ……半分は貴方様の血でしょうに、なんということを。貴方の子供はあの子しかいないのですから、レンブラントが王太子ですのにその子にまで出て行けと仰るのですか。

「お前の実家であるハイランド家も近々取り潰してやる、それが嫌ならさっさと出ていく事だな! 」

 ……わたくしの実家まで取り潰すと仰るのですね。エルファード様はどれほどわたくしを憎んでいらっしゃるのでしょうか。そもそもわたくしとエルファード様との結婚は前国王様がお決めになったこと。わたくしの願いなど一切聞き入れられなかったことですのに。
 これもきっとニヤついているネリーニの父親のダルク公爵の入れ知恵なのでしょう。公爵家の娘であるネリーニが側妃で、伯爵家の娘であるわたくしが正妃になった事をずっと根に持って恨んでいたそうですから。
 前国王が亡くなり、喪も明けたのを見計らっての事なのでしょうが、この忙しい時期に……。

「次の建国祭で私の隣にはネリーニが正妃として立つ! 分かったな、皆の者! 」

 なるほど、そういう事ですか。確かに建国祭では国内外から重鎮やお客様がたくさんいらっしゃいますものね。そこで国王の隣に立てば正妃と印象付けられますもの。

「……」

 ここで投げ出していいものなのか……少し答えに迷っていると意外な所から声がかかりました。

「ならばアイリーン妃をわが国へお連れしてもよろしいか?」

 聞こえてきたのは涼やかな声。振り返れば背の高い威風堂々とした人物が優雅にこちらに近づいて来られます。きっちりと色の濃い礼服を着こなし自信に満ちた笑顔の貴人は私の隣に立ちます。

「マルグ国王……シュマイゼル殿か」

 数日前から早めについたと来ていらっしゃったわが国から一つ国をまたいだ場所あるマルグ国の国王。国の面積はわが国より少し大きい程度ですが、鉱山をたくさん有している豊かな国です。
 
「どうですか? アイリーン様。勿論レンブラント殿下も、ハイランド家の皆様も全員でわが国へ」
「し、しかし……マルグ王。そのような……」

 わたくしの断りの言葉をシュマイゼル王はかき消すように張りのある声で仰るのです。

「宜しいですな? エルファード殿」
「構わんですよ、シュマイゼル殿。その代わり要らぬと言って返却だけはされぬよう。何せその女は醜いですからね! 」
「あらあら、嫌だわ。エルファード様ったら」

 エルファード様とネリーニはクスクスと笑いあいます。最初から彼らはそんな感じでしたものね。
 わたくしとの結婚の半年後には側妃としてネリーニは入られましたもの。それにしても何と見苦しい。自国の王妃に離婚を突きつけて笑っているなど真っ当な神経か疑います。シュマイゼル様も秀麗な眉を顰めるほどです。
 今に始まった事ではありませんので、わたくしは慣れてしまいましたが、他国の方の印象は悪くなってしまうのではないかと思うのですが……。

「では手続きもあるでしょう? 」
「何も問題はないですぞ、シュマイゼル殿。もう終わっておりますからすぐにでも連れて行ってください! 」

 ぱさり、と一枚紙をエルファード様は投げつけてきます。わたくしが腰を屈めて拾ってみると離婚承諾書でした。書いた覚えもないのに、わたくしのサインも入って、神殿より認められた正式な書類でした。偽造、ここまでしますか。

「……いつのまに……」

 以前から準備されていたのでしょう……ならば何を言っても何をやっても無駄と言うことですね。

「ホラ、これも必要だろう? 」

 投げつけられた紙はレンブラントの王太子廃嫡届と正式に親子の縁を切るという絶縁状。こういう所だけは手回しが利いています。私は2枚の紙を握り締めるしかありませんでした。

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