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第十六章

神父様は全て御承知

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 次の日、浩子はバーハム神父と共に祖母をシアトル・タコマ国際空港まで送りに行った。

 ジョンはと言うと。

 明日から浩子を生まれ故郷のモニュメント・バレーに案内する為、家に残り、キャンプ道具の準備にかかっていた。

 そう、ジョンは、自身が生まれた『風の谷』でキャンプをし、自分の友達である『岩山の風達』に浩子を紹介するつもりでいたのだ。

 予定通り、祖母を乗せた東京行きの飛行機はタコマ空港を飛び立った。

 それを見届けた2人は車に乗り込んだ。

「バーハム神父様、ありがとうございます。何から何までご配慮していただき、本当に感謝します。」

 バーハムは浩子のお礼を聞きながら、慎重に車を発進させ、

「浩子、お礼はこちらこそです。ジョンと浩子が一緒にシアトルに来るなんて、この老人神父にとっては、生涯最後の神からのご褒美だと思っていますよ。」と優しく答えた。

 道中、浩子は、バーハムが久住を去ってからの事を季節を追って、丁寧に説明し続けた。

 一部始終、それを聞いたバーハムはにっこり笑い、一言、「安心しました。」と言った。

 その笑顔は、嬉しさや安堵のものではなく、幾分か眉間の皺を増やした表情で、悲哀かつ苦悩を帯びた表情のように浩子には見受けられた。

 車中に一瞬、沈黙の空気が漂った。

 バーハムは、押し黙ってしまった浩子の表情を横目でチラリと見ると、

 こう問うた。

「浩子、どうしたのですか?」と

 浩子は伏目がちに、こう答えた。

「神父様、何か御心配なことがお有りなのでしょうか?」と

 バーハムは、車をハイウェイに乗せると、ルームミラーで後方を確認し、前方車との距離を保つと、速度を一定にし、ハンドルを握る手の力を緩めた。

 そして、優しく浩子に話し始めた。

「浩子は、ジョンのことを愛してます。」

 浩子はその言葉が発せられるのを覚悟していたが如く、

「はい。」と瞬き一つせず答えた。

「浩子の神学校へ進む目的は、ジョンと一緒に居たいからですね。」

「はい。」

「実は、その事もおばあさんから相談を受けていましたよ。」

「えっ」と

浩子はその言葉には驚いた。

「おばあさんは、それでも浩子を神学校に推薦してくれるのか、私に問いました。
おばあさんは、ジョンと結ばれない愛を続ける浩子を心配していたのです。」

「おばあちゃん…」

「浩子が神学校に入学し、無事、卒業しても、その先は、今と同じ境遇のもと、ジョンとの関係を続けざるを得ない浩子を不憫でならないと仰っていました。」

 浩子はそっと言った。

「神父様は、全て承知していたのですね。」と

「分かりますとも!おばあさんから、そう聞いた時、私は思いました。
『やはり、そうなったか。』と、そして、私は2人をこの目で見て、確信しましたよ。
 2人の愛はとっても深いことをね。」

「神父様…」

「浩子!このおいぼれ神父でも、これまで何百、いや何千もの新郎新婦の婚姻の誓いの立会いを行って来たんですよ。

 ジョンと浩子の2人が見つめ合う視線、愛の強さは、私が見たどのカップルよりも強いものを感じましたよ!」と、

 こう述べたバーハムの声は、明らかに嬉しそうであった。

 そう感じた浩子は、至極当然として、バーハムにこう問うた。

「神父様は、それを御承知なのに、何故、私を神学校に推薦なさったのですか?

 聖職者として大罪を犯す2人を何故、咎めようとなさらないのですか?」と、

 バーハムは、また、笑顔から真顔に戻り、浩子にこう言った。

「浩子の覚悟を感じ取ったからですよ。」と

「私の覚悟?」

「そうです。浩子のジョンを想う覚悟です。」

『あっ』と浩子は心で叫び、両手で胸を押さえた。

『バーハム神父様は、私の心を全て御承知なんだわ。』と、

 そう感じた浩子は、ゆっくりと、さらに懺悔した。

「神父様、私が神学校を目指したのは、ジョンと一緒に居たいという簡単な想いだけではないのです。

 ジョンにだけ、大罪を負わせることが嫌だったからなのです。

 私もジョンと同じ立ち位置に立って、大罪の罰を受けるべきだとそう考え…、それで…」

「浩子、よく分かりました。よく言ってくれました。

 私が感じていたとおりです。

 今度は、私が、聖職者の立場に居ながら、

 2人の大罪を承知しながら、

 何故、

 2人を咎めようとはせず、かえって、喜びさえ、感じているか、その理由をお教えしましょう。」

 浩子は声を出さずに心の中で泣いていた。

 そして、バーハムは浩子にこう諭した。

「今から私は、ジョンの幼少期の物語を語ります。

 浩子は今から私が物語るジョンをある少年として捉えてください。

 決して、ジョンを想い浮かべないように!

 丁度、家まで後1時間ほどです。

 1時間もあれば、この物語は終わります。

 この物語は、いつか浩子に語らなければならないと思っていました。

 2人だけの時にね。

 そして、物語に質問は不要です。

 聞き終わった後、

 浩子の感性で感想を伝えてください。

 それが私が2人を咎めない理由ですから。」と

 こう言うと、老神父は、運転席側の窓を少しだけ開け、

 胸ポケットから葉巻を取り出すと、ライターソケットで火をつけ、

 葉巻の煙を外に向い、ゆっくりとくねらせながら、物語を語り始めた。
 



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