迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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「わぁ…。」

夜に外に出るのは久しぶりで『桜の庭』の敷地をぐるりと囲むように植えられた満開の桜は灯りに照らされ夜の始まった空に白く輝いていた。

「綺麗だな。」

「うん。」

どれだけの日々を可憐に咲いた花の中で過ごしても大好きな桜を見飽きることはなくて、夜闇の中に装いを変えたその美しさはまた格別だ。

普段人通りの少ない敷地沿いの小道には桜を見ようと沢山の人が訪れていて目を奪われた俺達と同様に桜の美しさを褒めそやす声が聞こえてくる。これだけの人がいるのに中からはわからないなんてノートンさんの魔法は本当に不思議だ。

「寒くないか?」

「うん、大丈夫。」

春とはいえ夜はまだ肌寒いけれど上着も着てるし何よりクラウスと繋いだ手が温かい。

裏門を出るにあたり俺に与えられた選択肢は2つ、人混みの中抱き上げるか手を繋ぐか。どちらも魅力的だけどどちらでも良いというのなら今夜は自分の足で歩きたい。

今更だけど多分初めての『手つなぎデート』に少しだけ緊張しながら向かった教会の広場は芝生の上に仮設舞台が設けられ歩道には隙間なく屋台が並び新年の夜が淋しく思えるほど賑やかだった。

「すごいねクラウス。」

「ああ。」

まるで王都の宿屋通りみたいな賑やかさだ。でもお祭りなだけあって食べ物に特化せず以前クラウスと出掛けた観光地ウォールの様にいろんな屋台があってあっちこっちと目移りしてしまう。
けれどやっぱり目の前でお肉をジュウジュウと焼いている屋台が何よりも魅力的に視覚と嗅覚を刺激してお腹が鳴った。

「まずは腹ごしらえだな。」

それは周りの音にかき消えたはずなのにクラウスからしたり顔で串焼きを目の前に差し出され俺は受け取りもせずかぶりついてしまった。

「熱っ!」

「大丈夫か?」

ジュワリと滲み出た肉汁が驚くほどに熱かった。不満があるわけではないけれど普段の食事の温度に慣れてすっかり猫舌だ。クラウスも俺がいきなりかぶりつくとは思ってなかったみたいでびっくりしてる。

ヒリヒリとする傷みは甘えすぎた罰だろうか、受け取りもせず喰いつくなんてお祭りに浮かれ過ぎだ。因みに色が戻ってしまうといけないから余程のことがない限り自分に治癒魔法は禁止なので火傷した舌を出して手で扇いだら屋台のおばさんに笑われてしまった。

「坊や慌てなくたって沢山焼いてるから誰も取りゃしないよ熱々なんだからゆっくりお食べ、そっちの兄さんも連れならちゃんと見ておやりよ。」

「傷むか?」

「…少し。」

うん、ホント子供みたいで恥ずかしい。
だけど心配そうに俺の舌に触れたクラウスの氷魔法を纏わせた親指がひんやりと冷たくて火傷した所が気持ちいい。思わずパクリと咥えたら再びびっくりしたクラウスにすぐに引き抜かれてしまった。

その屋台で串焼きを俺は1本、クラウスは2本手に入れてまた歩き出した。子供達がこんな事したら喉を突いたりして危ないって止めるけどその辺俺は大人だから大丈夫。


「わ。」

「悪い。」

「ううん、ありがとう。」

───なんて本当の所は人混みの中いつもの様にクラウスがうまく避けて歩いてくれているから大丈夫だったりする。

このやり取りももう何度目だろうか、シェアしながらあれこれ食べてお腹も満たされ腹ごなしに覗いていた土産物の屋台につい目を止めたらクラウスに引き寄せられ逞しい胸にぶつかった。
後ろから抱き締めるようにして人の流れを遮ってくれるクラウスに安心して屋台を見ることができる。

「クリスタルグローブだな、気になるのか?」

「クリスタルグローブって言うの?」

「お嬢ちゃん、気になるなら手に取ってご覧よ。」

これまでも足を止めるたび屋台の人が声を掛けてくれたけど最初は浮かれていた俺も今夜の急な外出は子供達に抜け駆けしてるようで気が引けて食事以外は目で楽しむだけと決めていた。でもこればかりは懐かしさに負けて手が伸びてしまう。

「俺の所ではスノードームって言ってたんだ。」

この世界には18年間生きてきた世界と同じ様な物が沢山あってこれもその一つだ、おじさんのお言葉に甘えて台の上に並んだソフトボール程の大きさのスノードームをひとつ両手で取るとそれ自体が淡く光った。明るくなった球体の中には花が咲く春の野原があって逆さにしなくても真ん中に置かれた桜の木からひらひらとピンクの花びらが舞っていた。

「綺麗…。」

「そうだろう?ウチのは底に魔法石が仕込んであるから触って見るのが一番キレイに見えるんだ。中でも人気なのは桜の皇子様が入ってるやつで……っても今回作った分はもう売り切れちまったんだけどな。」

「桜の皇子様?」

「なんだお嬢ちゃん遅れてるなガーデニアの皇子様の新しい呼び名を知らないのかい?みんなそう呼んでるよ、それになんてったって生きて戻られたってのにいつまでも『失われた皇子様』じゃなんだか申し訳ないだろ。この景気も皇子様の咲かせてくれた桜のおかげだ俺達みたいな商売は恩恵もたっぷり頂いて桜の皇子様サマサマだよ。」

ニンマリと笑うおじさんにそう言われ嬉しくなった。

「じゃあこれとこっちの2つ。」

クラウスが俺の手の中からスノードームを取っておじさんに渡すと同じものをもう一つ指差した。

「あいよ、太っ腹なお兄ちゃんで良かったねぇお嬢ちゃん。」

認識は人によって男だったり女だったりするけれど相変わらずどこの屋台でも子供に見られ上その支払いも全てクラウスに求められた。

「後で払うね。」

「相変わらずわかってないな。」

魔法石がついているからか安くないお値段にクラウスを仰ぎ見て念押しすれば呆れ顔でため息のおまけが付いた。

「ホントわかってないわ~。だめよトウヤちゃんそういうのは相手を立てて黙って受け取んなきゃあね。」

「リリーさん!」

すぐ隣から掛けられた聞き覚えのある声をたどれば手芸屋のリリーさんだった。

「こんな所で偶然ですね。」

「まっさかぁ偶然じゃないわよ私のお店ソコだもの酷いわ屋台に夢中で気づいてなかったのね、それともそのお兄さんに夢中だったからかしら。私はすぐにわかったわよお兄さんたら遠くからでも目立つんだもの、だから桜祭りにどんなの連れてんだかと思って見に来ちゃった。でもトウヤちゃんだったのね髪色が違ったからすぐにはわかんなかったわ。」

言われて辺りを見回せば確かにすぐソコがリリーさんの手芸屋さんでお祭り仕様なのか店の前に露店風に商品を並べていた。前に見た魔法石のブローチやリリーさんのお手製の服や小物それに俺が教えたのとは違う柄のミサンガも並んでいた。

「こんな時間までお仕事なんですか?」

「お祭りの間だけよ普段来ない様なお客がついでに覗いてくれるから結構儲かるのよ今年はもうがっぽり稼いだわ、これも桜の皇子様のお蔭ね会えるものならありがとうってお礼を言いたいところよ。」

さっきと同じ様にまた『桜の皇子様』と言われてこそばゆかった、その上『ありがとう』のおまけ付きで頬が緩みそうになる。

「でも儲かるのは有難いけどこう毎日だとそれはそれで疲れるのよね、桜まつりが終わればこの騒ぎもおさまるだろうから今回稼いだ分で旅行でも行こうかしらって思ってるから入り用な物があったら今夜買って行く事をお勧めするわ。」

「あ、はい。じゃぁえっと…‥。」

どうしようかな。

新しいミサンガはクラウスに断られてしまったから特に必要な物はくて、代わりに桜が美しく刺繍されたハンカチを2枚選んだ。

「無理して買ってくれなくてもいいのよ?」

「いえ、これは今夜お祭りを見に来るのにお世話になった人にお礼をしようと思ったので。」

「そう、それなら遠慮なく。それにしても魔道具で変えたの正解ね普段のトウヤちゃんならあっという間に囲まれちゃうわ、この前ももみくちゃにされてる黒髪の人を見たもの騎士隊も来て大騒ぎだったわ。」

リリーさんが安心したように色を変えた髪の一房をそっと触った。そのもみくちゃにされた人はリシュリューさんの実験だっただろうか。

「でも今も十分可愛いから油断しちゃ駄目よ、なんだか可愛い子に声を掛ける冒険者がいるらしいからぼんやりしてたら攫われちゃうわ。お兄さんも可愛い恋人をちゃんと護んなさいよ?」

「こっ…。」

「言われずとも。」

兄弟に見られるのは嫌なんだけど急に『恋人』と言われるのも恥ずかしいものらしい。クラウスが髪を触っていたリリーさんの手を払って俺を抱き込むからなおさらだ。

「まぁトウヤちゃんたら照れちゃって益々可愛いこと、でもそうやってしっかり護ってもらいなさい。ふふっ商人の中にも敢えて黒っぽくして客寄せしてる奴等がいるけどあんなの駄目ね、本物には到底敵わないもの。」

リリーさんはそう言ってハンカチを入れた袋を渡しながら意味ありげにバチンとウインクした。
もしかしなくても気付いているのかな?そんな素振り欠片も見せなかったのになんだか不意をつかれた様な気分だ。

「そろそろ帰ろっか。」

「そうだな。」

お土産も手に入れてお祭りの気分もしっかり味わえた事だしね。





    
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