迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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「何があったんだい?」

「それがあの……僕の事に気付いてなかったみたいで話したら驚いちゃって。」

アンジェラの声を聞いてプレイルームから様子を見に駆けつけたノートンさんに成り行きを説明していたら今度は泣き出してしまった。

「おねえちゃん……。」

さっきまで元気だったアンジェラが泣いてしまったから俺を囲んでいた子供達はみんなアンジェラの所へ行ってしまった。

これじゃぁ俺が泣かせたみたい。いや、俺が泣かせたのか。

「そうか、きっと急な事で驚いてしまったね。アンジェラこの年寄とお茶を飲むのはどうかな。」

ノートンさんがそう言って手を差し延べると下を向いたまま肩を震わせていたアンジェラが小さく頷いた。伝え方がいけなかったのかも知れない、ノートンさんならきっとこの涙の理由も上手く聞き出してくれるかも。

でもやっぱりそれは俺が聞きたい。

「だめだよ、俺と話そうアンジェラ。」

ノートンさんの手を取ろうとしたアンジェラの手を横から攫った。びっくりして引っ込めようとするけど絶対離さないもんね。

「ノートンさん、子供達お願いしていいですか?」

「もちろんだとも、キミからお願いされるのなんて滅多にない事だから嬉しいね。」

見上げるとノートンさんはゆっくりと頷いてくれた。やっぱりこっちが正解だ。

「みんなごめん、俺とアンジェラふたりだけにしてくれる?」

せっかく遊びに来てくれたアンジェラを独り占めしちゃうのは気が引けるけど仕方がない。
俺のお願いに子供達は後ろ髪を轢かれるようにしてノートンさんの後について室内へ入って行った。

さあ二人きりだ。

ぺたんと座り込んで下を向いたままのアンジェラは俺より背が高いのに随分と小さく見える。涙は止まったみたいだけど何の反応もしてくれない。困ったな、何から話そう。

「……がっかりした?」

そう言うと肩がびくんと震えた。

「そっかぁがっかりさせちゃったんだ。」

そうだよね。俺の知る皇子様はアルフ様やエリオット様みたいにもっとずっと格好良いけどそれに比べて実物の俺は華やかさのかけらもない黒目黒髪の痩せぎすのチビで真珠の肌もピンクの唇も侍従さんの為せる技だ。この涙の理由がそれならばどうしようもない。

「ごめんねアンジェラ。俺アンジェラがわかってるって誤解してた。来た時もハグしてくれたでしょう?普段あんな事しないし……でもそうだよね写真も小さかったし名前が一緒だからって『皇子様』と俺なんて結びつかないか。」

「違います。」

ふぅ、とため息を付いた時アンジェラがポニーテールの髪を左右に揺らして俺の手をぎゅっと握り返した。

「すぐにわかりましたわ。だって私は知ってますもの神秘的な夜闇の黒髪も煌めく黒曜石も私の知っているトウヤ様が持ってるものだって。」

「じゃあどうして泣いてるの?」

まっすぐ俺を見て『違う』と言ってくれたレモン色の瞳は再び潤みを帯びてまた下を向いてしまった。

「それでもガーデニアの愛し子様が私の知る『桜の庭』のトウヤさんと同じ人であるのか確信が持てませんでした。ただ一度頷いてくだされば良いのに何度聞いても父は教えてくれませんでした。本日私がここに来た本当の本当の理由はそれを確かめたかったからです。」

「だけどさっきまでやっぱり俺じゃないって思ってたんだよね。どうして?」

それも違うと首を振った。

「……トウヤ様が『トウヤ様』であるならもう会えないものと思っていました。それなのに変わらず私のトウヤがいて嬉しかったんです。だから違うと思いました……それなのに…やっぱりトウヤが『トウヤ様』だなんて……。」

敬称もバラバラで結局俺だって認めているのかいないのか、言ってる事がちぐはぐに思えるけどなんだろう、アンジェラの話に既視感を覚える。
それに俺の事『私の』なんて殺し文句だ、思い違いでなければ眼の前でうなだれるアンジェラが治癒魔法の事を話した時のマリーとレインに重なった。

「……そうであるならば私は改めなければなりません。取り乱してしまい申し訳ありませんでした。存じ上げなかったとはいえこれまでの非礼をお許し下さい。」

俺が両手で握っているのはアンジェラの右手。そのアンジェラは自由になる左手で涙を拭くと背筋を伸ばし俺を見ないままお辞儀をした。

「改めるってその変な言葉遣いの事?」

それは俺が一番嫌だと思ってることなんだけどな。

「あのね、写真が小さかったのはこれからも俺がここで働けるようにって配慮して貰えたからなんだ。だから俺は俺の存在がみんなの迷惑にならない内はここで働くつもりなんだけどアンジェラは俺が皇子様だと遊びに来てはくれないの?もう今までみたいに仲良くしてくれないの?」

「……私とトウヤ様ではお立場が違いすぎます。」

「そっか、じゃあ今日はそのまま帰る?」

何の事かとようやく俺をみたアンジェラに俺も左手を自由にして自分の頭を指さした。

「アンジェラと出会った頃の俺は自分の立場なんて知らなくて孤児院で育った平民の冬夜だったけど普通に話そうって言ってくれたのはアンジェラだよ。それなのに俺が皇子様だとダメなの?俺はこのままが良いな、帰る前にドレスに合うように髪も結ってあげたいしその間に友達としか話せない話もしたいよ。」

肩書に見合う自分になりたいと思っているけれど肩書に合わせそれまでと付き合い方を変えてしまうのは淋しすぎる。

「でも……。」

「あのね、本当の事を言うとそういう友達アンジェラしかいないんだ。だから聞いて欲しい話が沢山あるんだよね例えばこの指輪の話とか。」

アンジェラの目の前で左手をぱっと開いてみせる。

「……と、特別な魔道具ですの?」

「特別だけど魔道具じゃないよ。これクラウスとお揃いでね、俺の育った所では結婚指輪って言うんだよ。」

クラウスから貰った俺の自慢の結婚指輪が木漏れ日を浴びて薬指でキラリと光る。
にんまり笑った俺を見てアンジェラが再び大声で叫んだ。

「え!?何?結婚指輪って何!?クラウス様と結婚したの!?いつ!?」

さっきまでの内気なお嬢様はどこへ行ったのか俺を押し倒す勢いで左手を捕まえて問い詰めるのはいつものアンジェラだった。

こんな風に誰かに自慢するのは初めてだ。

アンジェラが来てくれたのは本当に久しぶりで前に話したのは冬の2月の終わり頃。あの頃の俺は自分に自信がなくて俺の知らないクラウスの話をアンジェラから聞かされた時は素直に喜べなかった。全部は話せないけれどあの時出来なかった俺の惚気話を聞いてほしい。それから今日のアンジェラによく似た俺の自慢のマリーとレインの話もしたい。

「教えてあげたいけどこれは友達にしか話さないって決めてるんだ。どうする?これからも俺の友達でいてくれる?」

そう聞いたらまた泣き出してしまったけど今度は笑顔で「はい」って返事をしてくれた。





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