上 下
20 / 75
第二十章

夢の道標

しおりを挟む
 ジョンは夢を見た。

 ・・・・・・・・・・・・・

 暗闇の中、ナバホ族居住地の入口の門柱に1人の勇者が十字架に磔りつけられ、苦悶の表情でうなだれている。

 磔られた十字架の下で轟々と燃え上がる炎が、1人の勇者をこれから断末魔の恐怖に導こうとしていた。

 時折、勇者の切断された下半身から溢れ出る血が、十字架を伝わり、燃え上がる炎に滴り、「ジュー、ジューッ」と音を立てていた。

 恰も、勇者の血がその命の寿命を1秒、1分と延ばすかのように。

『くそぉ!早く殺せぇ~、見せしめなんぞ、ナバホ族には通じやしない!俺を早く殺せぇ~!』

『おいおい、ナバホ族の勇敢な勇者が、死に急いでやがるぜ。』

『白人女を卑しめた異教徒の分際で生意気な口をたたきやがるぜ!』

『そう死に急ぐなよ。フィナーレは盛大にしないとな。
 ほら、お前の汚れた血で孕んだ白人女も観客の1人だぜ!』

 そこには、口に猿轡をされ、後ろ手をロープで結ばれた白人女性が泣け叫び、首が折れんばかりに顔を振っていた。

『泣き喚かず、しっかり見るんだ!お前を孕ませた野蛮人が、焼き死ぬのをよーく見るんだ!』

『やめろ!触るな!女を離せ!』

 勇者は白人至上主義者らを睨み付けながら叫ぶ。

『さっきまで死に急いでいたくせに、今更、何をほざく!』と、

 白人至上主義者らは、白人女性を松明の前に連れて行き、

『ほら、ここならよーく見えるぞ!野蛮人の丸焼きがな』と、女の顔を掴み、無理矢理、前を向かせようとした。

 勇者は白人至上主義者らを更に睨みつけ、オオカミの唸り声の如く、震える野太い声でこう言った。

『俺は貴様ら呪う。俺は貴様らを絶対に許さない。地獄の淵からでも貴様らを睨み殺す!』と

『何をほざいてやがる!おい、松明にもっとガソリンをぶっ掛けろ!』

 一斗樽のガソリンが容器のまま、燃え上がる炎に投げ込まれた。

 松明は、真っ赤な凶暴な炎に変身し、「ゴォー、ゴォー」と雄叫びを上げながら、勇者の身体を包み込んだ。

 白人女性は気を失い、その場に倒れ込んだ。

 勇者は、足先が燃え始める激痛に耐えながら、最期の力を振り絞り、

『うぉーっ!』と

 闘いの雄叫びを上げると、渾身の力で十字架から抜け出そうと身体全体を揺すり出した。

 その振動で松明の火の粉が辺り一面に飛び散った。

『き、気狂いだぜ、この野蛮人は…」

『熱っちぃ!火の粉がこっちに降って来やがる!』と、

 白人至上主義者らは、慌てて、松明から引き下がった。

 そして、燃え上がる炎の中から勇者の怨念の声が響き渡った。

『天よ、大地よ、精霊を司る全能の神よ、この生贄の願いを叶えたもう。天よ、大地よ、精霊の神よ、この生贄の呪いの念を風と共に…、地獄の淵から噴き上げたもう。』と

 その怨念の声は、地響きように白人至上主義者らに響き渡った。

 怖気ついた白人至上主義者らは、怯みあがり、後ろへ後ろへと引き下がった。

 その隙に、ナバホ族の住民らは、火の粉が降り注ぐ中に横たわる白人女性を助け出した。

 それを見届けた勇者は、身体の動きを止めた。

 その瞬間、勇者の眼球が眼孔から、まるで溶けた卵のように飛び出し、そして、後ろに束ねた黒髪は、軍鶏の鶏冠のように赤く燃え上がった。

『龍じゃぁ!龍の呪いじゃぁ!』

『勇者は龍になった!龍神になった!』

 ナバホ族の居住地から、群衆の騒めきが湧き起こった。
 
『な、何が呪いだぁ…、龍…、そんなもん居るはずがねぇ…』と、

 白人至上主義者らは、しきりに強がりを宣ったが、勇者の死に様を直視できる者は、誰1人としていなかった。

 壮絶な死に様であった。

 そして、勇者の絶命を見届けたナバホ族の居住地から、呪文のような合唱が湧き起こった。

『勇者の霊は天に昇り、龍となって、愚者に襲いかかる。』

『龍神の怒りは、呪いの炎を吐き出し、愚者を焼き尽くす。』

『龍神の呪いは、天空と大地を覆い尽くし、愚者の逃げ道は閉ざされる。』

 白人至上主義者らは、この幻想的な合唱に圧倒され、何も言えず、茫然自失となり、さらに後ろへ引き下がった。

 白人女性は、居住地の中で意識を取り戻すと、群衆に揉まれながら、気が狂ったよう首を振り続けていた。

 見せしめリンチの蛮行が、勇者の壮絶な死に様を表出させ、更にはナバホ族住民らの先天的かつ神秘的である内に秘めたエネルギーをも蘇生させてしまった。

 暴徒と化したナバホ族の逆襲を恐れた白人至上主義者らは、

『ちぇっ!野蛮人共が、喚きやがって!』と捨て台詞を吐きながら、逃げるように馬を馳せ、ナバホ族居住地から去って行った。

 住民らの呪いの合唱が鎮まった。

 すると、1人の男が忠告を唱えた。

『白人と手を結んだのは誰じゃ!』

 そして、次々と忠告が戒めのよう謳われて行く。

『勇者を生贄として差し出したのは誰じゃ!』
 
『仲間を売った奴は誰じゃ!』

『裏切者は誰じゃ!』

『その者も勇者の龍神に呪われ、呑み込まれようぞ!』

 群衆の後方に陣取っていた酋長は、何も言わず、側近を伴い、屋敷の中にそっと消えて行った。

 住民らは、卑怯で非力な酋長を憎みながらも、勇者を救えなかった自身らも同罪であると落胆した。

 そして、やるせない気持ちを抱きながら、燃え上がる炎に土を被せた。

 炎は黒煙となり、やがて疾風がそれを払い除けた。

 そこには、原型を留めない黒焦げた物体が、同じく黒焦げの十字架の上に、辛うじてぶら下がっていた。

 ・・・・・・・・・・・・・・

 ジョンは目を覚ました。

 既に向こう正面のメサの上には太陽が生まれ出していた。

 ジョンは、悪夢のシナリオを脳裏に書き留めた。

『勇者か…、僕の父は、母と僕を最期まで守ろうとしたんだ。

 酋長か…』と

 夢の惨劇は忘却し、要点のみを書き留めたジョンは、太陽に向かって、こう祈った。

『夢は過去を示し、未来を見えなくする。
 ならば、未来は主に委ね、今ある勇気により過去に立ち返る。

 主よ!私に今生きる勇気をください。

 主よ!日々祈る代わりに、日々、一時でも構いません、私に勇気をお与えください』と

 そして、そっと呟いた。

『日に一度の勇気!

 居住地の酋長に会わねばならない!

 それが今日の勇気だ。』と

 ジョンは新鮮な朝日にそう誓いを立てると、テントの方を振り返った。

 そこには、浩子がジョンと同じように朝日に向かい、祈りを捧げていた。

 ジョンは浩子に近づき、額にキスをした。

 浩子はゆっくり目を開き、そっと囁いた。

「夢を見たの。」

「どんな夢だい。」

「太陽の出でる高い高い山を登ってゆくの。

 何も目印もない山道を…

 声が聞こえる方に向かって…」

「声が聞こえる方?」

「そう、泣いてるの…、悲しい響きなの…」

 ジョンは感じた。

『風達の言ったとおりだ。

 僕たちは夢で感じたんだ。

 僕は父を…

 浩子も感じた。何かを…

 悲しき声を、東の頂きから…』

 2人は、朝餉を終えると、荷物をリュックに仕舞い込み、岩山を登り切り、その裏側の谷へと下って行った。

 岩山ビュートに挟まれた谷は、人工的な砂地となり、足を踏み入れると下にコンクリートの敷地が覗いていた。

 谷を挟む岩山の岩壁には、いかにも古来図を単に模倣したような壁画のパネルが横並びに設置され、その中程辺りに、十字架のデザイン画が表示されていた。

 この付近でジョンは産まれた。

 24年前

 ここには、巨巌があり、その凹みの穴の中で屍の下から泣き叫ぶ赤子がいた。

 その赤子がジョンであった。

「ここでジョンは生まれたのね。」
 と浩子が言った。

「うん。

 今は、何もない、ただのコンクリートの道となってしまったが、僕は確かにここで生まれたんだ。」

 そう言うと、ジョンは腰を下ろし、母親の遺骨が、このコンクリートの下に埋もれているかを確かめるように、

 コンクリートの上に被さる砂をそっと手のひらで払い除けた。

 そして、ジョンと浩子は、十字架のデザイン画に向かって十字を切り、そして祈った。

 祈りが終わるとジョンが言った。

「浩子、昨夜、風達が言ってたんだ!

『夢が教えてくれる。』って」

 浩子はジョンの気持ちを察したように、こう問うた。

「ジョンも夢を見たの?」

 ジョンは、何も言わずゆっくり頷いた。

 そして、こう言った。

「僕の父は勇者だったよ。卑怯者の異教徒ではなかった。
 卑怯者は酋長さ。」

 その瞬間、浩子は、「はっ」と感じ、こう言った。

「私が見た夢、聴いた泣き声…、

 それは、もしかしたら、ジョンのお母さんかも…」と

 ジョンは思った。

『浩子の霊感は僕より遥かに強いんだ!

 浩子は感じている。

 母の愛を、僕に対する母の願いを感じている。』と

 浩子がジョンの肩にそっと手を乗せて、こう言った。

「ジョン、行きましょう!

 ナバホ族の居住地へ」

 ジョンはゆっくり立ち上がると、西に微かに見える居住地の街並みを見遣り、浩子に答えた。

「うん!行こう!酋長に会いに行こう!夢の道標に沿って行こう!」と

 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ざまぁされちゃったヒロインの走馬灯

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,011pt お気に入り:61

親友彼氏―親友と付き合う俺らの話。

BL / 完結 24h.ポイント:610pt お気に入り:20

寡黙な女騎士は、今日も思考がダダ漏れです。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:353

そこまで言うなら徹底的に叩き潰してあげようじゃないか!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,173pt お気に入り:44

ハヤテの背負い

青春 / 連載中 24h.ポイント:454pt お気に入り:0

出雲死柏手

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:745pt お気に入り:3

進芸の巨人は逆境に勝ちます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:1

こころ・ぽかぽか 〜お金以外の僕の価値〜

BL / 連載中 24h.ポイント:1,001pt お気に入り:783

EDGE LIFE

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:724pt お気に入り:20

処理中です...