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第二十七章

ベガに乗って東へ!

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 2人は酋長の屋敷を出ると、来た道を引き返し、土産屋が連なるメイン通りに出た。

 ジョンと浩子はお互いに合図をした訳でもなく、土埃が吹き荒み、バタバタと旗を叩いているメイン通りの行き止まりのハーブ店を見遣った。

 すると土埃の向こうに佇む老婆の姿が目に入った。そして、老婆が2人に向かって手招きをしているようにも見えた。

 2人は老婆の元に歩いて行った。

 2人が近づくと、老婆が声を掛けて来た。

「酋長は話してくれたかい?」と

「はい、父の事も母の事も話してくれました。」

「そうか…、これでやっと酋長も天国に行けるか…」と老婆はそう呟くと、

「これから何処に行くんだい?」とジョンに尋ねた。

「東に行ってみます。母の事について、ホイラー山のプロブロ族の酋長に会って聞いてみようかと。」とジョンが答えると、

 老婆はジョンの返事を心得ていたかのように、『うん、うん』と笑いながら頷いた。

 浩子が老婆に問うた。

「あの…、おばぁさんは、此処で私達を待っていてくれたのですか?」と

 老婆は照れ臭そうに笑いながら、

「これでも私は予言者だよ。

もう一度、2人と話す未来が見えていたんじゃよ。」と言いながら、
既に用意しておいた言葉をジョンに投げ掛けた。

「やはり、東の山に行くのか?行き先は分かるのか?」と、

 ジョンは簡単にこう答えた。

「地図を見ながらジープで行こうかと思っています。国道2号線をオクラホマ州へ目指して行けば良いかと。」

 それを聞いた老婆は、何やら思惑のあるような言い回しで、

「うむ。観光巡りならそれでも良いが、プロブロ族を探すには、骨を折るぞ。」と、

 ジョンは少し困惑した感で、

「此処と同じような居住地があるのでは…」と言ったが、

 老婆はすかさず、

「いや、このナバホ族居住地はネイティブ・アメリカン最大規模の居住地だが、プロブロ族の居住地はこれほど広大ではない。」ときっぱりと言い切った。

 ジョンは当てが外れた感じで、

「そうなんですか…」と呟いた。

 老婆は更に畳み掛けるように、

「況してや30年前の白人至上主義者らの襲撃によって、ホイラーピークの村は壊滅したままだよ。

 カーソン国有林地帯のタオスの町も以前とはすっかり様変わりしたらしく、プロブロ族の姿は見当たらないようだよ。」と追い討ちを掛けた。

「プロブロ族は、ホイラー山の頂上に居るのでは?」と浩子が素朴な疑問を投げかけた。

 それでも老婆はきっぱりと言い切る。
 
「ホイラー山の頂上に行くには、車では無理だよ。険しい山道を登らないと行けないからね。」と

 浩子もジョンを見遣り、

「そうなんですかぁ…」とうなだれた。

 老婆は2人の落胆した様子を何故か嬉しそうに見ながら、

「困りましたよね!お二人さん!
まぁ、こっちに来てご覧!」と言い、2人を店の裏に案内した。

 2人が老婆の後ろをついて行くと、店裏には二坪ぐらいの厩舎があった。

「馬だ!」とジョンが声を上げた。

「本当だ!懐かしいなぁー」と浩子も声を上げて、厩舎の窓から顔を覗かしている馬に駆け寄った。

 老婆は言った。

「馬で行くんだよ!」と

「えっ!」と2人を声を揃えた。

 老婆は馬の鼻面を撫でながら、2人にこう言った。

「この馬に乗って行きなさい。大抵の馬具はそこにあるから、必要な物は持って行って良いから。」と

「良いんですか?」

「構わんよ!そのつもりで、2人を待っておったのじゃ。」

「ありがとうございます。」

 老婆は、喜ぶ2人の顔を見ながら、こう説明した。

「この馬は賢い馬でな、一度行った所は覚えておるのじゃ。ホイラーピークの村には何度となく行っておる。

 ホイラー山の頂上には登ったことはないが、この馬なら大丈夫だよ。」と、

 ジョンが老婆に尋ねた。

「ホイラーピークは『風の谷』から行けば良いですよね?」と、

「あぁ、それで良いよ。『風の谷』から東に向かうとやがて分岐点が見えて来る。ホイラー山には右に行けば良い。

 ただ、さっきも言ったとおり、ホイラーピークは壊滅したままだ。

 もしかすると、山頂に通ずる道もあやしいかもしれんな。」と老婆は説明した。

 ジョンは更に問うた。
 
「山道が通れなかったら…、一体どうやって山頂まで行けば良いのですか」と、

「その場合、一旦、カーソン国有林地帯を南下してから、リオ・グランデ川に沿って登れば良い。」と答え、そして、浩子を見て笑いながらこう付け足した。

「迷ったら、この子が風に聞くよ!」と

 2人が馬に跨ると、老婆は馬を引いて、表に出た。

 そして、ジョンが用意した鞍の装備を点検し、

「念の為…」と呟き、

 一旦、店に戻ると、ライフル銃一挺と銃弾箱2ケースを持って来た。

「カーソン国有林地帯は用心するんだよ。ヒグマやピューマが居るからね。

もし、馬が嘶いたら、ライフルを握るんだよ!」とジョンに言い渡した。

「分かりました。射撃は得意ですから大丈夫です。」とジョンは胸を張って答えた。

 2人は老婆に別れの挨拶をし、居住地の門を出た。

 振り返ると既に老婆の姿は無かった。

 2人は朝来た道を再び『風の谷』を目指して進んだ。

 既に右手に見えるメサのお盆のような岩の上には太陽が腰を下ろし掛け、東のホイラー山の上には、白い月が顔を覗かせ始めていた。

 ジョンは舗装された道路から砂漠に入り、東に馬を向かわせた。

 時より、土煙の旋風が向かい風となり、ジョンは帽子を目深く被り直した。

 浩子はジョンの後ろに座り、ジョンの背中に顔を埋めていた。

 ジョンが浩子に言った。

「浩子、気楽なアメリカ旅行が想定外の旅になってしまったね。」

「うん!良いの!それの方が私は嬉しいよ!」

「どうしてだい?」

「ジョンがね。この旅で、私を必要としてくれてるのがよーく分かるの!」

「そうさ!浩子の霊感は頼りになるんだ!」

 その時、浩子が『そうだ!』と声を上げた。

「何だい?」とジョンが聞くと、

「ジョン、今日も昨夜と同じ所でキャンプだねー」と浩子が嬉しそうに囁いた。

「時間的にはそうなるかなぁ。馬もね、勝手にそっちに向かってるんだ!」

「そうなんだ!賢い馬だね。そっか、この子に名前を付けないとね。」

「浩子が決めてごらん!」

「うーん、女の子の芦毛か…」と言いながら、浩子は空を見上げた。

 そして、ジョンの後ろから前方を指差して、こう聞いた。

「あの月の上に見える星は何て言うのかしら?」と

「こと座のベガだよ!」

「だったら、『ベガ』にしない?この子の名前!」

「いい名前だ、そうしよう。」

 浩子は満足気にまたジョンの背中に顔を埋めた。

 ジョンは浩子の身体の温かみを感じながら、前方を見遣った。

 前方には、全く動こうとしない月が見えていた。

 ジョンは感じた。

 白い朧気な月は優しくも何故か哀しそうであり、白点のようなベガの星座は月が満ちるの待ってるかのように感じられた。

 それは、まるで、月が母であり、星が自分であるかのように…
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