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第六十三章

『先が見えなくても…』

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 漆黒の暗闇の中、本来この場に居ようはずがない人間達がライトの光を蝋燭の炎のように揺らしながら佇んでいた。

 ビリーは肩を振るわせ泣いているジョンに何も言わず暫し見つめていた。

 マリアと所長は、ジョンの告白に対するビリーの次の言葉を待っていた。

 ビリーはかがみ込み、ジョンの顔にヘッドライトを浴びせ、ジョンの目を見ながらこう問うた。

「君は自分のアイデンティティを知った後、どうするつもりなんだ?」と

 ジョンは顔を上げ、ビリーの目を見てこう答えた。

「終止符を打つ…」

「何の終止符を打つんだい?」

「運命に終止符を打つ…、悪魔の血に終止符を打つんです。」

 その時、所長が暗闇に唾を吐き捨て、こう言った。

「甘えん坊だな、神父さんは。」と

 そう言うと所長は赤外線スコープを覗き込み、後方へライフル銃を向け、こう言った。

「イラク砂漠での夜戦はこの獣道のようだったよ。

 暗闇の中、4、5歳の子供がリュックを担いで此方に向かって走って来るんだ。

 そう、リュックの中には自爆弾がぎっしり詰まっている。

 子供達は親にこう言われる。

『死ねばアラーの神がお前を祝福してくれる。』と

 ハムラビ法典の一文も理解していない子供にそう言うのだ。

 子供は何も分かっちゃいない。

『不信仰者を撃退するために命を捧げる。そして、アラーの側に行ける。』

 そんなジハードの教えは、何も理解していない!

 死ぬなど思ってもいない!

 ただ、親に言われたから…、親に褒められたいから…、皆んなそうしてるから…

 単なる洗脳だ!

 そして、俺たちはこのスコープを覗き込み、向かって来る子供を視認する。

 目印は一つだ。

 リュックを担いでいるかいないか、それだけだ。

 リュックが見えたら迷わず引き金を引く。

 子供の眉間を狙ってな。

 眉間を撃ち抜かれた子供は仰向けに倒れ、リュックに詰まった爆弾と共に肢体を粉々に飛び散らせる。

 果たして、その子がアラーの側に行けたかどうか…

 いいか!

 俺の言いたいことは、運命を軽々しく言うのはよせ!

 運命の入口は『生』であり出口は『死』だ!

 これだけは万物に平等だ!

 ただ、勝手に運命の出口を決めるのは、あまりにもおこがましい振舞いだ!

 死は自分で決めるものではないんだ!

 人から言われて決めるものでもないんだ!

 既に決まっているんだ。

 運命の出口への歩みを止めてはならない!

 先が見えなくても歩くしかないんだ!

 それが運命だ!

 勝手に決めるな、甘えん坊の神父さんよ!」

 ジョンの心に所長の言葉が響き渡った。

『先が見えなくても歩くしかないんだ!』

 そして、ジョンはふらふらと立ち上がると所長を見て笑った。

「何、笑ってんだ!」と所長が怒鳴った。

「貴方の言うとおり、僕は甘えん坊ですよ。僕は6歳の時に歩みを止めたんです。6歳で死にたいと思ったんです。ほんと、甘えん坊ですよ。」

 ジョンはそう言うと、真顔で所長に近づき、所長のライフル銃の銃口を自身の額に当て、

「ピューマじゃなく、僕の眉間を撃って欲しかった。」と呟いた。

 所長は静かに言った。

「そんなに君は死にたいのか?」と

 ジョンは銃口を額から外し、所長の目を見て答えた。

「分からないんです。僕の心が分からないんです。どうして死にたがるのか…、だから…」

「だから…?」

「だから、知りたいんです。僕の正体を。『悪魔の血』の根源を知りたいんです。」

 所長はジョンの肩を抱き寄せた。

 そして、ジョンの耳元でこう囁いた。

「君はイラクの子供達と同じだ。良いかい?分からずに『運命の出口』へ向かっては駄目なんだ。」と
 
 所長は感じた。

『この青年の心は6歳の時から嘆き続けているのか…、それは生き地獄だ。俺に眉間を撃ち抜いて欲しかったか…』

 所長はジョンを暫し抱きしめると、ジョンの顔を見て、こう問うた。

「生きたいと思ったこともあるだろう?」と

 ジョンの脳裏にぼんやりと浩子の顔が広がり始めた。

『浩子…、一緒に居たかった…』

 そう感じたジョンはそっと頷いた。

 所長は言った。

「皆んな同じだよ。俺も同じだ。生きたい思いと死にたい思いとが繰り返し訪れるのが人生さ。」と

 その時、突然、後方の暗闇から猛獣の唸り声が響き渡った。

 所長はライフル銃を構え赤外線スコープで後方を見遣り、こう言った。

「人生談義は一先ずお預けだ。此処で長居はできないらしい。」

 ビリーも散弾銃を構え赤外線スコープで後方を覗いた。

「大きなヒグマ2匹が馬の肉に喰らい付いてる!」

「ヒグマは欲深い。分け前を独り占めにする習性がある。直にこっちへ襲って来る。」

 所長とビリーは顔を見合わせると、ビリーが言った。

「生きてこの道を抜けてから説得します。」と

 所長も頷き、こう言った。

「帰りが大変だが、ホイラー山の登山口へ向かうしかないな。」と

 ビリーはにやりと笑いこう言った。

「先が見えなくても歩くしかないと言ったのは所長ですよ。」と

 所長は唾を吐き捨て、

「くそったれ!お前は俺の疫病神だよ!」と言い放つと、

「君とマリアは先を歩け!俺とビリーで後方を守る!」と号令を掛けた。

 そして所長は呟いた。

「今は思う。生きたいと。ヒグマの餌になるのは真平御免だ!」と



 

 
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