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第三章 幼な妻の里帰り
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しおりを挟む水の流れる音だけが響く水牢で、高窓から僅かに入っていた月明かりも消え、マティアスとリリアは暗闇で扉が開くのをもう長い時間待っていた。
闇が薄まり高窓から朝日が差す頃、衝撃音と共に牢が揺れた。
砦の中が急に騒然とした気配になる。
「きたな」
「結局、あの人たち、減刑の交渉に来ませんでしたね」
「まあ、このまま出られたら貴女は無傷だから、一応無関係の人は見逃すよう上申するよ」
「マティアス様、大怪我なのに」
「ただの骨折と切り傷だ」
「事情を、聞いてあげるんですか?」
「聞いても良いけど減刑の材料にはならないな。どんなに気の毒でも王族を攫って傷つけて良いとは言えないし、関係ない女性を襲って良いとも言えない」
「そうですね」
「貴女だったら、どうする?」
「わたくしだったら、……内々に処理して、取引します」
「………へぇ? どんな」
「多分ですけど、キルゲスの山、銀鉱脈があるんです」
「なに?」
「銀鉱脈は殆どの鉱夫が酷い鉱山病になるんですが、ニックが予防法を試すサンプルを探してるんですよね」
「……彼らをモルモットにする気か」
「うまくいけばただの労働で済みます」
「………怖い人だな」
「死刑より良くないですか?
それに、北の予防線としての彼らは有用です」
この数ヶ月、会話を重ねて少しは歩み寄れたと思っていたマティアスは、己の甘さを思い知る。天気の話でもするように自分を犯そうとしていた人間の利用価値を積み上げる少女は、マティアスにはまだ理解の及ばないところにいた。
それから更に四半刻待つと、何度目かの砲撃音の後、牢の扉が開いた。
「あっ、いたいた~」
ひょっこりと覗き込んできた褐色の顔にリリアが嬉しそうに呼びかける。
「ムクティ! 来てくれたのね、ありがとう!」
「来たよー。大丈夫?」
ムクティは手を伸ばしてリリアを引っ張り上げる。
「わたくしは大丈夫。
マティアス様が怪我をしてるの」
「殿下、上がれる?」
差し出す手をとるとムクティは軽々とマティアスを引っ張りあげた。
ムクティの後ろには男が三人倒れている。
「ムクティがやっつけたの?」
リリアが目を丸くする。
「うん、攻撃してくるから。
アレクシスも来てるよ」
「え、トレビュシェットは誰が使ってるの?」
「フローラ。
アレクシスみたいな精度は出せないから気をつけてって言ってた」
にこにことリリアの手を引いて、ムクティは来た道を戻る。
「殿下、足怪我してる?
抱っこしようか?」
「いや、大丈夫だ。今どういう状況だ?」
「うーんと、エルザさんがハーマンのとこに国警から人を出せって言いに行ったけど、王都に問い合わせるとか言われたから、僕らでギルドとかに声かけて集まったよ。
エルザさんが責任とるって言ったから国警からも命令違反して何人か来てる。
今砦に入ってるのは、アレクシスと僕」
「ムクティ、そんなに強かったの……」
「ボチボチねー。
エルザさんは二人を見つけたらあとはほっといて出てきてって言ってたのに、アレクシス、犯人をぶちのめしに上に行っちゃった」
「そういうとこ、アレクシス、だめね……」
「ね」
三人は砦を出てエルザと合流する。アレクシスが暫くしてから殴り倒した首謀者を引きずって降りてきて、騒動は終わった。
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