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しおりを挟む初めて彼氏のご家族にお会いする。
何を着ていけばいいの?なにかお土産を持っていくべき?
ラナはガブリエラに助けを求めた。
「私に分かるわけないじゃない。っていうかラナ、ユージンのお宅にお呼ばれしてんの?いーなー(棒読み)。え?もうキスとかしちゃってんの?羨ましいなー(棒読み)」
寮の談話室にわらわらと皆が集合してきて、
「清潔感があり、尚且つ派手すぎず地味すぎず」
「あんまり良い子ちゃん風だと却って印象悪い」
とか口々に発言したが、その中に実体験として彼氏の家にお呼ばれしたことのある者は一人もいなかった。
「なによ、誰もあてにならないじゃない」
「そんなことはないわよ。私ちゃーんと来たるべき日の為に勉強してるもの」
「どうやって?」
「ハウツー本」
そんな勉強ばっかりしてきて恋愛偏差値が著しく低い者たちがあーでもない、こーでもない、と議論を重ね、ラナは〈おりこうに見える紺のワンピース〉に〈清潔感のある編み込みヘアスタイル〉で送り出された。
手土産のクッキーは前夜寮生総出で焼いたものだ。
「お母さんに小っちゃい花束を用意すると好感度がアップするってよ」
それもハウツー本から得た知識らしい。ホントかどうか怪しいが、途中で買っていくことにする。
ユージンが寮に迎えに来た。
ユージンはラナに会いに頻繁に寮にやって来るので、皆なんとなくユージンの顔を知っている。
皆がゾロゾロとエントランスに集結し、寮歌で送り出された。
「なんか恥ずかしいな。僕のこと寮のみんなはどう思ってんだろう?」
「なんか普通ねって」
「・・・・」
「普通で良いねって。すごく気を張ってカッコつけたりしなくて自然体で良いよねって。
そのくせ未来のお医者さんだなんて凄いってみんな褒めてくれるよ。
まあ、お世辞も入ってるんだろうけどさ」
ユージンは顔を赤くしながら
「なんだよ。ラナの友達は皆可愛くて良い奴らじゃないかよ」
と照れ隠しに小石を蹴った。
「私は皆がユージンのカッコ良さに気がつかない方が都合がいいもん。
他の子に取られたらヤダもん」
一瞬ユージンの動きが止まってラナをギューっと抱きしめてきた。
「ちょっと、道端で止めてよ」
「僕はたとえ100人の女の子に言い寄られてもラナを選ぶよ」
ラナの顔が熱くなって汗が出できた。
せっかく皆がやってくれた〈好感度の持てる薄いメイク〉が流れてしまうんじゃないかと気が気でない。
「それはそうと」
ラナは必死で話題を反らす。
ラナがお母様に渡す為に花束を買って行きたい、と言うと、必要ないんじゃない?とユージンは言った。
「いや、印象が良くなるってハウツー本に」
「じゃあ仕方ないな」
花屋で桔梗の小さな花束を作ってもらう。
「なんか母さんにやるの勿体ないな。
君の方が似合ってるよ」
バチ当たりなことを言うユージンのほっぺを軽く抓ってユージンの家に向かう。
「リバティの時は寮だったじゃん?今更家族と暮らすの鬱陶しいよ」
そんな話をしながらユージンの家に近づく。
中産階級の持家が連なる一角だ。
大豪邸というほどではないが、瀟洒な家々が並んでいる。
以前ラナ達が居を構えていたのは反対側の丘の斜面でここよりは庶民的な区画だった。
流石は大学教授ともなるとレベルが違うんだな、と俄かに緊張の度合いが増してくる。
ユージンの家は煉瓦造の温かみはあるが立派な建物だった。
ユージンに促されて玄関を入ると、出迎えたご両親が矢継ぎ早に喋り捲って、ラナの頭からは何度もシミュレーションした挨拶の言葉など跡形も無く吹き飛んでしまった。
すっかり昼食の席が整っていて、テーブルにはすでに弟さんとお姉さんが席に着いていた。
「初めましてラナ・ディーンです」
と挨拶すると、
「こんちわ。俺デビット。君可愛いね」
と言った弟がユージンから頭を叩かれ、
「私はジュリアよ。こんなダサい奴よりもっとイカしたの紹介しようか?」
と言ったアヴァンギャルドなファッションの美女がユージンから睨みつけられた。
ラナはユージンとの馴れ初めなんかを聞かれるのかと予想していたが、ユージンのお父さんがラナの父親との思い出エピソードを披露する独演会状態になり、ラナはひたすら相槌を打つばかりだった。
ビールも進んでいよいよ感無量になったユージンのお父さんは、苦学生時代にいかにラナの父親と助け合ったかという思い出話に声を震わせ、感動の極みに達し号泣し、寝てしまった。
ユージンの弟のデビットはラナの父親の名前を貰ったのだ、ということも知った。
ユージンとデビットがお父さんを寝室に運んで行き、女三人で皿を洗った。
「なんだか騒がしくてごめんなさいね」
せっかく来てくれたのに、とお母さんが眉を下げる。
「いえ、とっても温かい良いご家族ですね。ユージンさんの人柄が良い理由が良く分かりました」
「あら。あらそう?あの子はね~確かに見た目はパッとしないけど凄く優しいのよ」
「頭も優秀です」
「お母さん、見た目パッとしないって~お父さんそっくりなのに~」
ジュリアが笑っている。
「そんなことありません!
ユージンさんは素敵です。ちょっとタレた目に長い睫毛がびっしり生えてて可愛いんですから。
鼻だってスッとして形が良いんですから。
鼻が高すぎるのは意地悪そうで私、嫌いなんです。
ユージンさんの鼻が丁度良いんですから。
それに手の形がすごく綺麗なんです」
「そうよね!そうなのよ~。うちのお父さんも可愛いの!」
「勉強教えてくれる時とか、ペンを持つ手に見惚れちゃって、説明ちゃんと聞いてなかったり」
「そうそう。瓶の蓋が硬いときにサッと開けてくれたりする時の手がセクシーなの。
あと声も良いわよね。
私なんか眠れない夜にはお父さんがずーっと腕枕して私が眠るまで耳元でお話を聞かせてくれるのよ~」
「くぅ~、流石にまだそんな経験はありません」
「あらそう。じゃあ私の勝ちってことで」
ジュリアは呆れて途中でいなくなってしまった。
その後ラナはユージンの部屋に案内されて、ハウツー本の成果を見せて貰った。
「インダストリアルデザインでユニフィケーションすることによりアーバンテイストのスタイリッシュな空間をディレクションしつつ、子供の頃からの相棒〈子熊のダン〉をさり気なく配置することにより、ギャップ萌えを狙ったコンポジションとなっております」
「・・・ちょっと何言ってんのかわかんない」
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