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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟むマリーにレイン、ジェシカさんにハンナさんそれからクラウスも本来あるべき場所へ戻た翌朝から『桜の庭』はすっかり淋しくなってしまった。
みんなに甘やかされた日々を過ごした俺はまだ上手く時間を使えない。
朝の支度にしてもマリーとレインに頼っていた部分が多くてありがたさを再認識しつつその分の役割を果たすためにカイとリトナに変わり食事を届けてくれる人達とは今も挨拶するので精一杯だった。
そんな俺よりもっと淋しさを感じているのはやっぱり子供達で鬼ごっこもかくれんぼもサーシャいわく4人と俺では魅力に欠けてしまうらしく何をするにしてもつまらないみたいだった。
そんな日々を過ごし今日は春月6日。
サーシャが俺にくっついて歩くのが収まったかと思っていたら今日はディノが洗濯物を干す俺の足元をチョロチョロ歩いていた。
「ねぇおそと~おそといきたい~。」
「ごめんね、まだダメなんだ。」
「じゃあでぃのおてつだいする。」
「終わってもダメなんだ。」
「ちょっとでいいからぁ。」
「ちょっともダメなんだ、ごめんねディノ。」
「な~ん~でぇ!もぅ!とおやのいぢわる!」
可愛いおねだりを何度も断るうちにとうとう言われてしまった。
「ごめんねでもダメなんだ。もう少し待ってて、そしたら一緒に縄跳びして遊ぼう?」
地団駄を踏むディノの前にしゃがんでご機嫌を伺いながら膨らんだほっぺをふにふにと両手で弄ばせてもらう。うん、可愛い。
「ディノ、あっちにちょうちょがいたよ。」
「はやくいかないととんでっちゃうよディノ。」
双子のロイとライがやってきてディノの気を逸らすのに一役買ってくれる。最近はいつもこんな感じで頼もしい。
「え!どこどこ!」
「あっちだよ。」
「サーシャがみはってるよ。」
ふたりが表の庭を指差すとすっかり笑顔に戻り蝶を探しに走って行った。
「ありがとうロイ、ライ。」
お礼を言えば同時に小さく頷いてディノの背中を追っていった。
「いぢわるかぁ。」
残りの洗濯物を干しながら素直なディノの言葉に思わずため息が出てしまった。でも事実外に出られないのは俺が理由だ。
みんなが帰った翌朝、淋しく眠った筈の腕の中にはサーシャがいて起こさないようにベッドを抜け出すと机の上で通信石が光っていた。
「クラウス?」
「ああ、おはよう冬夜。」
「うんおはよう。どうしたの?朝になんて珍しいね。」
昨日は腕の中で聞けていた声が無機質なものから聞こえてくるのが残念だ。それでもクラウスの耳障りの良い優しい声に合わせ光るオレンジ色にドキドキと胸を高鳴らせた俺にクラウスが『外出禁止』を告げた。
しかもしばらく逢えないおまけ付き。その理由をクラウスはハッキリと言わなかったけどきっとそれも俺が原因なんだよな。
その日のお昼ごろにはアルフ様からノートンさん宛に同じ内容の手紙が届いたけれど持って来たのは時々見る灰緑の髪をした近衛騎士だった。
空になったかごを片付け庭に向かうとちょうど郵便屋さんがやってきた。
これも今まではレインが受け取りをしてくれることが多かったけれど今はノートンさんが配達時間を見計らってエントランスの掃除をしてくれていたりする。
「こんにちわ~」
「こんにちわ~」
「はいこんにちは。今日はこれだけですね。」
門扉に集まった子供達に挨拶を返す顔見知りの郵便屋さんは子供好きのようで手紙は必ず門を開けたノートンさんにではなく足元に群がる小さな郵便屋さんに渡してくれる。そしてノートンさんもすぐには受け取らず一旦ベンチに座って配達されるのを待っている。子供心を掴むのが本当に上手でその姿は全部俺のお手本だ。
「おや?」
宛先を確認した手紙の一つに手を止めるとその場で封を切った。
「なあに?」
「だれから?」
ノートンさんの両脇を陣取ったサーシャとディノが一生懸命覗くけれど絵本のようには読めないらしかった。読めていたらその場で大はしゃぎだったろう。
差出人はアンジェラ。内容は明日の訪問を知らせるもので、ノートンさんがその場で明かさなかったのは俺からクラウスを通してアンジェラに来てもらって良いのかを確認するためだった。結果はもちろんOK。アンジェラの身元が確かなのもそうだけどこれまでも『桜の庭』を訪れたことがある人なら今まで通り来てもらってもいいみたいだ。
そして翌日、早い時間にやってきたお姫様なアンジェラは大量のお土産を運び入れてくれた侍従さんを追い返すとまたたく間に軽装に着替え子供達と遊び始めてくれた。
「じゃあ行くわよ、うーさーぎーさーんーがーこーろーんーだ!」
始まりの桜に向かい目をつむり掛け声の後に振り返ったアンジェラから少し離れた所でぴょんぴょん飛び跳ねていた子供達が耳代わりの両手を上げて一時停止していた。
「サ~シャ~?動いたでしょう。」
「えへへしっぱいしちゃった。」
片足でぐらついたサーシャが名前を呼ばれ嬉しそうなのはアンジェラと指をつなぐ権利を得たからに違いない。
「混ざらないのかい?」
「見てるのも結構面白くてつい。」
「ふふ、確かにそうだね。ほらまたライが残ったみたいだ。」
2回目の洗濯を干し終わり様子を見に来たけれど、それより先にいたノートンさんも子供達が楽しそうに遊ぶ様子を目を細めて見ていた。
今やってるのは俺が教えた『だるまさんがころんだ』のうさぎバージョン。おとぎ話同様ルールは曖昧だ。コンセプトは捕まえられた小さなうさぎを猟師さんから救い出す事。そのうさぎの救世主は意外な事に毎回ライだ。
最初の頃は少し人見知りでいつもお兄ちゃんのロイにくっついている物静かな印象だったけどそれは間違ってたみたい。最後の一人になるとびっくりするほど大胆に近づいてアンジェラが振り向く前に繋いだ小指を外すのを成功させてしまう。
「やだ、もうまたなの!?」
再び漁師になることが決定したアンジェラが文句を言ううちに子供達はどんどん走って逃げていく。
「アンジェラ!早く数えないと!」
「あ、そうだった。いちにさんしごろくしちはちきゅじゅっ!あ、もう数えたのに、ちょっと!?止まりなさい!こら待てうさぎども!」
「「きゃ~っ」」
流石に4回目は子供達も飽きたみたいでこのままおにごっこに転じて行くみたいだ。
アンジェラ相変わらず元気だな。
そう相変わらず元気で良い子だ。
本当はお披露目式が終わって初めて会うことになるからどんな反応するかなって緊張してたとこもあったんだけど馬車から降りたアンジェラは俺の前に来ると前と変わらず久しぶりに顔を合わせた気さくな友人として俺を抱きしめた。
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