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第六十八章

心理カウンセリング

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 漆黒の暗闇からピューマの屍を引き摺り出すと、所長はぐちゃぐちゃに変形した屍の顎を開き、2つの牙をナイフで切り取った。

「ほらよ!ビリー、記念品だ!」

 所長は牙の一つをビリーへ放った。

 牙を掴んだビリーは、それを胸ポケットに仕舞い込むと、

「コイツが仇かどうかはコイツだけが知っている。」と呟いた。

 所長は胸ポケットから葉巻を取り出し、咥えながら、

「コイツに違いない。ピューマが一つの縄張りに二頭は存在しない。コイツが居たのは10年前と同じ場所だ。間違いない。」と言い、

 ピューマの尻尾を掴むと川へ向かって引き摺り始めた。

 ビリーもピューマの尻尾を掴み一緒に引き摺り、ピンク色の巨体を川へ放り投げた。

 リオ・グランデ川の水面は赤く染まり、ピンク色の巨体はゆっくりと川底へ沈んで行った。

「仲間の血が染み込んでいる底まで沈みやがれ!」と所長は言いながら、唾を吐いた。

 ビリーはヘリの無線でサンカフェの保安官事務所へ任務終了の報告を済ませると、川岸で葉巻を蒸せている所長の側に行き、煙草に火を付け、紫煙をくねらせた。

 所長がビリーへ問うた。

「どうする?一旦、サンタフェに戻るのか?」と

 ビリーは紫煙を吐きながらこう答えた。

「シアトルへ行って来ます。」と

 所長は頷き、こう言った。

「あの子に会うのか?」と

「ええ、会って伝えないと。」

「どう伝えるんだ?昨夜の約束どおりか?神父が『お前を必要としない』って言うつもりか?」

 ビリーは下を向き暫し考えてからこう答えた。

「会ってから決めます。」と

「そうか。」

 所長は一言返事をすると腰を上げヘリに向かった。

 そして、ヘリの後部席からガソリンタンクを2缶持ち出すと、給油口を開け、燃料を投入し始めた。

 ビリーはそれを燻しげに見遣り、

「所長、何をしてるんですか?タオスまでの燃料は持つはずですよ。」と問うと、

 所長はビリーを見遣ることなくこう言った。

「俺もお前も今日から2日の休暇を取る。」と

「えっ?」

「シアトルに向かう。」

「所長も一緒に行くんですか?」

「当たり前だ!お前がその子をものにするかを見届けるのが、今回の俺の最終任務だ!」

 ビリーはにやりと笑い、吸い殻を指で弾き、

「シアトルの帰りは3人になってるかも知れませんね。」と言い、ヘリの助手席へ乗り込んだ。

 給油を終えた所長は操縦席に乗り込み、ビリーを見遣りこう言った。

「もし、その少女が付いてきたら、お前の分はないぜ。その子は神父のものさ!」と

 ビリーは頷きながらもこう答えた。

「それはそれで良いかも知れませんね。」と

 轟音と共に浮上したヘリはリオ・グランデ川を、再度、下流へと飛び立って行った。

~~~~~~~~~~~~~~~ 

「最近、悪夢は見ますか?」

「いいえ、見ません。」

「良く眠れてますか?」

「はい、薬を飲んだら寝付きが良いです。」

 この日、病院の医務室で医師がバーハムと祖母の立会いにより、浩子に対し、最終的なカウンセリング治療を行っていた。

 浩子の悪夢障害はこの1週間で改善へと転じたことから、今後は通院によるカウンセリング治療と投薬治療が計画されていた。

 医師は処方薬の説明を始めた。

「この睡眠導入剤は入睡が早く、約30分で入睡します。効果は8時間あります。服用する時間帯を上手く調整してくださいね。

 それと、この薬の特徴として、眠りの浅いレム睡眠が継続しますので、途中で覚醒する場合もあるかと思いますが、暫くするとまた眠くなりますからね。」と

 浩子が不安気に質問した。

「眠りが浅いとまた悪夢を見たりするのですか?」と

 医師は笑いながらこう説明した。

「確かにレム睡眠は脳が働き続けていますから、夢を多く見ることになります。夢を多く見ると言うことは悪夢を見る可能性もあるということです。」と

 バーハムが首を傾げながら医師に尋ねた。

「素人の考えからすると、悪夢障害を患っていましたので夢を見ないような薬の方が良いのかと思うんですが…」と

 医師はこう説明した。

「悪夢障害の後だからこそ、悪夢を見る比率を調査する必要があるんです。通常人は1%の確率で悪夢を見ると言われています。

 浩子さんの場合、突発的なうつ状態であったため、この入院中は、かなり強い睡眠導入剤を投与し夢を見ないようにノンレム睡眠の比率を高めていましたので、今後はレム睡眠との平衡を図る必要があります。

 また、強い睡眠導入剤を継続してしまうと、薬への依存度が高くなってしまいますから。」と

 浩子とバーハムが納得したのを確認すると、医師は「ここからは浩子さんだけ残って貰います。」と告げ、バーハムと祖母は退出した。

 医師は医務室のドアが閉まるのを確認すると、浩子にこう述べた。

「今からは心理カウンセリングを行います。

 私が質問しますので瞬時に感じたことを端的に答えてください。

 分からない時は分からないと言って構いませんからね。」と

 浩子は神妙な顔付きでこくりと頷いた。

 医師が質問を始めた。

「今、貴女はジョンさんに対してどのように感じていますか。

「忘れたいと思っています。」

「何故ですか?」

「私を捨てたから…」

「捨てられて、どのように感じていますか?」

「憎い…と感じています。」

「憎いだけですか?」

「私…、彼に…、怒りも感じています。」

「捨てられたから怒っているのですか?」

「違います。」

「では、どうして怒っているのですか?」

「裏切られたからです。」

「どのように裏切られたと思っているのですか?」

「愛してると言っていたのに、急に私を『重荷』扱いにし、理由も言わず別れを持ち出して来たからです。」

「彼が豹変したことに裏切りを感じているのですか?」

「それもあります。」

「他にもあるのですか?」

「はい…」

「それは何ですか?」

「……………」

「答え難いことは言わずに結構ですよ。」

「あの…、彼は他の人を好きになって…」

「貴女はその人に嫉妬心はありますか?」

「はい…、無いと言えば嘘になります。」

「彼をその人から取り戻したいと思っていますか?」

「それはないです。」

「何故ですか?」

「彼が嫌いだからです。」

 ここまでで掛け合いを終えると、医師は浩子の眼をじっくりと凝視した。

 浩子の視線は泳ぐことなく、逆に医師を鋭く睨み返していた。

 医師はこの心理カウンセリングの結果をこう説明した。

「浩子さんはもう大丈夫です。最初の質問の答えと最後の質問の答えが繋がりますから。」

「えっと…、何でしたっけ?」

「彼を『忘れたい』、彼が『嫌い』と答えましたよ。」

「そう!そうなんです。」と浩子は大きく頷いた。

「私、振られたことや、私以外の女性を好きになったことなんて、どうでも良くなったんです。

 許せないのが『嘘つき』と『裏切り者』です!

 私、怒ってるんです!

 だって、先生、私、何にも悪いことしてないんです!

 なのに!理由も言わずに別れの手紙だけ寄越して!

 彼、狡いんです!

 私…、嘘を吐く人、狡い人…、嫌いなんです。

 早く解放されたいんです!

 彼の思い出を全て消し去りたいんです!

 私、彼よりも、おばあちゃんやバーハム神父様を愛したいんです!」

 浩子はそう言い切ると大きく深呼吸をした。

 そして、にっこり笑い、医師にこう言った。

「先生!私、すっきりしました!

私、頑張って、彼を忘れますから!」と

 医師も笑いながらこう言った。

「浩子さん!頑張らなくても大丈夫ですから!

 浩子さんには、相応しい人がきっと現れますから!」と

 浩子は顔を赤くし、

「先生、私、何か恥ずかしいです。振られた女がこんなに開き直って…、恥ずかしい…。」と下を向いて照れ笑いを浮かべたが、

 すっと顔を上げてこう言った。

「先生!私、先生の仰ることが何となく分かった気がします。

 私…、早く新しい恋をしたいなぁ~って!

 過去より素晴らしい恋を。」と

 
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