八百万町妖奇譚【完結】

teo

文字の大きさ
上 下
25 / 46
表裏の思惑

25

しおりを挟む
 八百万町は狭い町だ。
 有力家系の子息令嬢ともなれば、こちらが相手を知らずとも相手はこちらの顔と名前を知っているなんてことはザラだった。
 特に御三家ともなれば、ことあるごとに噂の的になるわけである。好意的なものも多いが、そうでないものもある。妬みに嫉み、そして憐れみ。

「昨日の鐘楼の後もかなり消耗してて立てなくなってたって聞いたよ」
「まだ若いのに限界なのかな」
「少し休ませてあげれば良いのに」
「でも、最近妖の量が増えてるって聞いたぞ」
「この前も、獣型だけでなく、人型も同時に何匹かでたってきいた」
「飛行できるってだけで重宝されるからな、休むとか無理だろ」

 昼食を終えて、蓮が教室に戻ると、ドアの近くで机を囲んだ生徒たちの声が聞こえた。彼らは蓮の姿を見つけると、気まずそうに一斉に口をつぐんで愛想笑いで誤魔化している。
 聞こえていたが、別に咎めはしないという意味で、蓮は彼らに適当な笑みを返した。
 彼らがしていたのは、宗鷹の話である。宗鷹が能力を使った後の消耗が激しいのは昔からだ。だから、今日明日にも彼に限界が来るというわけではない。
 その時がくるのはきっと何十年も先。下手したらその前に自分か宗鷹が死ぬことだってあり得ると、蓮は思っていた。
 幼馴染でありながら、いつか堕ちれば殺し殺さなければいけないこの関係は、まるで悲劇のように歪なものとして語られることが多いのだが、当の本人である蓮はあまり現実的な話として受け止めてはいない。
 だから周囲が宗鷹の背景にみる悲壮感のようなものも、「なんか違うだろ。あいつってそうじゃない」と蓮は思っているのである。
 幼馴染といえどべったり仲良しというわけではなかった。
 今も一緒に暮らしながら、蓮はどこかで宗鷹とは相容れないと感じている。別に嫌いなわけではない。ただ自分とはかけ離れた人間であると、感じることが多いのだ。
 蓮は自分の腹黒さを自覚している。それと比べると、宗鷹は綺麗すぎると思うのである。
 例えば黙っていれば誰にもバレないような事を、わざわざ人に伝えて懺悔する。そんな融通が効かず、愚直で損をするのが宗鷹である。それを見て、言わなければ良いものをと口を噤むのが蓮なのだ。
 だからこそ、今朝の宗鷹の発言は、蓮の心情に深い暗雲をもたらした。
 それまでは自分の中で貯め込んでいた思いが通じ、ようやっと旺仁郎を手に入れたと言う喜びで溢れていたと言うのに。本当にそうか?その行いは正しかったのか?と自らに問いかけずにはいられなくなってしまった。
 蓮は自分が性欲を満たすためだけに旺仁郎を求めていたわけではないのだなと改めて気がついた。求められて、受け入れられて、嬉しかったのだ。
 しかし、それはただ自分に都合のよい解釈だ。冷静に考えたら旺仁郎は腹が減っていただけで、受け入れないとご飯がもらえない…という状況だった。そもそも蓮はそれをわかっていたはずで、元を辿ればその状況に追い込もうとすらしていたのだ。

「え、まって。けっこう最低じゃない?」

 気づけば口に出していた。
 残りの昼休みの時間を過ごすべく、席の近くに集まり雑談を交わしていた友人たちが、自席に座る蓮の言葉に顔を向けた。

「蓮もそう思う?」
「えっ?」

 その問いかけに、蓮は眉を上げた。

「要は、告白もしてないのに、先にヤルことやっちゃったってことだろ?」

 蓮の心臓がどきりと跳ねた。まさか全部が口から漏れていたのかと焦ったが、そうではなかった。蓮ではなく、集まっている友人のうちの1人の話だ。

「まあ…そうなんだけど。そんなに、だめか?」
「ダメだね、本気なら尚更」

 蓮を含めて男五人。
 先にやる事やった一人を、他の四人が咎める構図となっているようだが、蓮の心中では、向こう側の一人と肩を並べて座っているような気持ちである。

「相手の気持ちになってみろよ。身体だけが目的だって、思ってるぞきっと」

 蓮は胸のあたりを抑えた。なんだか痛い。

「もしかしたら、相手の方がお前の体目的だったりしてなっ」

 揶揄うような一人の言葉に、蓮は小さく息を吸った。

「そ、そんなこともないんじゃないか?」

 蓮は口に出して言ってみたが、自信はない。
 旺仁郎は食べさせてもらう代わりに、自分の身体を開け渡した。彼は生娘でもないし、もっと言えば人ですらない。好きだ嫌いだの感情よりも、もっと合理的に物事を考えていた可能性がある。

「まあ、どっちにしろ告白してみりゃ、相手がどう思ってるかわかるだろ?今のままじゃただただ不誠実だ」
「うーん、それでフラれたら辛いしな。とりあえず、体の関係だけに甘んじるのはだめかね?」
「おまえ、それなかなか最低だな」

 蓮はもう彼らの話が頭に入ってこなかった。
 旺仁郎は自分を好きだから身体を許したわけではないのではないか、そのことばかりが気がかりである。
昨夜の蓮は美味しいかどうかばかりを問うて、好きかどうか一度も聞かなかった。というか、それ以前に、旺仁郎に好きも嫌いも伝えていないのだ。
 蓮はいったん、やり方を間違えたことを認めることにした。本来であればお互いの気持ちを確認してからことに及ぶべきだったのだ。それを認めて、必要であれば旺仁郎に謝罪しよう。その後で改めて……

--いや、ちょっと待て。好きだと言うのか?旺仁郎に?例えば言ったとしよう。言ったとして、相手は旺仁郎だ。あの動かない表情で「そうですか」と頷かれて終わるんじゃないか?
 
 蓮は頭をかかえた。
 こう言う時、自分の比較対象として思考に宗鷹が登場する。宗鷹であれば、今朝の宣言通りに相手を尊重し、自分の欲ばかりを押し付けず、きちんと段階を踏むのだろう。
 そして、宗鷹と旺仁郎が連れ立って歩く姿を想像してしまったその瞬間、蓮は抱えた頭をあげ、首を振った。

「蓮、大丈夫か?」
「蓮がそんなに俺のこと真剣に考えてくれるなんて、嬉しいよ」

 友人の勘違いに、蓮はまたついついあざとく笑顔を向けてしまうのであった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

豆狸2024読み切り短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:9,538pt お気に入り:2,449

伯爵様は色々と不器用なのです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:71,707pt お気に入り:1,259

婚約者の彼から彼女の替わりに嫁いでくれと言われた

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7,172pt お気に入り:142

転移したらダンジョンの下層だった

Gai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,848pt お気に入り:4,632

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:12,449pt お気に入り:1,201

処理中です...