八百万町妖奇譚【完結】

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鐘楼の音※

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 ところで旺仁郎は相変わらず腹が減っている。
 ちょうどこの家に誰もいなくなったところで、旺仁郎今がその時と、米を炊いた鍋の蓋を開いた。縁にこびりついたそれをしゃもじでこそぎ取り、少し焦げたその部分を啄んで、密かに残しておいた甘露煮を箸で摘んで唇の隙間から押し込んだ。
 さらに二口ほどご飯と甘露煮を交互に運んで、そういえば宗鷹はまだ食事を口にしていなかったと思い出した。帰ってから食べられるようにと、乾かないうちに宗鷹の分のおかずとオニギリにラップをかける。

「美味しそう」

 ふと聞こえたのは、高くてまさに鈴を転がすような耳あたりのいい声だ。視線をあげると淡青色の着物の少女が立っている。それは橋の上から見かけたあの少女だった。
 どこから入ったのかと問うまでもなく、鍵をかけない玄関からだろうか。妖が出たら窓を閉め扉を閉せと言うのが昔伝え聞いた風習のようなものであったが、旺仁郎はそんなことなどすっかり忘れていたのだ。
 それにしても困ったことに、ここにあるのは蓮や大成の食べのこしと宗鷹の分である。しかし「美味しそう」とその紅い口元で微笑む少女は、キラキラと光を反射する大きく美しい目元をこちらに向けている。
 若い年頃の娘と関わる機会など数えるほどもなかった旺仁郎は、どうにも彼女の期待に応えたいと思ってしまった。おかずが一品減ったところで宗鷹にはバレまいと、母の作った甘露煮の小鉢を手に取ってみる。

「違うわ」

 そう言われて、旺仁郎は小鉢を置いた。そして天ぷらの乗った皿を手にする。

「違う」

 少女はもう一度言った。
 仕方ない、おにぎりを一つならと手を伸ばしたがまた少女は首を振り

「美味しそう。あなた美味しそう」

と、突然こちらに手を伸ばしたのだ。
 旺仁郎はほとんど反射的に身を引いて、かろうじてその少女の手から逃れた。
 窓を閉め、扉を閉せと言うのは当然妖が中に入らないようにと言うことだったのだ。異能者の少ない辺境地で育った旺仁郎には所謂危機感が不足していたようだ。とにかく、表へ逃れようと靴も履かぬまま勝手口から飛び出した。
 上空を旋回する鷹を目印に行けば宗鷹が助けてくれるだろうか。それとも町の小川を頼りにすれば蓮が、サラサラと擦れる紙の音を辿れば大成が、そう考えた。
 しかし、残念ながら食が足りず引きこもりの旺仁郎の足元はやすやすともつれ、何と館の門扉まですら辿り着けなかったのだ。
 少女の妖は慌てる様子もなく、まるで旺仁郎がそこで転がるとわかっていたかのように、ツカツカと小さな足を地面に突きながらゆっくりと穏やかに近づいてくる。
 そして少女は帯を緩めその襟元を少しずつ引き抜いていく。首元、首筋肩の辺りの肌が広がり、たわわな胸元の割れ目に旺仁郎の目は釘付けとなった。
 水をも弾きそうなそのきめ細やかな白い肌に、ついつい触れてみたいと頭に浮かぶ。
 見惚れて動けないままの旺仁郎の上に、重なるように少女が身を寄せ胸を当てがった。
 右手を引かれてそれが彼女の胸元の皮膚に触れると、旺仁郎は自分の顔に一気に熱が上り詰めるのを感じる。
 それとほとんど同時に首元に鋭い痛みが走る。少女の口元が自分の首に縋りつきそして歯を立てている。しまった食いちぎられる、と思った時にはすでに滴る血の感触があった。
 慌てて少女の肩を押すが、一向に離す気のないその顎はきっと引き離すと同時にその肉を持っていってしまうだろう。
 強烈な痛みに大きく顔を歪ませながら、旺仁郎は当然のように考えた。

--食われる前に、いっそ食うべきだ。

 そう思ってからは簡単だった。なぜなら旺仁郎はもう長いこと大きな口を開いて何かを食べることを望んでいたからだ。それが人の食べ物であれ妖であれどうやら関係なかったことに気がついたのはたった今だった。
 旺仁郎は食いちぎらない。丸呑みなのだ。だからなんの痕跡も残らない。
 着物も下駄も、髪の毛一本すらも残さずに、少女は旺仁郎の中にあっけなく落ちて行った。

 旺仁郎は驚愕した。

 未だかつて、こんなにも満たされたことがなかったからだ。長く長く続いた飢餓が治りどこかくすんでいた脳内の霧が綺麗に晴れていく。
 何より、信じられないほどの幸福感にもはや胸が苦しいほどだ。口元を押さえた手が震え、自然と目元から涙がこぼれ落ちてくる。

「どう言うことだ、急に気配がなくなったぞ」

 突然の声に旺仁郎は振り向いた。門扉から大成が駆け込んできたのだ。しかし、それより手前に音もなく蓮がこちらを向いて佇んでいた。
 いったいいつから?と、探る前に上空から一羽の鷹が降り立ってその姿を宗鷹に変えた。

「こちらの方で気配が消えた。おい、八尾家の……何か見たか?」

 おそらく名前が思い出せなかったのであろう宗鷹が、座り込む旺仁郎にその未だ殺気だった鋭い眼光を向けた。
 そこでどうやら旺仁郎の首元の血と涙でぐしゃぐしゃの表情に気づいたようだ。手を伸ばされ、思わずそれから逃れるように旺仁郎は後ずさった。

「あー、もしかして襲われた? 怪我したの? チビってないだけ偉いじゃん」

 ものすごくどうでもよさそうに、大成が手にした和紙を数枚懐に仕舞い込んだのが見える。もう使わないかと思ったのだろう。

「どっちに逃げた」

 短く問うた宗鷹に、旺仁郎は町の外の明後日の方向を指差した。宗鷹がそちらを向くと、鴉が一羽、視線の先に飛び立った。
 ところで先ほどから蓮が何も言わずにただただこちらを見ているのだ。
 いったい何処から見ていたと、問いたいところだが口を開けばどうなることかと考えると、旺仁郎は何も聞かずに少女を飲み込んだ口元を手で覆うしかない。

「手当をしようか」

 とようやっと口を開いた蓮が手を差し出した。何かを含んだその視線に圧倒されて、旺仁郎はその手を取るほかなかった。
 宗鷹と大成はとっくに興味を失っているようだったが、その中で蓮だけが旺仁郎から視線を外さないままだった。



「不思議だね、怪我してないよ。何の血だろうね」

 二階の廊下の先。連れてこられたのは蓮の部屋と思われる場所だ。まだ荷解きされていないのか、大きなベッドと大きな机を並べてもまだ有り余るその空間の窓辺に、いくつかのダンボールと鞄が積み重なっている。
 蓮は旺仁郎をベッドの隅に座らせて、ティッシュで首元を拭った後、その傷のないまっさらな皮膚を何か含みのある言葉を並べながら指でなぞった。
 旺仁郎は首の傷どころか、足の靴ずれの痛みすら綺麗に消え去っていることに、自分自身で気がついていた。しかし決定打を打ってこない蓮の態度に、その背中は冷たく汗ばみ、胸の奥が激しく脈打っている。
 いくら異能とは言え、妖を丸呑みしてしまう。それは異能を食らう妖とほとんど差がない化け物ではないだろうか。もし、この目の前にいる宇井家の三男にそのように判断されでもしたら、旺仁郎は拘束され本家で一生幽閉されるか、もしくはこの場で殺されるかもしれない。

「えーっと……ごめん、名前なんだっけ」

 蓮の問いに口を開くわけにもいかず、怯えた旺仁郎の視線は激しく泳いだ。

「あ、もしかして。喋れないの? なんか無愛想だなと思ったらそう言うことか、ちょっと待って」

 そう言って徐に立ち上がった蓮は窓際の荷物を漁り出した。「あれ、おかしいな」と誰に対してか言い訳めいた独り言を言いながら、開けた三つ目のダンボールからノートとペンを取り出した。
 蓮は隣に並んでベッドに腰を下ろすと、まっさらなノートの1ページ目を開きペンを旺仁郎に差し出してくる。

「名前、書いて」

 言われたが、1ページ目にただただ自分の名前を刻むのかと思うと、旺仁郎の手はひどく震えていた。否、それだけではなく、妖を飲み込んだ自分の隣にいる宇井家の三男の意図が計り知れないことも、震える原因の一つである。

「ひ…おう…ん? あぁ、これで一文字か。おうじろう?」

 名を呼ばれ、旺仁郎は頷きノートから顔を上げた。
 宇井家の三男、蓮の美麗な顔が目の前でこちらに目を向けている。
 その時浮かんだ自分の思考に、『嘘だろう』と旺仁郎は自分で自分を疑った。しかし、抑えようがないその感情は、沸々と、そして確実に旺仁郎の脳内を侵食し始めている。

『この人、めちゃくちゃ美味しそう』

 血肉を啜りたい訳ではない。物理的な何かではなく、ただただ美味しそうなのだ。旺仁郎は目の前の彼をどうにかしてしまいたいという感情を持ちながら、けれどどうしたいのかはわからない。
 やはり手の震えが収まらず、衝動を抑えるかのように自らの口を塞いだ。

「そんなに怖かったの? すごい震えてるけど。あーでも、なんでか怪我もしてないし、むしろさっき会った時よりも、すごく顔色がいい。肌も艶々してる」

 言われて机の脇の小さな鏡に視線をやった。蓮の言霊による思い込みもあるのかもしれないが、確かに誰か別人にでもなったみたいに血色がよく、目元のクマは消え去って、なんなら髪まで艶やかだった。

「ねえ、旺仁郎。君、異能なの?」

 確信をついた問いとともに、蓮の右手が逃すまいと口元に当てた旺仁郎の手を掴み引き寄せた。

「食べちゃったの? 妖」

 びくりと体が跳ね上がった。逃れようと身を引いたが蓮は離してくれない。体勢を崩してベッドの上に片肘をつくと、追い込むかのように迫ってきた。

「こんな特異な異能を持ってるのに、なんで誰も君のこと知らないんだ。どうして隠してるの?」

 蓮は旺仁郎の感情に気づいていない。目の前の人物がまさか自分を「美味しそう」だと思っているとは。
 だから後ずさる旺仁郎に無遠慮に身を寄せるのだ。そしてもはや押し倒すほどの体勢で、その体を逃すまいと押さえつけている。

「どうなってるか見せて?」

 そう言うと、蓮は旺仁郎の顎を掴み、反対の手の指で唇を割った。歯列をなぞりその口内を改めようとしている。
 どうにもまずい。これ以上されたら、旺仁郎は自分の衝動を抑える自信がなかった。だから咄嗟のことでついつい言葉を放ってしまったのだ。あれだけ祖母に喋るなとキツく言われたにも関わらず。

「やめて」

 旺仁郎が言い放ったのは、その一言だけである。しかし、それだけで大きな威力を持っていた。何故かその能力は相手の気力が高いほど影響力が大きいのだ。
 蓮は一度ゆっくりと瞬きをした後、両手で旺仁郎の体を押さえつけたままその唇を重ね、舌で旺仁郎の歯列を割った。口内に入り込むと手繰り寄せるように舌裏を弄っている。

『どうしよう……この人めちゃくちゃ美味しい』

 宇井家三男、蓮の清廉なその気は長年腹を空かせたままだった旺仁郎にとって、後頭部が痺れるほどの甘美な味だ。しかし、危うくその興奮と欲望で蓮の舌を食いちぎるわけにはいかないと、必死にその肩口の服を掴んで堪えていた。
 うっかり発した自分の声の能力のせいで招いたこの事態で、蓮に怪我をさせるわけにはいかない。

「ちょっと待って、旺仁郎。もしかして、能力一つじゃないの?」

 一度唇を離し、蓮が言った。旺仁郎の声の影響力に即座に気がついた蓮はさすがである。
 しかも、彼は怯える様子もなく、もはや面白いものを見つけたとでも言うように爛々と瞳を輝かせ、荒ぶるように頬を高揚させている。
 おそらくそれは、人の気すらも食らう旺仁郎のためにあるべき能力なのだろう。その声で魅せられた相手は、この蓮のように嬉々として自らの気を差し出すようになるのだ。
 血肉を食うよりはマシとも言えるが、それでも気力は一度に多くを失うと、復活するまで下手したら数日間動けない状況になってしまう。
 蓮の手から逃れ、身を丸めるように蹲り両手で口元を押さえるが、また少し強引な仕草で手首を掴まれる。

「ねえ、もう一回。なんか喋って? 旺仁郎、もう一回」

 また声を出せば蓮を惑わすとわかっている。もはや旺仁郎が戦っているのは少し強引な連ではなく、彼を喰らいたい自分自身なのだ。
 眼前で甘美な食事が自ら熨斗をつけて、食べてくれと訴えかけてくる。この状況はどうしても抗えない。

「ダメだ。蓮さん、美味しくて、我慢できないっ…」

 旺仁郎が言い終わるよりも先に、蓮の唇が旺仁郎のそれを塞いだ。また口内を弄られ、必死に衝動を抑える旺仁郎は、蓮の手が自分の下半身に伸びていることに気がついていなかった。

「やめて、このままだと食べちゃうかも」
「それは困る」

と、蓮は笑った。
 食われる前に、自分ならばどうにかできると言う余裕なのだろうか。蓮は動きを止めなかった。口内を弄りながら下半身の衣服に伸ばしたその手を下着の中に滑り込ませて、撫で付けるように旺仁郎の性器をあらわにした。
 しかし、蓮を喰らわぬように必死な旺仁郎はやはりそのことに気がついていなかった。気がついた時にはすでに、握った蓮のその手が先走りを含んでぐちゃぐちゃと音を鳴らしながら上下している。
 無意識下でも体は反応をして、硬く膨らむそこからの刺激に腹の底からびくびくと込み上げてくるものがある。
 ついに蓮は自分の衣服から性器を露わにすると、仰向けになった旺仁郎の下半身の衣服をはぎ取り、脚を開いて抱え込むように引き寄せて自分のそれを擦り付けた。二人のそれを手の中に包むと、同時に擦り合わせている。
 悠長に喘ぐわけにはいかない旺仁郎は必死に口元を押さえ込む。速さを増し熱く擦れるその感覚で、ついに上り詰めた旺仁郎は自分の親指の付け根を噛んだ。

「んっ…ふっ…‼︎」

 先端から溢れ出るのと同時に口元から息が漏れた。その感覚と同時にびくりと腰が浮き上がる。

「旺仁郎、なんで声我慢しちゃうの」

 言いながら、蓮はすでに達した旺仁郎の性器をまだ達していない自分のそれに合わせたまましつこく擦り続けている。

 もうやめてと言わせるつもりか。

 旺仁郎は目尻から溢れる涙を拭くこともできずに蓮の動きを静止しようとその手首を掴んだ。

「何?」

 優しげなのか意地悪なのか、そんな笑みを浮かべた蓮に、旺仁郎は必死に頭を振ってダメだと訴える。

「まだ我慢するの?」

 その物言いは、旺仁郎が音を上げるのを待っているかのようだった。しかし、唇を噛み締め耐える旺仁郎の様子を見た蓮は、ドロリと腹に流れ出たそれを指に擦り付け、そのまま流れるような手つきで後ろの孔に当てがった。
 その行動に旺仁郎の体は驚き跳ね上がる。身を捩って這いあがろうとしたが、蓮に太腿を抱えて引き寄せられてしまう。

「ここ弄ったら、流石に声出るよね」

 そう言った蓮の細く長い指の先端がプツリと音を立てて旺仁郎の双丘に割り入った。
 これはダメだ。絶対ダメだ。声で無理やり惑わせてしまった蓮にこのまま委ねるわけにはいかない。そう意識を強く振り絞って、旺仁郎は断腸の思いで蓮の腹を踏みつけるように蹴飛ばした。

「うっ…!」

 不意を突かれたのか、蓮が衝撃で身を引いた瞬間、旺仁郎は転がるようにベッドから逃れ、慌てて衣服に足を通して引き上げると、振り返らないまま蓮の部屋を飛び出した。
 駆け込んだのがちょうどトイレだったのが幸いだ。鍵をかけて座り込む。
 蓮が追ってくる気配はなかったが、旺仁郎の手荷物は全て一階のキッチンにある。こんなどろどろに汚れた状態で、宗鷹や大成に出会しでもしたら言い逃れのしようがない。
 とにかく汚れた部分を拭き取り、衣服を正した。手をこれでもかと言うほど隅々まで洗った。そして恐る恐る扉を開き誰の姿もないことを確認した後、つま先だけで廊下を駆け抜け、手すりに体を擦り付けるように階段を降りた。
 誰もいないと思っていたキッチンに駆け込むと、なんと宗鷹と大成が食卓に座っていた。旺仁郎は立ち止まろうと力を入れた際にまた足がもつれて、靴下を履いた足がフローリングでつるりと滑って尻餅をついた。
 その物音に、二人は視線を旺仁郎へと向けたのだが、旺仁郎はさも何事もなかったかのように立ち上がる。
 痛いも言わず、恥ずかしいところを見られたと照れて笑うこともしない旺仁郎に、大成は変なやつだと肩をすくめた。
 いつのまにか大成の前にあった彼のお皿は米粒一つ残さず綺麗さっぱり空いていて、まだ足りないのかKFCの袋の中からチキンを取り出して齧り付いている。
 宗鷹の前でそれはいいのか? とも思ったが、当の宗鷹本人は気にしない様子で、天ぷらに箸を伸ばしていた。
 旺仁郎は空いたお皿を流しに下げて、味噌汁の入った鍋を火にかけた。その隣で湯を沸かす。
 味噌汁が温まってから、椀に注いで宗鷹の前に気取られないほど静かに置いた。否、実際はもちろん気取られているが、宗鷹は特に礼を口にしないままその椀に手をつける。
 沸いた湯でほうじ茶を入れ、二人の前に置いてから、旺仁郎は隅においてあった自分の荷物に手を伸ばした。
 スーツケースは広げたまま中身を露わにしていたが、特に見られて困るものもないし、誰も中身に興味などないだろう。
 運び出そうと蓋を閉じたところでハタと気がついた。どうしたものかと迷った結果、旺仁郎はカバンの中からメモ帳とボールペンを引っ張り出す。それを宗鷹の前に置き、ゆっくりと文字を綴った。どうやらその行動で、宗鷹も大成も旺仁郎が喋れないと解釈したようだった。

 二人して何を書いたのかとメモを覗き込んでくる。

「ああ、部屋か。一階に使用人用の部屋がある。そこを使え。手入れされてないから多分汚れてるが」

 一階にあるのなら、まあ適当に探せば見つかるだろうと思ったが、どうやら宗鷹は案内するつもりのようで、箸を置くとテーブルに手をついて立ち上がった。
 食事中に申し訳ないと、両手を振って示したがうまく伝わらなかったようだ。ついて来いと言うようにキッチンを出ていく宗鷹の後を、旺仁郎は慌てて大きな荷物を背負って追った。
 スーツケースを手に抱えふらふらとした旺仁郎を見兼ねたのか、大成が「貸しなよ」とそれを手に取った。結果案内されたその部屋まで、大成は旺仁郎のスーツケースを運んでくれた。
 一階の隅のその部屋は、さっき入った蓮の部屋の半分のさらに半分ほどの広さであったが、旺仁郎自身生活するにはなんの問題もない。薄暗いと感じたが、宗鷹がカーテンを開けるとそこまででもないようだ。ベッドはないので布団が必要になりそうだが、後で館内を探せばどこかしらにはあるだろう。
 旺仁郎は荷物を背負ったまま2人に深々と頭を下げた。体を起こした際にバランスを崩しかけたが、丁度大成が手を伸ばしたので転倒は免れる。

「お前、ガリガリすぎじゃね? いくつよ?」

 体重のことか? と一瞬思ったが、おそらく年齢のことだろうと思い直した。旺仁郎は大成の右手を恐る恐る引き寄せて、その手のひらを大成の向きからわかるように自身の年齢と同じ数字をなぞってみた。

「えっ、まじ。タメじゃん。ちゃんと食えよ。ケンタまだあるぞ?」

 その申し出に旺仁郎は首を振って頭を下げた。
「いらない」と「ありがとう」だ。無表情な分こうして礼儀をわきまえてるとアピールしておかなければ要らぬ軋轢を生みかねない。
 そして思い立ってもう一度メモとペンを手に取った。書いたそれを宗鷹に見せる。
 彼は一瞬言葉を詰まらせ、咳払いをして

「問題ない」

と旺仁郎の質問に短く答えた。旺仁郎が何を聞いたかというとこうである。

『鶏肉は食べられますか?』




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