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第2部 『華胥の国の願い姫』
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しおりを挟む桜まつりの2日目、朝食が終わってからポーションをひと瓶飲んで子供達の前に戻ると俺の変化に気付いた途端大騒ぎになった。
「すご~い!」
「かみがちゃいろいよ。」
「めもちゃいろいよ。」
「ほんとだ。」
だよね、驚くよね?
年中組に取り囲こまれ結んだ髪をサーシャがほどいて触ったりロイやライがおでこをくっつける様にして瞳を覗き込んだりするのを椅子に座ってされるがままにした俺は昨日の魔法に慣れた大人達の冷静な態度と比べながら束の間の人気者になれて気分が良い。
「でもなんでちがうくしたの?」
「トウヤ君の事が皇子様だと知ったアンジェラがとてもびっくりしていただろう?街の人も同じ様にびっくりすると思うんだ。そうするとお祭りどころじゃなくなってしまうだろう?そうならない為に明日のお祭りはトウヤ君はこれでお出かけするんだよ。キミ達もトウヤ君が皇子様なのは内緒にしといてくれないか?でないと魔法が解けてしまって『桜の庭』に帰らなくてはいけなくなるからね。わかったかい?」
ノートンさんの説明にあの日のアンジェラを思い浮かべたみたいで子供達はコクコクと大袈裟に首を振って見せてくれた。
「違う人について行ってキミ達が迷子にならないように今日はこのトウヤ君をしっかり見慣れておくんだよ。」
「「「は~い!」」」
元気に返した返事を実行すべく子供達は洗濯を干す俺について回っていた。
「ねぇトウヤはまほうでちっちゃくなったの?」
「なってないよ。」
「でもぉ。」
小首をかしげる仕草が可愛いけれどサーシャの意見は即刻訂正させてもらった。でもどうやら納得できないみたいだ。
「サーシャ、トウヤはちっちゃくなったんじゃなくてかわいくなったんだよ。」
「そうだよかわいいのがもっとかわいくなったんだよ。」
ロイとライも真面目な顔で訂正してくれたけど今回ばかりは『可愛い』と言う言葉に素直に喜べなかった。
色の変わった俺はリシュリューさんに『お可愛らしい』と言われた様に一層幼く見えてしまうらしい。
本音を言えば自分でもそう思う。
明るい茶色でもリシュリューさんは素の色に比べて暗いから落ち着いた態度にうつむき加減でメモを取る姿も相まって大人の雰囲気が増していた。だから自分も『そう』だと勝手に期待して鏡を覗いたけれどそこに映る見慣れない俺は同じ茶色なのに幼いと言うか頼りないと言うか。
日本で暮らしていた頃に俺が抱いていたイメージはとても単純で『茶髪=大人っぽい』だったけどこの世界のカラフルな髪や瞳に見慣れたせいか色を変えただけで大人っぽくなると思ってた概念は消えてしまったみたいだ。
そしてディノは変わった俺に慣れないのかそれともそっちの方がお気に召しているのかずっとクラウスの足にくっついていた。
そう、今日はクラウスが桜の庭にいる。
今朝早くポーションを届けに来たクラウスは「俺も慣れておきたい」とそのまま留まっていた。
今の俺をクラウスがどう思っているのかといえば実はまだ聞けていない。
「はあ。」
お昼ごはんの後片付けで流しに立ちやっと一人になった今ため息が出るのは許して欲しい。
なんのため息かといえばもちろん昨日からつい今しがたまでの自分がした事について。
せっかく連絡くれたのに寝たふりをしたのを後ろめたく感じている中なんであんな事をしたのかきちんと考えるつもりだったのに答えが出る前にクラウスが来てしまったから俺ひとりなんだか気まずい。
だと言うのに騎士章なるものを手に入れたクラウスはスタンドカラーの白いリネンシャツにグレーのチノパン。足元は相変わらず編み上げのロングブーツだけど髪はいつものようにきっちりとではなく無造作に結わえてあってそれがまた格好良い。
騎士服を着てないから遊びに来たと勘違いした子供達に鬼ごっこに誘われていたけどさすがにそれは出来ないらしく俺が視界に収まる範囲でせがまれてはひとりふたり肩車をしていた。
そんなクラウスをついつい目で追ってしまうのは仕方ないわけで気付いたクラウスにじっと見つめ返されは目をそらす。
こういう態度は自分でも感じ悪いと思うし子供達を見るのが俺の仕事なのにクラウスばかり気になっちゃうのもダメすぎる。
「俺のばか。」
わかってるのにその後も少しも態度を改められないまま夕飯時を迎えた頃、思わぬ来訪があった。
それは私服姿のハンナさんとジェシカさんで突然の来訪にノートンさんも驚いていた。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「突然押し掛けて申し訳ありません、私共の主人から手紙を預かって参りました。」
ハンナさんとジェシカさんはお披露目式の時『桜の庭』で俺の代わりをしてくれたリシュリューさんのお屋敷の侍従さんで今日は出先から手紙を預かり届けに来たと話してくれた。
ここに来てくれた時はお仕着せのメイド服だったから髪をおろした私服姿のふたりが一瞬誰だかわからなかったけどそれはお互い様らしい。
そして口を揃えて「ますますお可愛らしくなられましたね」と不名誉な褒め言葉をまたもらってしまった。
ただでさえ子供に見えると言われてる俺が更に小さく見えるって一体どれ程なんだろう。
手紙は俺に向けたものだけらしくハンナさんが渡してくれた封筒の中には一枚のカードが入っていて例のごとくびっしりと文字が書いてあった。
「え、と…明日お二人がこちらへ来てくださるんですか?」
「はい、明日トウヤ様が心置きなくお出かけできるようにと明朝から翌日夜までこちらへ伺うように申しつかっております。」
遊びに出掛けてしまう時にある心配は何か起きた時にノートンさんに負担をかけてしまう事でリシュリューさんが昨日の『埋め合わせ』をこんな形でしてくれるとは思ってなかった。
「ありがとうございます、すごく嬉しいです。」
二人が夜をまたいでいてくれるなら明日の夜はクラウスとゆっくりお祭りを楽しんでもいいかのなぁ。
「では伺ったついでに今からお世話になってもよろしいでしょうか?」
「私もお願いします、お祭りの時期は馬車も掴まりにくくてお屋敷まで歩いて帰るにはちょっと……。」
「それはこちらも助かります。ところでお二人は夕飯は済んでますか?まだならぜひ子供達と一緒にどうぞ。」
「まぁ良いんですか?」
にこやかに対応するノートンさんの隣で俺は内心ドキドキしていた。
だって明日手伝ってくれるのはとても助かるけれど今からだと二人の分の夕食が用意できない。直前に教会から運ばれた食事を分けようとしていたのだからノートンさんがそれに気づかないはずはない。
じゃあ今からでも追加を頼めたりするのな、それとも何か代わりがあるのだろうかとノートンさんを見るとその笑顔には見覚えがあった。
「おや?そうなると夕飯が足りなくなってしまうこれは困ったね、でも今から働いてくれるという二人の夕飯を抜きにするわけにはいかないから……そうだ、すまないがトウヤ君とクラウス君はどこかで食べてきてくれないか?」
そう言いながらノートンさんの顔は全然困っていない。
「名案ですね院長、トウヤ様ぜひお願いします。」
ジェシカさんもニコニコ笑ってる。これは今からお祭りに行っておいでって言うことだよね?
それはとってもありがたいけど子供達になんて言ったら良いんだろう。それに急に出掛けたりしても良いのかな。
「対策が整った時点でトウヤ様の外出禁止は解かれています。」
視線を向けただけでクラウスは心配事の答えをくれた。
「もとより明日の夜は騎士様とお出かけの予定だと聞いておりますが最終日の夜は店じまいが早いので行くなら絶対に今夜がおすすめですよ。」
ハンナさんの情報は聞き逃せるはずがなく、ノートンさんは悪戯な顔で笑いながら金色の瞳をメガネの奥でウインクさせた。
「だそうだよ、ほら子供達には上手く言っておくから遠慮せず行きなさい。」
「ありがとうございますノートンさん。ハンナさんにジェシカさんも。」
わざとらしい芝居を見せてくれた三人の優しさが嬉しくてお礼を言いながら顔がにやけてしまった。
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