【本編完結】訳あって王子様の子種を隠し持っています

紺乃 藍

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27. 混ぜるな危険 前編 ◆

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「はあ……お腹いっぱい……!」

 レオンの部屋に運ばれてきた食事は前菜からデザートまで美食の限りを尽くしたように彩り鮮やかで、どれも最高に美味しかった。おかげでここ最近では珍しいほど豪華な食事をとったセシルだったが、レオンは途中からずっと呆れ顔だった。

「どこがだ。全然食べてなかっただろ」
「食べましたよ。僕、元々たくさん食べる方じゃないので、途中で量を減らして頂けて助かりました」

 確かに運ばれてくる料理はどれも美味しかったが、いかんせんセシルには量が多すぎた。レオンは細身の割に食が太いらしく出されたものは残さず口にしていたが、そのレオンの友人だと聞いていたためか小食のセシルにまで彼と同じ量の食事が提供された。

 メインが運ばれてくる前に『全部は食べ切れないかもしれない』と申告するとすぐに量を調節してくれたので、本当に助かった。おかげで何とかデザートまで辿り着けたので、レオンにも食事を準備してくれた人にも感謝するしかない。

「実は一人前を食べ切れないことも多くて、いつもジェフリーに半分食べてもらってるんです」
「ジェフリー?」
「さっき心配してくれてた人です。同じ研究室に勤務してる仕事仲間で」
「ああ、あの不憫な奴か」

 先ほど馬車に乗る際のやり取りを思い出したのか、レオンがつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 その様子を見たセシルは、ソファに背中を預けたまま苦笑いを零した。レオンは先ほどもジェフリーのことを不憫だと言っていたが、あの場ではああする他ない。

「詳細は話せないですし、仕方がありません。週が明けたら僕からどうにか誤魔化しますので、レオン様は気にせず……」
「いや、そうじゃないだろ」

 ソファの隣に腰を下ろしながらため息をつくレオンに途中で遮られる。

 レオンが不憫だと表現するのは、セシルを心配してくれたジェフリーに真実を知らせることが出来ず、あの場から早々に立ち去ってしまったことに対してだと思っていた。

 だから次に出勤してジェフリーに会った時にどう対応すべきかと思案するセシルだったが、レオンが言いたいのはそういうことではないらしい。セシルの表情をじっと見つめると、数秒の後にフッと笑みを零す。

「まあ、いい。そのまま気付くな」
「な、なんですか……?」

 上機嫌なレオンの真意を問い質したくなったセシルだが、口を開く前にまた先ほどと同じように肩を抱かれて身体を引き寄せられた。

 大胆な行動にドキッとする。だが今は馬車ではなく二人の他に誰もいないレオンの私室だ。彼の望みを察知すると、レオンの求めに応じて大人しくその腕に身を委ねる。

 セシルの安堵を感じ取ったのだろう。こめかみの傍にレオンの吐息がかかった。

「今日、王会議の場でアレックスに関する報告とこれからの対応についての話し合いをした」
「!」

 レオンが静かな声に切り出した話は、今後のセシルとレオンにも関わる大事な話だ。

 甘い空気を一変させる内容にごくりと唾をのみ、レオンの腕の中から彼の顔をじっと見つめる。

「結論から言うと、薬は今すぐには飲ませないという判断になった」
「そ、そうですか……」
「だがどんなに遅くてもマギカ・リフォーミング予定日の一か月前までには目覚めさせることが決まった。俺も薬さえ完成すれば目覚めの先延ばしも可能だと意見はしたが、時期については覆らなかったな」
「……」

 淡々とした報告を聞くと、レオンのシャツを握る手にも力が入る。

 もちろん、これまで『アレックスに魔力を注入する』という目的で実施されていたマギカ・リフォーミングの日が『目覚めの最終期限』になるだろうと予想はしていた。

 もしセシルが薬の製作に失敗したり薬が上手く作用しなくても、例年通りにマギカ・リフォーミングを実施してマナさえ与えていれば、アレックスは今後も生きながらえることが可能だからだ。

 期限を長めに設けているのは、万が一失敗して目覚めなかったときに再度薬を飲ませるか、マギカ・リフォーミングを実施するかの判断を下す期間が必要だからだろう。

 これがアレックスの父である国王や母である王妃、政治に関わる有力貴族たちやアレックスの主治医の意見などを総合的に判断して導き出した答え。決定権を持つ人々の間で入念に話し合われて出された結論ならば受け入れるしかないし、セシルには口を出す権利すら与えられていない。

 もちろんアレックスが目覚めたのち、彼と行動を共にすることを国王陛下直々に命じられたら、今後はセシル自身にも関わる話だ。そうなったときはセシルの状況や考えも多少は考慮してほしいと思う。

 だが現状では『アレックスの長い眠り』と『レオンによる身代わり』は国家機密と呼べるほどの秘匿情報だ。ならば平民で部外者であるセシルの意見など求められるはずもない。――それよりも。

「マギカ・リフォーミングの一か月前ってことは、目覚めさせるまであと一か月もないんですね」
「ああ、そうだ。明日じゃないというだけで、どちらにせよ時間はあまり残されていない」

 レオンの言葉にきゅう、と胸が締め付けられる。

 誰もがアレックスの目覚めを望んでいる。本物の第一王子の回復を願っている。

 それは理解しているが、彼の目覚めの瞬間がセシルとレオンが傍にいられる時間のタイムリミットだ。

 一日でも長ければいいと思う反面、代わりにアレックスが眠り続けているのかと思うと、願望と理性の二律背反に押しつぶされそうになる。二つを天秤にかけてしまう自分を許せなくなる。

「そう悲しそうな顔をするな。啼かせたくなるだろ」
「……レオン様」

 交互にやってくるセシルの理想と現実を感じ取ったのか、レオンが表情を緩めて冗談めかしつつ頬を撫でてくる。

「大丈夫だ。セシルはただ堂々としていればいい」
「……はい」

 レオンの言う通り、セシルは明日の秘薬作りに堂々と挑まなければならない。いざという時は他の者に代替が可能なよう、高い魔力と知識と技術を持つ者にも控えてもらう予定だ。だが正確なレシピを読み解けるのはセシルだけ。できればセシルが最初から最後まで手をかけて、成し遂げたいと思う。

 落ち着こう、と深呼吸をしていると、不意にレオンの手がシャツの上からセシルの胸を撫で始めた。

「レオン様……?」
「なんだ」

 膨らんでもいないし柔らかくもない男のセシルの胸だ。触ったところで楽しいはずもないのに、レオンはセシルの顔を覗き込みながら、胸の突起を布越しに弄り始める。

「ッ……きょ、今日は……ゲストルームを用意して頂けるのかと、思っておりました」

 前回は『夜遅くなった』という理由でレオンの部屋に泊まったが、今日は事情が異なる。明日に備えて前日から王城に滞在することは最初から決まっていたし、レオンの完璧な側近であるローランドにも報告しているのだ。

 もちろん客室を用意しろ、と文句を言うわけではない。だが今回は目的が目的なので、セシルのためにしっかり部屋が用意されると思っていたのに。

「そんなわけないだろ。なんで同じ城の中にいて、別のベッドで眠らなきゃいけないんだ」
「な、っぇ……わぁっ!」

 セシルの心を読んだのか、レオンがにやりと笑う。その直後、膝の下に腕を入れられてそのまま身体を持ち上げられた。

 急に抱き上げられたことに驚いて文句を言おうとした。だが立ち上がったレオンの腕の中で暴れて床に落下したくはない。慌ててレオンの身体に掴まると、満足そうに微笑んだレオンがベッドの上に優しくセシルの身体を下ろしてくれた。

 しかし態勢を立て直す暇は与えられない。
 そのまま唇を重ねられると、あっという間に身体の自由と思考を奪われた。

「ん……」

 甘えるような声が漏れると、そのまま唇を軽く噛まれる。唇同士が触れ合って間近で感じる互いの吐息にまたドキドキとときめいてしまう。

「セシルの唇は柔らかいな。色も綺麗だし、一生懸命動くのも可愛い」

 レオンの指先が唇を撫でる。感触を確かめるように辿られ、時折顎を持ち上げられて口付けられる。薄く目を開けたレオンがすぐに離れ、また親指の先で唇を撫でられて、キスされる。

「あっ……ん、む……ぅ」

 緩急のあるキスに戸惑っているうちにレオンの舌が口の中に滑り込み、気付けば深い場所まで貪られている。ゆっくりと慣らされ、じっくりとキスの快楽を教えられていく。

「ふぁ、あっ……」

 熱い舌が口内を這い回る。驚いて引っ込んだセシルの舌を探すように、緩慢な動作で口の中を蹂躙される。

 深い口付けに力が抜けると、レオンが離れても口が閉じられなくなる。キスの余韻に酔ったせいか、舌の先から透明な粘液が糸を引いて顎に零れ落ちても、身体が熱に浮かされて拭うことも忘れてしまう。

 甘くとろける感覚に身を委ねていると、その隙をついてレオンの手がシャツの裾から中へ侵入してきた。肌に触れる指先の感覚に一瞬で我に返る。

「レオン様……だめ、です」
「ん?」
「は、恥ずかしい……ので……」

 そうだ、恥ずかしい。
 レオンは自分たちの関係を恋人同士だと言うし、セシルもそう思ってくれることは嬉しい。

 だがそれとレオンの部屋でこのまま抱き合うことは別の問題だ。気持ちが不安定な今の状態で激しく抱き乱されたら、いつも以上に我を忘れてレオンに縋ってしまいそうな気がする。

 誰がこの部屋の前を通るかもわからない。恥ずかしいから今日は止めて欲しい。――と口にするより早く、レオンが短い呪文を唱えた。

 するとすぐに部屋の照明が消える。扉にガチャンと鍵がかかる。広い部屋のすべてのカーテンがするすると引かれ、外界との情報が遮断される。

「ほら、防音魔法も使ったぞ。これでいいだろ?」

 セシルが恥ずかしいと感じる要素を丁寧に握り潰され、まだ何かあるか? と微笑まれる。やはりレオンは優秀な王子様だ。完璧な魔法と根回しにぐうの音も出なくなる。

 セシルにとって一番恥ずかしいのは目の前にいるレオンだ。彼に痴態を晒してあられもない声が出てしまうことが、本当は最も恥ずかしい。

「明日に備えてぐっすり眠れるよう、たくさん啼かせてやる」

 しかし拒否の言葉は言わせないとばかりににこりと微笑まれて再度唇を奪われる。それだけでセシルの身体は脱力して何も言えなくなってしまうのだ。

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