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聖女は、誰が為に在る? 9
しおりを挟む隣のブランコを指さして「おとなり、空いてる?」とか聞いてくる柊也兄ちゃん。
「空いてるじゃん」
おかしなことを言ってくるんだから……と、思わず笑みがこぼれる。
キイッと小さな金属音が鳴り、隣のブランコが揺れた。
「すんごいいい匂いするんだけど」
そうして指さす、お好み焼きが入ったレジ袋。
「お兄ちゃんにって思って」
と言ったのに、あたしの手から袋を奪って。
「もーらい」
おもむろに袋からお好み焼きを取り出してしまう。
「ダメだよ。お土産なんだから!」
あわてて取り返そうとしても、長い脚でブランコを器用に真横に浮かせたようにズラしてそのまま脚で踏ん張って、あたしがお好み焼きを取り返せないようにする。
「いっただっきまー……。……ん、っま。やっぱお好み焼きは家で焼くのより、屋台の鉄板で焼いたやつが美味いよな。むぐ…もぐ……。ほら、ひなも食いな」
そう言ってからブランコの位置を元の位置に戻して、大きめに箸で切り分けたお好み焼きをあーんしようとする。
「この距離じゃ無理だってば」
苦笑いしながら、ブランコから降りて柊也兄ちゃんの横へと。
「あー……ん」
「あー………んむ…むぐ……おおふぃい…」
大きすぎる一口に、上手くしゃべれない。
「美味いだろ?」
作った本人じゃないし、買ってきた本人じゃないのに……と顔が自然と笑顔になる。
「ほら、もう一口食いな。あー……ん」
「おおふぃいひょ」
さっきより大きいかもしれない。
リスのように頬をパンパンにふくらませながら食べるお好み焼き。
あたしが二口食べるのにかかった時間で、あっという間に残りを食べられた。
「お兄ちゃんへのお土産だったのに」
恨みがましそうに見下ろせば、「いーんだって」といつものようにあっけらかんと返してきた。
静かな時間が流れていく。
何もしないのに、居心地がいい。
こういう友達が出来れば、人と関わるのが苦手なあたしでもそばにいられるのかもと思う。
でも、それは互いに努力をした上でその距離感になるんじゃなくて、自然とその距離でいいってなれば尚いいのに。
そう思いつつも、相手がそうしてくれたらいいのにという他力本願な関係みたいで。
自分にも努力や人との関わりあい方から逃げない強い気持ちを持っていなきゃ、ズルしているみたい。
互いが互いに、一緒にいたい、いてほしいという存在であれば。
こないだ見たテレビでは、人は産まれて死ぬまでに100万人の人とすれ違ったり関わると言っていた。
その辺を歩いていて、偶然すれ違った人もそれに換算されるとかも。
おかあさん曰く、親友なんて死ぬまでに一人出会えたらいい方らしい。
あたしはまだそこまでの人数に出会っていないんだろうし、親友になる誰かにも出会えていないのかもしれない。
今日をキッカケにまずは友達から……の関係が始まると思っていたのが、出会いから間違っていた。
そう思うしかない。
「聞かないの? なにがあったのか、とか」
口のまわりにソースがついているのを見つけて、バッグからティッシュを取り出し一枚手渡す。
自分にも一枚取り出して、口のまわりを拭った。
「聞いてほしかった?」
静かなトーンの声。穏やかな気持ちになっていく、あたしの好きな声。
へへ…と笑って、柊也兄ちゃんに手を差し出した。
「あのね。お願いがあるって言ったら、叶えてくれる?」
そういいながら。
まっすぐにあたしを見つめたまま、あたしの手を取って立ち上がる。
高さが逆転した視線に、バッグの紐を握りこみながら呟く。
「髪、切ってくれないかな。柊也兄ちゃん」
美容室を経営している柊也兄ちゃんの家。真似から始まって、今では時々前髪を切ってもらってたあたし。
言葉にしながら、神社で聞こえたあの言葉がリピートされる。
エンドリピしたくないのに、あの高い女の子らしい声でずっと言われているんだ。
「髪、切って。短くしてよ」
涙が目尻からこぼれていく。
髪を切ろうとした理由を聞いてほしい気持ちが半分、知られたくない気持ちが半分。
あの子が言ったことに従うつもりはないけれど、髪と一緒にこの胸の奥の重たさがなくなれと思ってしまった。
そんなわけないことも、現実は一切変わっていないことも理解っているけれど。
「いいよ。今日は店が休みだから、店内が暑いままかもだけどいい?」
それ以上その話題には触れず、手をぎゅっとつなぎなおして二人で公園を出る。
歩きながら、なんてことない普通の話をして、笑って、一緒に「くっだらないなぁ」とか言ったりして。
予告されていたように店内は暑く、クーラーが効くころには髪を切り終わってしまった。
肩先までのボブ。あちこち髪を梳き、重たくならないようにとアレンジをしてくれた。
「これでまだ資格がないなんておかしいよ」
そういうくらいに、普通に美容院で切ったのと同じ状態だ。
ケープを外し、一緒に髪の毛をほうきで掃いて。
クーラーの音だけがする空間で、柊也兄ちゃんが聞いてきた。
「楽になった?」
って。
髪のことだよね? と思っても、頭の端っこの方でさっきまで泣いていた自分を思い出してから。
「……すこし」
短く、そう返す。今はこれが精いっぱい。
「よかったぁ」
時間を見れば結構な時間になっていて。
「送るよ」と今度は差し出された手に、手を重ねるのはあたしの方。
「……ありがと」
上手く笑えているかわからないけど、感謝の気持ちを込めて笑う。
何も言わずに、短くなった髪を撫でながら笑い返してくれる。
外には星が見えていて、遠くには月が浮かんでいて。
遠くににぎやかさがあるのをわかっていても、戻ろうとは思わなかった。
(もういいや)
いつかまたやり直そう。
それまでに自分をもっと知って、人との関わりあい方も迷ったら素直にお兄ちゃんに相談してみて。
と、そこまで考えてから横を歩く人を見上げる。
柊也兄ちゃんの向こうに浮かんでいる、細い月。
(月みたいだな、柊也兄ちゃんって)
控えめにいつもそこにいて、静かに見守っていてくれる。
ぼんやりとそんなことを考えながら、また手をつないで歩いていく。
家の前にはお兄ちゃんが仁王立ちしていて、つながったままの手に手刀が飛んできて。
「いってぇな」
「るっせぇ」
気づけばあたしはお兄ちゃんの腕の中に。
「また明日な」
といいながら、虫でも追い払うように手を振って柊也兄ちゃんを追い払う。
「ひな、またね」
そんなお兄ちゃんにおかまいなしで、いつものように手をヒラヒラ振って帰っていく背中に。
「またねっ」
すこしだけ軽くなった思いに感謝しつつ、小さく手を振った。
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